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書きたかった猫が主人公ものです。

 

「ニャーオ(フミや、お前も私を置いて先に逝くのか)」

「クロマルさん、どうかみんなをお願いしますね・・」


 私の飼い主がまたこの世を去ってしまった、これが何回目の別れか忘れてしまった。

 その度にいつも私だけが残されてきた。


「クロマルさん、お婆ちゃんの最期を看取ってくれてありがとね」

 フミの娘の久美子がいつものようにコタツで惰眠を貪っていた私に話しかけてくる。


「今までご苦労様、どう?ウチにこない?」

「ナンッ(良いぞ、フミとの約束もあるからな)」


 私が返事をすると久美子は笑顔をみせる。

「クロマルさんは本当に不思議な猫ね、まるで私の言葉に返事をしているみたい」

 久美子が目を細めて私を撫でる。私としてはちゃんと理解して返事をしている、なのに私の言葉は誰も理解してくれないようだ。

「お母さん、この荷物どうするの?車に乗せるの?」

 フミの孫の理奈が荷物を持って入ってくる、久しぶりに会ったが大きくなって別人のようだった。

「ねえ、クロマルさんは?今日連れて行くの?」

 久美子に撫でられている私に気づき、理奈は嬉しそうな顔で近づいてくる。

「クロマルさんはもう歳だからね、出来れば引き取りたいけど環境が変わっちゃうから大丈夫かな?」

「凄い長生きだよね?私が生まれた時からいたもん」

 理奈が柔らかい手で私のアゴをくすぐってくる、この子は天性の猫タラシかもしれない。

「ウチに来てよ、大歓迎だからね」

「ニャー(これから世話になる)」

 返事を返すとまた驚かれる。もう慣れたから気にはならないけど、どうしたら私の言葉が伝わるのだろうか?

「尻尾のない黒猫なんて可哀想」

 もう1人のフミの孫の沙奈もやって来た。可哀想と言いつつ笑顔で私を撫でてくるのはなんでだろう?そしてこの娘も撫で方も上手い、自分の意思と関係なく喉がゴロゴロと音が鳴ってしまう。さすがはフミの孫と言ったところか?



 私の名前はクロマル。毛色が黒という理由でクロスケと呼ばれたり、黒太郎と呼ばれていたりと安直な名前ばかりつけられてきた。さすがに全部の名前はもう忘れてしまったが、確か江戸の長屋の軒下で生まれた時は常夜丸と呼ばれていたのが1番最初だった気がする。

 今までは飼い主が死ねばその場を離れて次の居場所を探しに行くのが慣例になっていたが、こんなに早く次の飼い主が見つかり、同じ名前で呼ばれるのは初めてかもしれない。

 そして不思議なのは皆が口を揃えて私には尻尾が無いと言う、私には立派な尻尾が2本生えているのに誰も見えていないようで不思議だ。別に不自由していないから気にしてないが、やけに同情的な目で見られてきた。ただそのおかげで次の飼い主探しに苦労しなかったので良しとしよう。



「そろそろ帰るよ」

 ここで背の高い男性が入ってきた、目に拡大鏡をつけた優しそうなこの男は久美子の夫と言っていた、確か名前は真田だったかな?

「ねえ、クロマルさんは?」

「ああ、放っておくわけにはいかないだろ?今日から連れていくよ」

 沙奈が尋ねると真田は笑顔で頷く。

「大人しくキャリーに入ってくれるかな?」

 久美子が私を運搬するキャリーという駕籠を持ってくる。知っているぞ、これは私を連れ歩く時に使われる駕籠だ。

「凄い、自分から入った!」

 そんな事で毎回驚かないで欲しい。私は飼い猫生活が長いのだ、こんな事には慣れっこだ。

「大丈夫かな?車に酔ったりしないかな?」

 私の尻尾に対して同情していた沙奈が心配そうに覗き込む。

「ナンッ(問題ない、心配ありがとう)」

「か、可愛い過ぎる」


 ・・・私の言葉が伝わらないのがもどかしい。


「やばっ!目がクリクリ!スマホ、スマホ!」

「私も」

 理奈と沙奈が何やら持ち出してカシャカシャと変な音を立てている。

「出発するよ」

 真田が後ろにいる私達に声をかける、こうして今まで住んでいたフミの家を後にして、私は新たな飼い主となったフミの娘の久美子の家に行くことになった。

 


