参
少しだけ重い話があります。
1番奥にある部屋へ行く、ここは誰も使っていない部屋で確かフミの両親が使っていたと言っていた。私はここが1番怪しいと思っている。
「ここは大婆ちゃんの部屋だ」
久美子が思い出したように口を開く。
「大婆ちゃん?」
「理奈達から見て曾祖母ちゃんね、とても厳しくて怖い人だったな。私にはとても優しかったけど、お婆ちゃんにはとても厳しかったのよね」
私は会った事がないから分からない、この部屋に来るとフミの夫の源五郎が「ワシは婿養子だから苦労したなぁ」としみじみと語っていたのを思い出す。
そして悪い気配がする高い場所にある天袋の襖に視線を送る。
「ニャー(開けて)」
「開けるの?」
凄い!久美子は私の言葉が分かるようになったみたいだ、私がお願いした通りに行動してくれる。
襖を開いてもらい、ついでにそこまで登らせてもらう。押入れの1番奥に隠すようにお祓いのお札でグルグル巻きにされた小箱を見つける。
「ニャーオ(この箱を開けてくれ)」
もう一度手を貸してもらおうと思って声をかけるが反応がない。
心配して下を見ると黒いモヤモヤが部屋全体を覆っており、全員がその場に倒れていた。
黒いモヤモヤは私に対して物凄い敵意を向けてくる、私が追っ払った事をまだ根に持っているのかな?
取り敢えずこの黒いモヤモヤは不味いので出所の元凶を先に何とかしよう。
仕方ないので尻尾を使って箱の封印を強引に解除する、するとオドロオドロしい黒いモヤモヤが髑髏を象りだす。
「ニャーオ(悪意の塊、お前は誰だ?)」
『ワタシシシシ ノ コココココ』
残念な事に悪意の塊にも私の言葉は届かないようだ。
取り敢えず禍々しい悪意は追っ払う。私の便利な尻尾で黒いモヤモヤの髑髏を振り払うと逃げるように消え去っていく、そのまま箱に近づいて黒いモヤモヤの源を探る。
『コナイデ ワタシノ コドモ ヲ トラナイデデデデデ』
後から来た新参者の私が我が物顔で住んでいたから怒っているのかと思ったが違うようだ、悪意の言葉を無視して黒いモヤモヤの源を晒す、それはお祓いのお札が厳重に巻き付けてられた小さな木像だった。
「ニャ?(さっき子供と言っていたな?)」
久美子は一人っ子だと言っていたし誰の事だろう?
「ニャーーーオ(フミ、見ているのだろう?どういう事か説明してくれ)」
私を拒絶する黒いモヤモヤはすでに小さくなっており、かつてフミだったものが私の前で揺らめいている。
『・・・私の子供』
弱々しいフミの声が聞こえ、悲しそうに泣いている。
『結ばれたかった人との子供だったのに・・・』
結ばれたかった人?何を言っているんだ?フミの夫は源五郎だろ?質問してもフミだった存在はただ泣いているだけだった、これでは埒があかない。
尻尾で揺らめくフミだったモノに触れる、するとフミの記憶と感情が流れ込んでくる。
バシッ!
