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デスティニーブレイカー  作者: 影野龍太郎
第3章

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33/33

第33話 私は彼のヒロインではなかった……

「ふう……」


 温かい湯に浸かりながら私――アリッサは小さく息をつくと、天井を見上げた。


 今日は朝から色々とあって疲れた……。


 ようやく元・魔王城の探索が果たせたのはよかったけれど、肝心の目的である勇者の武器なんてものは結局なく、代わりにあったのはわけのわからない指輪だけ。

 しかも、勇者であるクリスが身に付けても特に何も起こらないという、なんとも拍子抜けな結果だった。

 これでは何のために一週間も町に滞在していたの分かった物ではない。私たちにはあまり時間は残されていないというのに……。


 それにしても……と次に私が思い浮かべたのはあの盲目の自称占い師の女の事だ。


 あの女は一体何者なのかしら? 演説の内容もそうだが、あの自信満々な態度といい、まるで自分が神であるかのような振る舞い方、そして、体から発せられる魔力……。ただ者ではないことだけは確かだ。


 私はお湯を救い上げると、顔にかける。


 頭を悩ませることはいくらでもある、しかし、私が今日こんなにも沈んでいる最大の原因は……カズキとクリスの事だ……。


 朝から何度も見せられた二人の仲睦まじい姿、あんな風に笑うカズキを見たのは初めてかもしれない。

 クリスは美人だし、性格だって可愛らしい。

 二人が並んで歩いている姿を見ていると、心がざわつくのだ。

 理由は自分でもよくわかっている、私の中にあるカズキへの感情のせいだ。


 いつからだっけ? と私は自問する。


 そうだ、あれは確か、私がジュニアハイスクールに上がってからしばらく後、初夏の昼下がりのことだ。


 私は学校ではずっと孤立していた、いや、学校でだけではない、私は世間から疎まれていた。


 生まれてすぐに実の両親からは捨てられ、引き取られた先では虐待に近い扱いを受けた。


 それは、おそらく私が生まれつき持っていた、莫大な魔力のせいだろう。


 この世界の人間は誰しもが魔力を体に秘めているのだが、ごく稀に突然変異のごとく、その身に膨大な量の魔力を宿す人間がいる。それが私だったというわけだ。


 そして、実の両親は恐れから私を育てることを放棄し、捨てた。義両親は『親に捨てられた可哀そうな女の子』を引き取ることで、自分たちの評価を上げようとしたのだと思う。


 しかし、そのような私欲のために引き取った子供に対して愛情など持てるはずもなく、彼らは私のことを道具のように扱った。


 彼らが性質(たち)が悪かったのは、表面上では私に対して優しく接して見せたことだろう。

 綺麗な服を着せ、社交場へと連れまわし、自慢の娘だと周囲に触れ回った。

 しかし、その裏で私のことを「化け物」「悪魔の子」などと蔑み、服に隠れた場所を殴ったり蹴ったりした。

 当然、私は彼らに対する恐怖心を拭うことはできなかった。

 そんな生活を送ってきた私がまともな子供に育つはずもない。

 そして、私はいつしか他人を信じることが出来なくなっていた。


 いや、違う。


 信じてしまえば、また傷つけられるのではないか、また裏切られてしまうのではないかという不安感から、人を信じることをやめたのかもしれない。


 ともかく、私は当然のごとく学校でも常に孤独だった、だが、私はそれでいいと思っていた、一人でいれば誰も私のことをいじめたりしないし、私も誰かに迷惑をかけることもない。


 しかし、ある日を境に私の世界は変わった。


 その日昼食を終えた私に一人の女生徒が声を掛けてきた、何でも掃除当番を代わって欲しいということらしかった。


 私は嘆息しつつもそれを了承した。断って面倒なことになるよりはマシだと考えたためだ。

 しかし、そんな私に対して我も我もと他の生徒達も声をかけてくる。結果的にその日の掃除当番は私一人になった。


 私は閉口してしまったが、押し付けられたこととはいえ、引き受けてしまった以上は仕方がない。


 私は仕方なく掃除を始めたのだが、これが思ったよりも重労働だった。拭き掃除や掃き掃除はまだいい、私を苦戦させたのは粗大ゴミの運搬だった。


 魔力はあっても体力はない私がえっちらおっちらゴミを運んでいると、不意に後ろから声をかけられた。


「手伝おうか?」


 振り返るとそこには同年代の少年がいた。それがカズキだったわけなのだが、正直この時の私は目の前で笑う少年が自分のクラスメイトのカズキ・トーライであると信じられなかった。