 ここはどこだろう?以前住んでいた場所とは大分風景が変わっている。周りに畑や田んぼはないし、木々もあまり多くないみたいだ。

「クロマルさんの荷物は?」

「先に運んでおいた」

 沙奈と久美子の会話が聞こえる、そして真田によってキャリーに入った私は家の中に入る。狭い家だが悪い気配はしない。以前のフミの家のように悪意を持った先客はいないようだ。

「出しても良いかな?」

 理奈がキャリーの扉を開く。私は狭くて居心地のよい空間から広い見たことのない場所へと解放される。

 見慣れない場所に警戒しつつ周辺を確認をする、私の愛用の寝床であるフミの座布団が置いてある。

「せっかく買ったんだからキャットタワーに乗ってくれないかな?」

 理奈が何やら手招きしている、取り敢えず行ってみると見たことのない台が重なった物がある、これはフミの家にはなかった。

「危ないんじゃない?」

 沙奈が心配して声をかけてくる。何というか私はこんな物に興味はない、フミの座布団があるなら今は一眠りしたい気分だ。

「あーあ、行っちゃった」

「やっぱりお婆ちゃんの物が良いんだね」

 理奈と沙奈は何かと私に構おうとするが、今の私は眠気に勝つことが出来なかった。



 久美子の家に移り住んで数日経っただろうか?理奈と沙奈が私に纏わりついてくる以外は平穏な日々を送っていた。

 そして私のために用意してくれたこのキャットタワーと呼ばれる場所が中々居心地が良かった。視線が高くなるので家人を観察するには最適だ、無駄に惰眠を貪っている訳ではない、私なりにこの家の事を調べている。


 フミと住んでいた家と比べて狭いが、2階建ての家のようだ。私は1階の大部屋の一部を間借りしており、ここに私の寝床であるフミの座布団が置いてある。

 家主は久美子の夫の真田だ、そしてフミの娘の久美子、2人の子供の理奈と沙奈の4人家族のようだ。

 今いるこの場所はかなりの都会のようで、以前の住んでいたフミの家とは比べものにならない。なので前の家では自由に出入りできたけど、ここでは車が多いので外に出してくれないようだ。私は歳を重ねてきて悟りを開いたので外へ出たいという願望はあまりないのでそこは問題ない。

 時々私に挨拶にやってくる野良猫の姿があるが、私は余所者でいまさら縄張りを主張するつもりはない。自分は順応性が高いと思っていたが、住めば都と人間は上手く言ったものだ。


「おはようクロマルさん」

「ナー(おはよう)」

「クロマルさん行ってきます」

「ニャー(気をつけてな)」


 理奈と沙奈は双子だと言っていたな、似ていると思ったが声も顔もそっくりだ。毎朝、同じ顔、同じ声、同じ格好で挨拶に来る。そして帰ってくると同じ顔と同じ声で「ただいま」を言いに来て、キャットタワーに私が乗っていると嬉しいそうにちょっかいをかけに来る。

「ねえ、お母さん。クロマルさんの写メ見せたらみんなが見に来たいって言ってたけど連れてきて良い?」

 理奈が久美子におねだりをする、理奈の方が活発で声色が明るい。

「知らない人が来てクロマルさん大丈夫かな?」

 沙奈が心配そうな声をあげる、沙奈は少し大人しく落ち着いた雰囲気をしている。見た目がそっくりだけど観察すると中身に大きな違いがある事が分かった。

「あんまりクロマルさんに負担かけないでよ、人間で言えばもう70歳以上なんだから」

 久美子よ、私はおそらく100年以上生きているのだが?