「許さないよ!不義の子供なんて!」
鬼の形相をした女性が若い頃と思われるフミを殴りつける。
「だけど私は先生と」
「相手は妻帯者だよ!そんな恥晒しな真似は絶対に許さない!」
猫の私にはこれが何の事か分からない。
「西村さんに何と言うんだ!ウチに婿入りしてくれると言ってくれているんだぞ!」
厳しそうな男性がフミを叱りつける。
「お腹の子は諦めなさい」
「そんな事は絶対に嫌!!」
フミが取り乱して泣き喚く。
「・・もうその教師の方とは話がついている」
男性がなにやら紙を見せるとフミの感情が絶望に包まれ、憎しみの感情に支配されていく。
その日からフミは塞ぎ込むような日々を過ごしていた。常に私の目の前にある小さな木像をずっと抱きしめている。
フミの部屋に事情を知っているのか分からないが、若い頃の源五郎が何度も訪れて励ましている。
こうして見ると源五郎はとても良い男だ、オスとして尊敬できる。
「分かってるね?源五郎さんはお前を許してくれると言っている。お前はその優しさを裏切り続けるつもりか?」
フミの母が向かい合って話しかける。
「相手の教師は金を置いて尻尾を巻いて逃げた、もうここには絶対にこないよ。源五郎さんはお前の不義を知った上で支えてくれている。お願いだよ、これ以上恥を晒さないでおくれ」
フミの母が深々と頭を下げて懇願する。
「私に・・・源五郎さんと向き合う資格はありません」
「いい加減にしろ!アンタは多くの人を不幸にしたんだ!さらに手を差し伸べてくれている優しい人の顔に泥を塗っているだぞ!お前が出来る事はそれを一生かけて償え!これ以上源五郎さんを裏切るな!!」
フミの母の言葉はとても説得力がある、真理をつかれたフミは何も言い返せずにただ泣いているだけだった。
「ニャー(悪いがこれは私はフミに同情できないよ)」
フミだった存在は悲しそうに揺らめいたままだ。
相変わらず源五郎はフミの部屋を訪れて声をかけてくる。その姿に寒さで震えていた私に向けてくれたあの笑顔を思い出す。
「・・・父さん、母さん。これを」
ある日、フミは例の木像を両親の前に差し出す。
「私ははっきり言って人間のクズです。それでも・・・源五郎さんは、私を」
言葉に詰まりながら頭を下げる。
「・・・そう思うなら行動で示せ、これを差し出すという事は良いんだな?」
「はい」
フミの決意の瞳に両親は表情を柔らげた。そのまま木像を預かると供養する訳ではなく、木像にお祓いの札をグルグルに巻き付けて箱の中に封印してしまった。
それからフミと源五郎は結婚し、数年後に2人の間に久美子が生まれた。2人にとって1番幸せな時が訪れた時だった。
私が保護された時のフミを思い出す、源五郎に拾われた寒い雨の日のことだ、あの時は震えて痩せ細っていた私を見て驚いていたなぁ。
「まあ、可哀想に尻尾を無くしてしまったの?こんなに痩せ細って」
私の身体を拭きながら湯たんぽを用意してくれた。こんなに献身的に優しくされたのは久しぶりだったから嬉しかった。
源五郎が病気で亡くなり、私を抱きながら泣いていた時もよく覚えている。しきりに「ごめんなさい」と言い綴っていた、あの時はそのままフミまで消えて無くなるんじゃないかと思って焦ったな、だから私は常にフミに付き添っていた。
「ニャーオ(これを供養して欲しかったんだな?)」
この悪意はあの時のフミの感情・・・亡くした子供への罪悪感、親への憎しみ、子供の父親の裏切り、世の中をすべてを憎んだ末の成れの果ての姿。
「ニャー(良いな?コレを消すぞ?)」
フミだったものはただ揺らめいているだけだ。
尻尾で優しく撫でるとお札は焼き切れ木像が割れる、それと同時に禍々しい悪意は霧散していった。かつてフミだった存在も消え去っていった。家全体を覆っていた黒いモヤモヤも消えて無くなり清浄な空気が漂う。
フミはずっと自分を許せなったのだろうか?
長く付き添って源五郎への罪を償うことが出来たのだろうか?
フミが私に優しく出来たのは自分の過去に悔いているからなのだろうか?
