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「自分が生まれ育った家だから手放すのは寂しいけど空き家にして放置しておくのはねぇ。私は一人っ子だし、さすがに今さらあの家に住むのはちょっとね」

「今更あそこに住むのはキツいよねー」


 ある日の昼下がり、久美子と久美子の親友の白井さんと呼ばれる女性の話し声が聞こえる。

「幸い畑とかは欲しい人がいたから何とかなりそうだけどね、古い家アリで土地を買ってくれる人を探すのは難しいみたい。更地にしたら売れるだろうとは言われたけど」

 まさか、フミの家を手放すのか?それは不味いぞ。

「まあ、唯一の心残りだったクロマルさんがこの家に慣れてくれて本当に良かった。引き取る事に賛同してくれた家族に感謝だわ」

「綺麗な黒猫よねー、もうお爺ちゃん猫なんでしょ?」

 白井さんよ、私はフミの家を取り壊すと聞いて焦っているのだ。だからアゴをくすぐらないでくれ。

「うっはー、ゴロゴロ鳴ってる!!滅茶苦茶可愛い!!」

 白井さんは私の抗えない反応に満面の笑みをみせる。そして次の瞬間、私のお腹に顔を埋めてスーハースーハーし始める。白井さんは変態なのか!?

「凄い大人しいでしょ?人懐っこいし悪戯をまったくしないのよ、ご飯をあまり食べないのが心配だけど」

 だから私は食べなくても平気だと何度も言っている、私の言葉は何をやっても通じない。


 ブルルルルル


「あっ、ごめん、不動産屋から電話だ」

 久美子の電話機がブルブルと震え、突然の出来事に私はビクッとなる。

「は?家が売れない?お化け?」

 久美子の素っ頓狂な声を出す、何が起きているのか分からない私はその様子を見守るしか出来ない。

「お化け?」

 白井さんが心配そうに声をかける、電話が終えた久美子は大きく溜息を吐いて頷く。

「何か家を見に来た業者さんがお化けを見たっていうの、事故物件は買えないと断られてしまったの」

「ヤバッ、オカルトじゃん・・・ってクロマルさん!?」

 久美子の話に聞き入っていると私は気がつくと白井さんの膝の上に乗っていた、振り返ると白井さんは頬を赤らめている。

「この子ちょうだい!!」

「絶対ダメ!!」

 自分のせいとはいえ話がそこで途切れてしまったのは大失敗だった。


「お化け?」

「ええ、家を買い取るのは無理って断られてしまったわ」

 その日の夜、真田が帰ってきた際に久美子が例の話をしてくれた。今度は邪魔しないように寝たフリをしておこう。

「私はそういうのに全然疎いから分からなかったけど、貴方何か感じた?何度もあの家に泊まったでしょ?」

「僕だってそういうのに疎いよ」

 あの家には私の前に悪い先客がいた、私の尻尾で追っ払ったと思ったけどまた戻ってきたのか?もしかしてフミが成仏出来ないのはそのせいなのか?何にせよもう一回あの家に行かなくてはならないな。

 今日の夜にもう一回久美子の夢に出てお願いしてみよう。


 みんなが寝静まった夜に2階へと向かう、確か久美子は奥の部屋で真田と寝ているはずだ。

「あっ、クロマルさん」

 2階に上がった途端に私は何者かに捕まる、この声は理奈だな。

「もしかして寂しくて寝に来てくれたの?」

 いや違う、私は久美子の部屋に行きたいだけだ。

「ニャー(久美子の部屋に行きたい)」

「本当!?私と寝てくれるの?」


 ・・・言葉が伝わらないのはもどかしい。

 まあ良い、理奈に伝えて久美子に言ってもらおう。


「ちょっとトイレ行ったんじゃないの!?何でクロマルさんを連れ込んでいるのよ!」

 理奈の部屋に連れていかれる、すると同じ部屋で寝ていた沙奈が起きていた。

「私のところに来てくれたんだもん!」

「そんなのズルい!」

 理奈と沙奈が言い争いを始める、だが外でガチャッと扉が開く音がすると2人は慌てて同じ布団の中に入る。

「仕方ないから今日だけ一緒に寝てあげる」

「うるさい」

 仲良く3人?で同じ布団で寝る事になってしまった、2人とも寝相が良いのでありがたい。2人の間に寝かされると、温かなぬくもりが私を睡魔に誘う、これは久美子以上の破壊力だ。

