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ディシャール王国史編

愛娘の中に亡き妻がいて、俺を説教する話

作者: salt


*勢いざっくり仕様

*短い話が書きたかった

*ちゃんとハッピーエンドです


 12公爵家が一つ、ハーヴェント公爵家の現当主、ギリアス・ハーヴェントはディシャール王国が誇る美丈夫の1人である。


 アッシュブロンドの清潔感のある短髪に、ペリドットのような明るい黄緑の瞳。

 鼻筋が整った美しい顔に、色気のある低いテノールの声音に心ときめかない淑女はいなかった。

 寡黙で、滅多に微笑まない無表情な男だったが、独身であった頃から浮いた話が一切ないストイックな男で、若い令嬢のファンが多くついていた。


 そんな彼には、幼い頃から将来を誓い合った妻がいた。

 名前はリリアーナ・エフェル。

 エフェル伯爵家の2人目の娘で、ギリアスから4つ歳下の娘だった。


 出会ったのは、ギリアスが12歳の時だ。

 父親同士が親友で、エフェル一家が公爵家主催の茶会に参加してくれたのがきっかけだった。


 柔らかな鳶色の髪に、温かなぬくもりをまとった桃色の瞳をした8歳のリリアーナは、父親の後ろに隠れながらギリアスをじっとみつめていた。


 ギリアスには1つ年下の弟がいたが、妹はいなかった。

 妹がいたならこんな感じかと思ったのが、ギリアスの最初の印象だった。

 子供の頃より無表情だった彼は、小さな淑女のエスコートを両親に願われ、ぶっきらぼうに手を差し出した。


 その手をにっこりと笑ってとってくれたリリアーナに、ギリアスはすとんと恋に落ち、そしてまたリリアーナもギリアスに恋をした。

 家同士に結びつきをと考える両家の思惑とは別に、2人はお互いにお互いが初恋だった。


 その頃のギリアスは寡黙で、常に無表情だったせいかあまり令嬢受けがよくなかったが、リリアーナはそんな彼が大好きだった。

 リリアーナはギリアスのことをよく分かってくれていたし、無表情だけれどちょっとした表情の変化で、ギリアスの感情の機微によく気がついてくれた。


 ギリアスもまた、リリアーナだけにはよく気が利く男だった。

 リリアーナに会いに行くときは、必ず彼女が好きだと言う王都の菓子を持って行くのは当たり前だが、やがてそれを自ら買いに行って選ぶようになった。


 初めての誕生日の贈り物に悩んだ末、同じ12公爵家であるリブレット家の領の求婚の代名詞、魔力花の結晶の髪飾りを贈ると決めた時のこと。

 大輪の一輪も良いとは思ったがどうにも決まらず、リリアーナが好きだと言う苺の花と霞草に小粒のペリドットを添えた。


 本当は、彼女の瞳の色と同じ杏子の花を添えたかったのだが、花言葉の図鑑とにらめっこをして、不穏すぎる花言葉に贈ってはならぬと決意した(この時のおかげで、彼は今でも少しだけ花言葉に詳しい)。


 初手から自分の色を身につけてほしいだなんて傲慢すぎやしないかと、控えめに飾ったペリドットを見て、内心ドキドキしながら手渡したギリアスだったが、それを見てとても嬉しそうに微笑むリリアーナを見て、ギリアスはその無表情な顔をゆるく微笑ませる。


「ありがとうございます、ギリアス様。一杯悩んでくださったのでしょう、とても嬉しいです」


 そう言われて、嬉しくないわけがなく、ギリアスは無表情のまま顔を反らす。

 何も知らければ、そっけないと落ち込むかもしれないが、リリアーナにはこれが、ギリアスの照れ隠しだと言うことは良く分かっていた。


 だから、いたずらっ子のように「ギリアス様、わたし最近ペリドットも好きなんです」と、囁くようにリリアーナは耳打ちされ、ギリアスは表情を変えないまま耳を赤く染めた。

 四つも年下なのに、まるで勝てる気がしない婚約者に、どうにか「俺も、最近モルガナイトが好きになった」と、伝えるのが精一杯だったが、幼い二人が愛を伝え合うのに十分すぎるほどだった。


 ギリアスは王立学院を卒業すると、王族とやんごとなき隣国の御来賓を守る近衛騎士となった。

 公爵家の人間でありながら外に出て働くというのは、ハーヴェント公爵家の教育方針であったのだが、ギリアスは若くして近衛騎士の第二分隊の副隊長を任せられるほどの実力者で、陛下の覚えもめでたい美丈夫に成長していた。