 何故ならそれまでカズキと私は全く違う世界に住んでいたからだ。


 私が陰の極致だとするならカズキは陽の極致にいるような存在だった。クラスメイトとはいえ絶対に私に声など掛けてくるはずはないと思っていた。


「お構いなく」


 驚きつつもぶっきらぼうに言ってその場を去ろうとする私だったが、格好をつけた態度とは裏腹に腕は疲れ切っていた。


 私が大量の粗大ゴミの前で思案していると、彼はクスリと笑いながら、そのゴミをひょいと持ち上げたのだ。


「いいと言っているでしょう」


 私は思わず語気を荒げて言ってしまったが、それでも彼は笑顔のまま、「困っている時はお互い様だよ」と言って、そのまま粗大ゴミを運び始めた。


 その時向けられた笑顔のまぶしさに私は思わず目を細めるとともに、胸が高鳴るのを感じた。


 今思い返しても我ながらチョロい女だなと苦笑するが、もし彼に少しでも(それこそ義両親のような)自分をよく見せようとする打算があったのならば、私はそれを見抜き胸をときめかせたりはしなかっただろう。しかし、彼の表情にはそういったものは一切なかった。


 おそらく、彼の中では善意からの行動であり、見返りを求めていないのだろう。だからこそ、私は胸を打たれたのだ。


 粗大ゴミを運び終え教室に戻り、そこで私は初めて彼に礼を述べた。


 誰かに感謝の意を伝えるのなど一体いつ以来だろうと思ったのをよく覚えている。


 すると、彼は「いや、いいんだ」と照れくさそうに頭を掻いた。そして、ふと顔を上げると私に尋ねてきたのだ。


「ところで、どうして一人掃除当番なんてやってるんだ?」


 私は頼まれただけだと答えたのだが、カズキは何を勘違いしたのか感心したように言ってきた。


「君は優しいんだね」と。


「え?」と私が戸惑いの声を上げると彼は、「だって、頼まれたら嫌とは言えないってことだろ?」と続けた。


 ただ断るのが面倒だっただけで優しさから引き受けたことではない、私がその旨を伝えると、彼はクスリと笑った。


「断るのより当番を引き受ける方が面倒だと思うよ? だけど君は引き受ける方を選んだ、それは君が本当はとっても優しくて良い人だからだと思うな」


 私は顔が熱くなるのを感じながらも、そんなことはないと否定した。しかし、カズキは首を横に振る。


「そんなことあるさ、それに、誰が見てるわけでもないんだからサボることだってできたはずだ、なのに君はわざわざ一人じゃ運びきれない粗大ごみまで運んでたじゃないか」


 彼の指摘に私は俯いてしまった。さらに彼は言葉を続ける。


「ついでに言うと、先生に告げ口したりもできたよね? なのに君はそれをしなかった。報復が怖かった? 違うだろ、君はあいつらの報復なんてこれっぽっちも恐れちゃいない。むしろ恐れているのはあいつらの方さ。だから、君を仲間はずれにはしてもいじめたりはしないんだ。もし君が強く断ってればあいつらはすごすごと引き下がっただろうさ」


 その通りだ、掃除当番を押し付けられそうになった時点で体から魔力を放出してひと睨みしてやればよかったのだ。

 私がそれをしなかったのはふと頭をよぎる考えがあったからだ、断ったら誰が掃除当番をやるのか、と。

 私が引き受ける断るにかかわらず彼らは最初から掃除当番なんて面倒なことをするつもりはなかったということは容易に想像ができた。

 つまり、彼らは必ず誰かに掃除当番を押し付けていたのだ。私は私の代わりに押し付けられることになる『誰か』のことを気遣っていたんだと、カズキの指摘でようやく気が付いた。

 教師に告げ口をしなかったのもそうすることで、彼、彼女らが教師に叱責される姿を目にするのが忍びなかったからなのだ。

 私が引き受けることでそれらをすべて回避できるならそれでいいと考えたからなのだと思う。

 そんな私を指してカズキは優しいと評したのだろう。私は自分のそれが優しさだとは思わない、それはただの打算のはずだ。どっちがより嫌な気分になるのかを天秤にかけただけに過ぎないのだから。