 暴力的な眠気に抗いつつ尻尾を2人の額にピタリとつける。


『理奈、沙奈、聞こえるか?』

「・・・え?何このイケボ!?」

「もしかしてクロマルさん?えっ!?尻尾が2本生えてるよ!?」

 無事に2人の夢の中に入れた。どうやら夢の中なら私の声が届き、尻尾を見る事が出来るようだ。

『フミがこのままでは成仏出来ない、どうか私をもう一度あの家に連れて行っておくれ』

「・・・・」

「・・・・」

 私の言葉に何か反応をしているが途中で途切れてしまった。どうやらここで2人とも深い眠りに入ってしまったようだ、度々こういう事があったけど浅い眠りの時でしか夢を見ないと聞いたことがある。こればっかりは私ではどうしようもない、それに私も眠気が限界だ、そのまま目を閉じるとあっという間に私も深い眠りに入ってしまった。


「夢かな?夢だよね?クロマルさんが喋った」

「え!?理奈も見たの!?」

 いつの間にか朝になっており、理奈と沙奈の会話が聞こえる。

「めっちゃイケボだった」

「え!?私と一緒だ」

 どうやら私の声は2人に届いたようだ。

「尻尾が2本生えてた!?」

「うそ!本当に同じ夢を見たの!?」

 2人の視線が怖い、もしかして不味かったのか?

「何か言ってた?」

「・・・このままじゃフミが成仏出来ないって」

 よしよし、私の言葉が2人に届いている。

「フミってお婆ちゃんの名前よね?」

「うん、クロマルさんがお婆ちゃんの家に連れて行って欲しいって言ってた」

 ここまで言葉が通じるのは嬉しいものだ。

「え?クロマルさんって何?」

「化け猫とか?でもお化けなのに触れるし、すっごい可愛いし」

 私は単なる年老いた猫だ、化け猫ではないぞ。

「「・・・まさかねぇ」」

 さすがは双子だ、声のタイミングがピッタリだ。



「貴女達もクロマルさんの夢を見たの!?」 

 翌日、理奈と沙奈は久美子に私の言葉を伝えてくれた。すると久美子は驚いた表情で私を見る。

「お母さんも見たの?」

「え?ええ、とても渋い声だった」


「ニャー?(渋い声?何だそれは?)」

 私が否定すると3人は呆気に取られた顔をする。


「・・・超絶可愛い声なんですけど?」

「あのイケボでニャーって言われたら逆に怖いけどね」

 理奈と沙奈が私を撫で回す、何がいけなかった?

「どうしようかしら、何となくだけどクロマルさんを実家に連れて行った方が良い気がするわ」

 久美子も私のアゴをくすぐりながら悩んでいる。

「何かあったの?」

 悩んだ様子の久美子を見て沙奈が心配そうに尋ねてくる。

「うーん、あの家にお化けが出るって言われてね、業者さんに断られてしまったの。貴女達、何かそういうの感じた?」


「やだ!怖っ!」

「お化け?古い家だから?」


 2人は高速で首を横に振って話を拒絶する。

「私もお父さんもそういうのに疎いから全然分からないの」

 困った様子で久美子は大きな溜息を吐く、そして困ったような視線を私に向けてくる。

「・・・クロマルさん、一緒に来てくれる?」

「ナンッ(もちろんだ)」

 返事を返すと相変わらず驚かれる。あまり返さない方が良いのだろうか?