 彼が、婚約者に一途なことは社交界の誰もが知っていた。

 リリアーナの16歳のデビュタントの時にギリアスが送った若菜色のドレスに身を包んだリリアーナをみて、それからそんなリリアーナをエスコートするギリアスを見て、あわよくばと願っていた令嬢たちの大半がギリアス・ハーヴェントを諦めるほどに、2人の相思相愛ぶりは有名だった。


 リリアーナの王立学院の卒業後、すぐに結婚した二人はほどなくして子を授かった。

 何もかもが順調で、幸せだった。

 その幸せが引き裂かれたのは、リリアーナが初めての子を出産した時の事だ。



 リリアーナは、産後の肥立ちが悪く、赤子をこの手に抱くことなく命を落としたのだ。



 ギリアスの悲しみは相当なものだった。

 半狂乱になって暴れ、手が付けられないほどだった。


 あの冷静で寡黙で、いつだって無表情だった美丈夫が狂う姿に、社交界に少なくない動揺が走るほどに、ギリアスは荒れに荒れた。


 リリアーナが命を賭して産んだ娘を見る事さえ苦痛であった。


 娘が憎いわけではない。

 ただ、愛しい妻リリアーナの面影を深く残す愛娘に、亡き妻を重ねて思い出すことが辛かった。

 リリアーナが命を賭して産んでくれた愛娘に、妻を守ることもできなかった己が触れて良いとは到底思えなかった。


 ギリアスは娘を乳母と使用人たちに任せると、本邸にはほとんど戻らず仕事に打ち込んだ。

 妻の事を、娘の事を思い出すだけで、心が張り裂けそうで辛くて仕方なかった。

 忘れるには、仕事に打ち込むしかなかった。


 時たま帰ると、娘は少しずつ成長していくのが見えた。

 寝返りも、はいはいも、いつできるようになったかまるで知らない。

 初めて喋った言葉も、つかまり立ちができるようになった日の事も知らない。


 けれども、抱きしめてしまったら壊れそうなほど小さな娘を、ギリアスは愛していた。

 愛していたけれど、怖くて触れられなかった。

 それがギリアスの、不器用に拗れた父親の愛だった。

 

 娘が三歳になった頃、ふいに本邸に帰ったギリアスの前に、とてとてと足音を立てながら娘は近づいてきた。


「ととさま!」


 と、うさぎのぬいぐるみを抱きかかえ、嬉しそうに自分の足に縋りつく娘を見て、胸がキュッと締め付けられる愛しさがこみ上げたが、時刻は零時を回っていた。


「こんな時間までなぜ起きている」


 と、低めのテノールで叱りつければ、愛娘はその桃色の瞳を潤ませた。


「ごめんなさい、ととさま」


 と、涙を耐える娘を見て、こんな小さな娘を泣かせることしかできないのかと、ギリアスはため息をつく。そのため息が呼び水となったのか、愛娘はわんわんと泣いた。

 迎えに来た乳母に縋りついて泣きじゃくる様子をみて、ギリアスは自分の役立たずさに舌打ちすると、その場にいない方がいいだろうと立ち去った。


 翌日、後ろ髪をひかれつつも、愛娘に嫌われている自分にできる事はないと、仕事に向かったギリアスの元に届いたのは、娘が高熱を出して死にかけているという知らせだった。


 ギリアスは急いで本邸に戻ると、ベッドの上で魘される愛娘に縋りついた。


「だめだ、だめだ私のリリィシェル。お前まで、俺を置いて精霊の御許に逝かないでくれ」


 ギリアスは初めて愛娘の名を呼びながら、献身的に看病した。

 何日も何日も仕事を休み、何日も何日も側に居続けた。


 その甲斐があってか、リリィシェルの容体は落ちついた。

 だがしかし、リリィシェルは一向に目を覚まさなかった。

 

 3日、4日、1週間とそれが続いたある日の深夜のこと。


 月の美しい夜だった。

 看病に疲れて、ベッドの脇でリリィシェルの手を握りながら転寝していたギリアスを、何度も何度も誰かが呼んだ。


「ギリアス様、ギリアス様。……起きなさい! ギリアス・ハーヴェント!!」


 叱りつけるようなその声音に、びくりと飛び起きれば、目の前にはリリィシェルがいた。

 桃色の瞳でギリアスをじっと睨みつけるその様子を見て、ギリアスは面を食らう。


 ギリアスには一目見て、それが娘ではないと分かった。


「……リリアーナ?」

「そうですよ、ギリアス様。貴方のリリアーナです」

「これは……夢か?」

「えぇ、きっと夢ですとも。創造主様が与えてくださった、一度限りの優しい夢です」


 その言葉を聞いて、ギリアスはぎゅっと娘の体を抱きしめた。

 華奢で、小さくやわらかなその体を抱きしめながら、ギリアスは表情を変えないままボロボロと涙を流す。


 だがしかし、感動の再会の空気をぶった切るように、そのギリアスの頬に小さな張り手が飛んだ。


「なに、リリィシェルを抱きしめているんですか! 私は怒っているのですよギリアス様!」


 ぺちりと、力のこもってない張り手であったが、言葉の刃がぐっさりささったギリアスにはクリティカルだった。「なぜ???」と思っているギリアスに、愛娘の小さな体に入ったリリアーナの叱責が飛ぶ。