私がフミに救われたのは本当だ、死ぬ事はないが優しくされて私に住む場所を与えてくれた。それにこうして新しい飼い主に出会えたのもフミのおかげだ。その優しさに嘘偽りはないと思う。
結局は私は遅れてこの家に来た新参者で、多少長く生きているだけの単なる黒毛の猫だ。付き合いで言えば十余年、フミと源五郎の間に何があったか知る由もなかった。
「ニャー(フミ、すまない。何も知らない私が同情出来ないなどと酷く言って悪かった)」
謝るしかない。私の身勝手な思いをフミにぶつけてはいけなかった。
取り敢えず割れた木像を咥えて下に降りる。そして気を失っている久美子達の下へ戻る。思えば久美子はこの事を知らないと思う、フミはこの出来事を墓場まで持っていくつもりだったんだろう。
だから時々内緒でこの部屋に来て何かを見に来ていた、フミの親がこの木像をどこに隠してあると思っての行動なのだろう。きっとそれが心残りで私の下に現れたんだろう。
優しく久美子や真田、理奈と沙奈の顔の頬を尻尾で撫でる、すると4人とも気がつく。
「ナッ(終わったよ)」
「え?クロマルさん?」
久美子が驚いた様子で周囲を見渡す。
「何か咥えているよ?」
沙奈が私の足下に置いた割れた木像を見つける。
「・・・これのせい?」
「ナンッ(そう)」
久美子が木像を手に取る、ずっとそれを見たまま固まる。
「お母さん・・・」
これが何か分かっているのか知らないはずなのに久美子の頬に涙がつたう。
「お母さん?」
「大丈夫?」
理奈と沙奈が心配して声をかけえくる。
「分からないけど、何でだろう、涙が勝手に・・・」
真田が慰めるように久美子を抱き寄せる、久美子は俯いて胸の中に埋もれる。
しばらく部屋には久美子の啜り泣く声だけが聞こえる。
「クロマルさん、これを供養すればいいの?」
「ニャーオ(お願いするよ)」
落ち着いた久美子が私に問いかけてくる。何か普通に会話が成り立っているのが嬉しい。
私達の会話が成立したのを見て4人はなぜか笑い出す、私としては腑に落ちないが、何となく良い空気に包まれたので良しとしよう。
後日、例の木像は供養され、あの家のお祓いもしたらしい。以降、あの家での悪意ある現象は起きなかったようで、無事に契約も行われたようだ。
「それであの木像はなんだったんだろ?」
真田が私のアゴをくすぐりながら久美子に尋ねる、やはり真田は撫で方が上手くない。
「うーん、分かんないけど。昔お母さんが親類に虐められていた時があったの、その時に普段温厚なお父さんが滅茶苦茶怒ってね、過去に2人に何かがあったかは幼いながらに感じてはいたの」
久美子が思い出しながら言葉を続ける。
「葬式か何かの席でお母さんに不義だか何だとか言いだした酷い親戚がいてね、するとお父さんが大激怒してその人を殴って大騒ぎになった事があったのよね。幼かった私はお婆ちゃんに連れられて部屋から出されたからその後どうなったか知らないけど、とても鮮明にその時の事を覚えているの。あの家にいる時は不幸続きだったから私はすぐに家を出てしまったけど、ちゃんと何があったか聞いておけば良かったと今更ながら後悔してるよ」
久美子が過去の記憶を思い出し涙ぐむ。
「ただクロマルさんがあの家に来てから2人がとても幸せそうに見えてね・・・お父さんが亡くなった時もクロマルさんがずっと付き添ってくれて一緒にいるのが本当に幸せそうだったから何も聞けなかったなぁ」
しみじみと真田に撫でられている私を見ている。ただ私もあの時は幸せだったから礼を言われる筋合いはない。
私は源五郎が本当に尊敬に値するオスだと思う。
フミに対する愛情の深さに感服するし、そしてずっと罪を償い続けたフミも大したものだと思えてきた。
「「ただいまー」」
ここで理奈と沙奈が賑やかに帰ってきた。
「あれ?何でお父さんいるの?」
「何でって、有給使って不動産屋と契約してきたんだよ」
いつもいない時間帯に真田がいる事に理奈が驚いている。
「クロマルさん、ただいま!」
「ナー(おかえり)」
沙奈はいつも通り真っ先に私に挨拶をしに来る。それを見て久美子は何を思ったか私に近づいて来てお尻部分を触り始める。お?なかなか良い手つきだぞ。
「お母さん?」
沙奈が不思議そうに久美子を見る。
「やっぱ尻尾はないわよね?」
久美子よ、私には立派な尻尾が2本生えていると何度も言っているだろ。
どうして私の尻尾は誰にも見えないのだろう?不思議でしょうがない。
*本編の木像のくだりは、色々と考慮した上でぼかして表記しました。
読んでいただきありがとうございました。
ずっと書きたかった猫もの小説です。ふと思い立って正月に書いてみるとサクサク書けてしまって、3話構成の短編小説で投稿してみましました。
書いていて楽しかったので、出来る事ならクロマルさんをまた書きたいなと思います。