 だが、カズキから掛けられた言葉は私の胸を高鳴らせるのに十分だった。


 彼は私を肯定してくれたのだ。


 今まで誰も私を褒めてくれたことなどなかったというのに、彼は私を認めてくれていたのだ。


 そのことが嬉しくて私は思わず頬を緩めた。


 この時点で私は大分カズキに心惹かれていたのだが、カズキはさらに思いもよらないことを言ってきた。


「もう一つ、オレは知ってるんだよ。クラスで飼ってる金魚の世話、やってるのアリッサだろ? みんな不思議がってたぜ、いったい誰が毎日餌をあげてるんだろうって」


 私は驚いた、まさかそんなことまで見ていたなんて。


 私は慌ててそれを否定したが、彼はクスリと笑って言った。


「別に恥ずかしがることないと思うけどな、誰にでも優しいってことはそれだけ周りを見ていて、誰かのために何かができる人ってことだし」


 落とされた……私はそう思った。


 それから私は彼と話をするようになった。


 といっても、私から話しかけることはほとんどなかったが、彼はいつも私の話を聞いてくれて、時にはアドバイスをくれることもあった。


 そして、クラスでは人気者だったカズキを通すことで、私は徐々にクラスの他の生徒とも話すようになっていった。


 私はカズキに対して感謝と尊敬の念を抱いていた。そして、同時に恋心を募らせていった。


 しかし、私は彼の『友達』であり続けた、もし告白などをして今の心地よい関係が崩れてしまうことを恐れたからだ。


 私がそれをよしとしていたのは、女友達の中では、いや、カズキの友達すべての中でも私はトップ3に食い込むくらいに仲が良かったからだ。


 ツートップのリューヤとラルクはカズキの幼なじみなのである種別枠であった。だから実質カズキとは私が一番親しいと言えたのだ。


 私は確信していたのかもしれない、この関係が続けば私は必ずカズキと結ばれると。


 しかし、そんな日常も私のささやかな夢も唐突に終わりを告げる。


 ある日突然カズキに『魔王の呪い』が降りかかったからだ。


 退屈な授業中突然絶叫を上げたカズキに教室にいた全員が驚愕した。


 心配そうに声を掛ける一人の女子の胸が、カズキが繰り出した手刀に貫かれた。


 その光景を私は呆然と見つめていた。


 私が我に返った時、教室は血の海になっていた。


 そして、その中心でカズキが暗い哄笑を響かせていた。


 私は恐怖のあまり動けなかった。


 そんな私に気が付いたのか、カズキがゆっくりとこちらを振り向いた。


 私はその視線を受けて、蛇に睨まれた蛙のように硬直してしまう。


 すると、カズキは笑みを浮かべながら私に近づいてきた。


 私は後ずさろうとするが、足が震えてうまく動かない。


 やがてカズキは私の目の前までやってきた。


 私は恐る恐る顔を上げる。


 そこには、まるで別人のような表情をしたカズキがいた。


 殺される!そう思った私だったが、カズキはそのままばったりと倒れこんだ。


 そしてその日、カズキは世界の敵となった。


 だが、どういうわけか意識を取り戻したカズキは『魔王』ではなくカズキのままだった。


 カズキが自我を取り戻して最初にしたことは、自らの手首を切り裂くことだった。


 自分が大虐殺をしてしまったことにショックを受けたのだろう。


 しかし、カズキは死ななかった、私とリューヤ、そしてラルクはカズキを必死に説得し、なんとか立ち直らせた。


 だが、『魔王』を内に宿し、世界の敵となったカズキへの世間の目は冷たかった。


 カズキの前からは誰もが去って行った。親友面をしていた連中も、カズキに熱視線を浴びせていた女の子たちも、誰も彼もが。


 残ったのは私、リューヤ、ラルクの三人だけだった。


 そして、私たちは旅に出た、カズキから魔王を祓い、世界を救うために。


 その時、私の頭を渦巻いていたのは最低の考えだった。


 ――これで私はカズキにとってより特別な存在になれるのではないか? と。


 そんなことを考えてしまった私に罰が当たったのだろう、突如現れた『勇者』クリス。『魔王』カズキとは相容れない存在のはずの彼女は一瞬にしてカズキの心を虜にした。


 私はカズキのヒロインではなかった、私はただのモブキャラに過ぎなかったのだ……。


「はぁ……」


 長い長い追憶を終え意識を現在に戻した私はため息をつく。


 私は一体どうすればいいのだろうか?


 私はカズキが好きだ、彼を愛している。彼とキスがしたい、抱き合いたい、……セックスがしたい……。


 しかし、私が本当に望むことは、カズキが幸せに暮らすことだ。そのためなら私はどんな犠牲も厭わない。


 私はカズキに恋をして初めて自分の本当の気持ちに気が付いた。


 私はカズキを愛している。だから私は彼のために何だってする。


 例えそれが、自らの心を殺すことであっても。


 私はただ見ているだけでいい、そばにいることすら望まない、彼の笑顔を見ることができればそれで満足だ。


 ……嘘だ。本当は彼に抱きしめられたいし彼の腕の中に収まりたいと願っているし彼の唇に触れたいと渇望してしまっているし彼の子供を産みたいと切実に思ってしまっている。


 でも、それは許されない。


 なぜなら、私はカズキの『友達』だからだ。


 私はカズキのことが好きだ。


 でも、私はカズキの『友達』でしかない。


 私はカズキの『友達』でいる限り、カズキの一番近くにいられる。


 私はカズキの『友達』でいなければならないのだ。


 たとえ、私の心が悲鳴を上げていたとしても。


 私はカズキの友達でい続ける。


 私はカズキの友達でい続けます。


 私はカズキの友達でい続けようと思います。私にはそれしかできないのですから。


「うわああああんっ!」


 浴室に、私の慟哭が響いていた……。

お読みいただきありがとうございました。

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