 数日後、私は再びキャリーに入れられて真田の車に乗り込む。本当にフミの家に連れて行ってくれるみたいだ。

「貴女達も結局来るんだ?」

 久美子の悪戯っ子っぽい顔に理奈と沙奈はバツが悪そうな顔をする。

「お化けは嫌だけど、除け者にされるのは嫌」

 理奈が不機嫌そうにソッポを向く。

「クロマルさんが夢に出てくれたから・・・でもあの後クロマルさんと寝ても夢に出てきてくれないんだよなー」

 理奈がキャリーの扉を開いて私のアゴをくすぐる。

 もう言葉が伝わったので夢に出る必要がないだけなのだが、なぜか理奈と沙奈は残念がっている。

「何でお父さんの夢には出てくれないかなぁ」

 真田が車を操りながら文句を言ってくる。真田は寝相が悪いから私が潰しそうになったのを覚えていないようだ、すぐに隣の布団で寝ている久美子の方へ逃げたのをまだ根に持っているようだ。


「さて、着いたぞ」

 真田が車を止める、家主がいなくなったフミの家に到着した。

「運転お疲れ様」

 久美子が真田に飲み物を渡す、私も車の中で水を飲まされる。飲まなくてよ良いのだが、飲まないと心配するので最近は出されたものは口にするように心がけている。

「ちょっと雨戸を開けて換気してくるわ」

 久美子が家の中に入って雨戸を開いていく。何も変な事が起こる様子はなさそうだ。


「クロマルさん」

 久美子がキャリーの扉を開く、久しぶりの我が家に帰ってきた気分だ。

 土間に足を下ろすとヒンヤリとした地面の温度を感じる、そのまま中に上がって行く、いつもフミと一緒にいたコタツの部屋に入る。できればこのコタツを持って帰りたいがダメだろうか?言葉が通じないから伝えようが無いが。

「何にも起こらないね」

 理奈が不思議そうに家の中を見渡す。


「ワ   タシ  ノ コド モ」


「え?沙奈?」

 沙奈の様子がおかしい、突然震え出すと異常な声を出す。

「沙奈、大丈夫!?」

 何かが見える。睨みをきかせると黒いモヤモヤしたものが沙奈に纏わりついている。これは私がここに来た時に追っ払った悪いモノだ。

 沙奈はブルブルと震えてその場に(うずくま)る。このままでは不味いと思い、尻尾で撫でてあげる、すると黒いモヤモヤは沙奈から離れて天井裏へ逃げていく。

「あ、あれ?」

 元に戻った沙奈が周囲をキョロキョロと見渡している。

「何が起こったか覚えてないの?」

「え?何かあったの?」

 理奈が尋ねても沙奈は何が起きたか分かっていないようだ。

「クロマルさんが身体をスリスリしたら治ったみたい」

 久美子よ、体でスリスリではなく尻尾で撫でてあげたんだよ。

「何か不味いな、外に出よう」

「そうね」

 真田と久美子が異常を察し、理奈と沙奈を連れて外へ出ようとする。


 ガシャン!


 突然玄関が閉じる、どうやら私達を外へ逃がさないようだ。

「うそ、閉じ込められた!?」

 理奈が泣きそうな声をあげる。

「クロマルさん!?」

 仕方ないので奥へ行こうとすると久美子に呼び止められる、だけど原因を突き止めるために奥へ進まないとダメな気がする。

「ニャー(奥へ行くよ)」

 私の言葉が通じたのか4人ともビクビクしながら私の後ろをついてくる。

「クロマルさんって何者?」

 理奈の質問に久美子が答える。

「お爺ちゃんが拾ってきた保護猫、去勢とかしてあって首輪をつけていたから元はどこかの飼い猫だと思う」


 悲しい過去が蘇る。

 前の前の飼い主は私の全てを奪った、私のオスとしての尊厳が踏み躙られた。おかげで今でも動物病院という館は恐怖の対象だ。

「前の飼い主さん心配してないかな?」

「うーん、一応保護してますっていう張り紙を貼っていたからね、それも10何年も放ったらかしだから大丈夫でしょ」

 それは私がどこかのお寺で集団生活をしていた時の話だ、そしてもう忘れ去りたい過去だ。


読んでいただきありがとうございました。

最終話は明日の18時頃に投稿する予定です。

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