「そうだよね?私が物心ついた時からお婆ちゃん家にいたもんね!という事は15歳以上だよね?」

 理奈と会ったのは15年以上前になるのか、早いものだ。

「その割に毛並みとかすっごい綺麗だよね?こんな美猫ちゃん滅多にいないって猫好きの子に言われた」

 沙奈が私の毛並みを褒めてくれて嬉しい。私は年老いているが毛並みにはどの猫よりも自信がある、歳の割に若く見えるとフミがいつも褒めてくれた。

「ニャーオ(毛並みを褒めてくれてありがとう)」

「やだ!ひ、膝の上に乗ってくれた!!」

 感謝を伝えようと膝の上に乗ると沙奈は驚きの声を上げる。

「軽っ!クロマルさん、ちゃんと食べてる!?」

 私のアゴををくすぐりながら心配される。

「食が細くてね、お婆ちゃんも最後まで心配してたんだよね、ここに来てからは少しずつ食べるようになったけど」

 久美子よ、それは違うぞ。元々私は食べなくても生きていけるから大丈夫だ。戦争に巻き込まれた時なんて何も食べない日がずっと続いたけど全然平気だったし、飼い主が死んで野良になった時は基本的に何も食べなかったからな。

 それに何よりも私はトイレが苦手だ、いつも散らかして歴代飼い主に怒られてきた、だからトイレに行かなくても良いように極力食べるのを少なくしているのだ。

「ね、ねえ、クロマルさん、こっちにも来て」

 理奈が横に座ってポンポンと自分膝を叩いて誘ってくる。

「ニャー(仕方ないな)」

「うお!本当に来た!?」

 自分から誘っておいてキャーキャー喚き立てる。これではフミのように膝の上で寝ることは出来ないな。



「それにしても本当に大人しい猫だね」

 夜遅くに真田が帰ってきた、フミの座布団で寝ている私に声をかけてくる。真田は撫で方が上手くない、フミの夫の源五郎もそうだったが男の人は力が強いので仕方ないのだろうか?

「私がパートから帰って来ても大人しく寝ていたみたい。食欲もなくてトイレも少ないから心配だけど、動物病院の先生からは健康状態には問題ないって言われた。おそらく加齢によるものだろうって言われたわ」

 私が食事をとらない事で久美子に心配をかけたしまったようだ。そのせいで私の生殖器を奪った恐怖の館「動物病院」に連れてかれたのは参った、年甲斐もなく恐怖で震えてしまったのを見られたのは恥ずかしかったな。

「お婆ちゃんからクロマルさんをお願いされたからね、長生きして欲しいわ」

 久美子は寝ていた私を優しく撫でる。心配しなくても私は健康だ、まだまだ生きる事が出来ると思う。


 ふと窓の外に何かの気配がある事に気がつく。

「クロマルさん?」

 立ち上がって外を見ると久美子は不思議そうに付いてくる。

「外に出たいのかな?」

 外を見るとそれが夜の闇の中で月の光に照らされていた。

「何かあるの?あ、月が綺麗」

「猫にしか見えない何かあるのかな?」

 久美子が心配そうに声をかけてくる、真田はそれを茶化して笑っている。どうやら人間には何も見えていないようだ。

「変な事言わないでよ、クロマルさん閉めるよ」

 カーテンを閉められて私は久美子に抱き抱えられて寝床に戻された。そのまま「おやすみ」を言われて明かりを消されてしまった。


 みんなが寝静まった夜中に目を覚まし、寝床から起きて再び窓の方へ向かう。カーテンの裏っ側に入り掃き出しの大きい窓から外を見る、まだそこにいる。

 私にしか見えないという尻尾を使って大きな窓の鍵を開錠する、やり方は久美子がやっていたのを見ているから知っている。私の尻尾はとても便利で、自由に伸びて自在に操る事が出来る。二重にかけられた鍵を開き、もう一度二股に別れた尻尾を使って大きな引き戸を動かす。


