第34話 燃える町
お風呂から上がり、部屋に戻ってきた私は先ほどの事を反芻していた。
溢れ出る想いを止められずお風呂で号泣してしまうなど我ながら情けない。
万が一にでも誰かに聞かれていたら恥ずかしさのあまり悶絶死していたかもしれない。
しかし、私はこの感情を抑えることができなかった。
まったく……カズキの中に潜む魔王の事、聖ショファン教会の強硬派のこと、魔族の事、それに占い師を名乗る謎の女の事と考えなければならないことが山ほどあるというのに、私は何をやっているのか……。
そんなことを考えながら、私はベッドにその身を預ける。
安宿の硬いベッドの感触は、しかし、一週間の滞在ですっかり慣れ親しんだこともあり、疲労感に伴う眠気を妨げることはしない。
いつまでも考え事をしていても仕方がない、とりあえず今私が早急にすべきことは明日に備え体を休めることだ。
私は目を閉じて眠りの世界へと誘われていくのに身を任せる。
ドンドンドンドンドン!!
眠りに落ちてからどれほど時間が経った頃だろうか? 突然響いた部屋の扉が激しくノックされる音に私は飛び起きた。
こんな時間にいったい誰だろう? そう思いながら扉の鍵を開けるとその瞬間に勢いよく扉が開き、 血相を変えた様子のリューヤが飛び込んできた。
「アリッサ、たいへ――うわあっ!」
いきなり叫び声を上げ、両手で顔を覆うリューヤ。その理由はわかっている、私の格好だ。
今の今まで寝ていた私は寝間着姿、しかも着ているものは薄手のネグリジェであるために、胸が透けて見えているのだ。
パーティー1のスケベ男には少々刺激が強かったようだ。
「ていっ!」
両手の隙間からこちらを凝視しているリューヤの顔面にチョップを入れとりあえず黙らせ、私は周囲を凍らせるような冷たい視線を彼に向けながら、ドスを利かせた声で尋ねる。
「なに?」
すると、彼は慌てて言い訳を始める。
「ち、違うんだ。お前のそんな姿を見るつもりはなかったんだ、ただ……」
「だから、何?」
リューヤの言葉を遮り私は再び尋ねる。
私だって別にリューヤが覗きに来たとは思っていない。彼に覗きなんてする度胸はない。それにスケベだが倫理観はある男だと一定の信頼は置いているのだ。だから不必要な言い訳を言っている暇があったらさっさと用件を言って欲しかった。
彼は私の言葉に我に返ったのか、硬い表情を作ると言った。
「街が、炎に包まれている!!」
聞いた瞬間、私は弾かれたように窓へと向かい一気に引きちぎるようにカーテンを開け放つ。
外は暗く、月明かりがわずかに照らす中、遠くの方で火の手が上がっているのが見えた。
なんてこと……! くだらないやり取りなどしている場合ではなかったのだ!
私は慌ててリューヤに向き直る。
「ただの火事じゃない、魔族の、襲撃だ」
静かな口調で言う彼の言葉に私の背中がぞくりと震えた。
魔族ですって……! 昨夜の巨大な魔物に引き続き、またしても魔族の襲撃!?
魔族は人類の敵であるが、こうも立て続けに町を襲ってくることなどこれまでなかったはず……なのに一体どうして……? いや、今はそんな事を考えている場合ではない……とにかく早く事態を収拾しなければ被害が広がるばかりだ……考えるよりも動くべき時。
「速攻で着替えを済ませるわ、あなたは先にロビーに行っててちょうだい」
リューヤに向かって言うと、彼は一つ頷き部屋から出て行った。
私は手早く寝間着を脱ぎ去ると、あらかじめ用意してあった冒険者用の衣服を身に着けていく。
それから、愛用の杖を背中に背負い、短剣を腰のベルトに差せば準備完了だ。もちろんトレードマークの黒い三角帽子をかぶることも忘れない。
そして、部屋を飛び出すと急いで階段を駆け下りた。
私がロビーまで降りて行くとそこにはすでにみんなが集合していた。
「一体どうなってるのよ、魔族の襲撃だなんて!」
クリスが悲鳴にも似た声を上げるがその問いに答えられる者はいない。誰にとっても予想外の出来事だったからだ。
わずかな沈黙、ふいに「もしかしたら……」とカズキが口を開いた。その表情は暗い。
「魔王の気配を察知してやってきた……とか?」
その可能性は否定できない。
魔王の魂はカズキの中にある。魔王の波動はカズキの肉体を通して漏れ出しているのだ。しかし――
「まさか……確かに魔族は魔王の存在を感知できるが、それは正確にというわけじゃないんだぜ?」
リューヤが少し慌てたように否定の言葉を述べる。
事実はどうあれここでカズキの言葉を肯定するわけにはいかない、そうすれば彼は必ず自らを責め、もしかしたらまた死を選ぶかもしれない。
そんなことは絶対にさせない、その可能性が生じるような考えを口にする事は避けるべきなのだ……。実際リューヤの発言に間違いはないのだし。
そんなリューヤや私の思惑を知ってか知らずしてか、カズキは「オレたちは一週間もこの町にとどまってしまったんだ、魔王の気配を感じ取っていても不思議はないんじゃないかな?」と反論するかのうに返した。
「考え過ぎよカズキくん! すべては偶然、ここは元魔王城があったぐらいだから魔族の勢力が強かっただけ、それに、魔族が町を襲うのなんて別に珍しくもなんともないわ!」
クリスが必死にカズキを説得しようとする。
主張自体の正当性もさることながら、彼女の言葉には不思議と説得力があるのだ。
……カズキが、心を奪われるわけよね……。
私はふっと自嘲気味に笑う。しかし、すぐに首を振ると、カズキに語り掛ける。
「何故こうなったのかなんてのは重要じゃないわ。大事なのはこの状況下で私たちはどう動くか、よ」
魔族の狙いがなんであれ倒してしまえば何も問題はないのだ、幸い街から感じる魔族の気配の中に強力な物は存在しない。
そういう意味でも単なる一般魔族が遊び感覚で襲撃してきたのだろう。私はそう判断する。
ならば、今すぐ動き出せば被害を最小限に抑えることができるはずだ。
私の言葉にカズキは顔を上げると、
「そうだな……ごめん、オレまたネガティブ思考に囚われていたみたいだ。そんなこと言ってる場合じゃないのにな」と苦笑しながら答える。その瞳は強い意志を感じさせる光を放っていた。
よし、これで大丈夫だわ。カズキはもう迷わないはず……。
「とにかく行こう!」
言ったのはラルクだった。この流れの中で空気だったくせに最後の最後で存在感を発揮するあたり流石だ。
私たちはそんな彼の言葉にそれぞれの言葉で答えると、宿を飛び出した。
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