 小さな庭に降り立つ、そして綺麗な月を見上げる。


「ニャー(フミか?成仏出来なかったのか?)」

『・・・・』

 フミだった存在は悲しそうに揺らめいている。

「ニャー(何か心残りがあるのか?)」

『・・・・』


 フミが成仏出来ない何かがあるようだ。だが私の問いかけに何も答えてくれない、やはり私の声は誰にも届かないようだ。

「その鳴き声はクロマルさん?」

 突然私を呼ぶ声がする、声の方を見る寝巻き姿の久美子が立っていた。

「あれ?何で外に?鍵は閉めたよね?あれ?」

 喋りすぎた、混乱させたかもしれない。誤魔化すように久美子の足にスリスリする。

「もしかしてクロマルさんが自分で開けたの?」

「ニャア?(何の事かな?)」

 私を優しく抱き抱えると家の中に連れ戻される。外にはまだフミだった何かが揺らめいている、このままフミが成仏出来ないのは私はとても悲しい。

 私の寝床に連れてかれる、再び窓に鍵を二重にかけられてしまった。

「おやすみクロマルさん」

 私を1階に置いて2階へ寝に行こうとする、私の声が届かないなら昔フミにやった方法で伝えるしかない。

「ナァー(待って)」

「あら?どうしたの?もしかして甘えモード?」

 足に纏わりつく、甘い声を出すと久美子は嬉しそうに屈む。

「一緒に寝たいの?」

「ニャーン(そう!そうしないと出来ない)」

 久美子が私を抱き抱えて2階へ連れて行ってくれて寝室へと入る。

「やっぱクロマルさんの声だった?」

 寝ぼけ眼の真田が尋ねてくる。

「うん、リビングの掃き出しの窓が開いてた。月に向かって鳴いてたの、お婆ちゃんを思い出したのかな?」

 久美子が私を布団の中に誘う、久しぶりの人肌の温もりに一気に意識を持っていかれそうになる。寒い冬にフミの布団の中に潜り込んだのを思い出す。

 必死に眠気と闘う、明かりが消されて2人の寝息が聞こえてくる。私の尻尾を久美子の顔にくっつける、こうすると久美子の夢の中で話をすることが出来る。以前フミの夢の中にもこの方法で会話し、家に住み着いている悪いモノの存在を教えた事がある・・・まあ、伝わらなかったけど。



『久美子や分かるか?』

「へ?クロマルさん?喋ってる?」

 やはり夢の中なら私の声が届くみたいだ。

『フミが心残りがあって成仏出来ないみたいだ、もう一度私をあの家に連れて行ってくれないか?』

「クロマルさんってけっこうシブい声なのね?」

 関係ない事を言い出す。

『そうではなくて、このままではフミが成仏出来ないと言っている』

「あら?尻尾も生えてるからクロマルさんじゃない?2本生えているし」

 夢の中では私の尻尾が見えているみたいだ。いや、そうじゃなくて!

 いかん、あまりに布団の中が心地良くて私が限界にきている、今にも深い眠りについてしまいそうだ。

 気がつくと私は熟睡してしまい、起きた時には朝になっていた。


「お母さん!クロマルさんがいない!」

「昨日の夜に悲しそうに鳴いてたから一緒に寝てあげたのよ、まだお母さん達のベットで寝てるはずよ」

「一緒に寝たの!?ずるい!!」


 久美子と理奈と沙奈の声が下から聞こえる。いつもの場所に私がいなかったから大騒ぎになっていたようだ、ドタドタと2階に上がってくる足音が聞こえてくる。

「クロマルさん!」

「こんなとこにいたの?」

 2人が私を補足すると抱き抱えて下へ連れ戻される。

「昨日、夢にクロマルさんが出てきたのよね」

 良かった、久美子にちゃんと私の声が届いたようだ。

「尻尾が生えてたのよね」

 いや、そうじゃない。

「クロマルさんがあんなに甘えん坊だったとは知らなかったわぁ」

 だからそうじゃない!

「いいなーいいなー」

「今度私のとこにも来てよ」

 理奈と沙奈が私に視線を合わせてくすぐってくる。久美子に私の言葉が全く通じてなかったようだ。


 さて、どうやってフミの事を伝えようかな?



20時頃に2話を投稿する予定です。

全3話構成の短い小説です。

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