「何故? なんて顔をするんじゃありません!

 私の可愛いリリィシェルをないがしろにして!

 それでも父親ですか!」


 と、勢いよく叱られて、ギリアスは思わず正座した。

 蔑ろにした覚えなどないと思えば、すぐさまリリアーナから「そうでしょうとも!」と声が飛ぶ。


「あなたの事です。大方、リリィシェルが壊れてしまうとか、私に似ているからと言う理由で遠ざけたのでしょう?

 貴方の気持ちは分からなくもないですが、そんなの幼いリリィシェルに分かるわけないでしょう!

 可哀想に、幼いリリィシェルは貴方に嫌われてると思って、こんな熱を出して心閉ざしてしまったんですよ!」


 リリアーナのその言葉に、ギリアスは絶句した。

 そんなつもりはほとほとなかった。

 言ってもリリィシェルはまだ3歳だ

 大人の感情の機微など、分かるはずもないと思い込んでいた。


「子を馬鹿にしないで下さい。

 貴方と私の子ですよ、聡いに決まってるじゃありませんか。

 ギリアス様、貴方はおおかた、私の可愛いリリィシェルが、貴方の親族に「母親殺し」と罵られていることも知りませんね」


 幼い瞳をきりっと細めて、リリアーナが言った言葉にギリアスは再び絶句した。

 ギリアスはリリィシェルを「母親殺し」だと疎んだことは一切ない。

 むしろ、母親を守ってやれなかったと後悔ばかりを募らせていたというのに、いったいどういうことだろう。

 メラメラと、そんな悪意を幼いリリィシェルに吹き込んだ親族に怒りがこみあげてくるが、瞬時にリリアーナに「誰のせいですか!」と叱られてしまう。


「ギリアス様がリリィシェルに愛を示さなかったからでしょう!

 私は、ギリアス様の不器用な愛情を愛しいと思っていますが、親族にも分からないものが、まだ3歳のリリィシェルに分かるわけないでしょう?

 不器用にもほどがあります!」


 なんて言われたら、ギリアスには言い返す余地もない。

 叱られた大型犬のようにギリアスが項垂れると、リリアーナはふぅとため息をついた。

 その小さな両手を広げて、ギリアスの頭をぎゅっと抱きしめる。


「……貴方が、言葉足らずで不器用なことは知っています。

 愛していると、言葉をたくさんかけるに越したことはないですけれど、それがダメならせめてこうしてぎゅっと抱きしめてあげてくださいな。

 たったそれだけでも、伝わるものは伝わるのですから」


 そう言って、小さな手のひらがギリアスの頭を撫でる。

 それがどうしようもなく懐かしくて、ギリアスは幼きリリィシェルの体に入った妻を抱きしめ返した。

「すまない、すまない」と、何度も繰り返し言葉を紡ぐ。


「謝るのは、私にではなくリリィシェルにですよ」

「あぁ」

「あと、寝てなかったからと言って、まず叱るのはやめてあげてください。

 リリィシェルは貴方に会いたくて起きていたのですから」

「あぁ」

「それから、自分が不甲斐ないからって、リリィシェルの前で舌打ちしないで。

 この子は自分が悪いことをしたって思って、自分を責めてしまうわ」

「そうなのか」

「そうですよ。貴方に似て、思いやりが深い優しい子なのですから」


 リリアーナはそう言って、ギリアスの目から零れ落ちる涙をぬぐった。

 拭った本人の目から、涙がとめどなく溢れているのを見てギリアスの心が締め付けられる。


 リリィシェルの体に入ったリリアーナは、とめどなく泣きながらも、ギリアスの大好きな微笑みを浮かべていた。


「うっかり死んでしまってごめんなさいね、ギリアス様」

「リリアーナ」

「貴方に愛された時間、私はとても幸せでした」

「リリアーナ」

「私を幸せにしてくれたギリアス様ですもの、きっとリリィシェルも幸せにできます」

「っ……」

「ずっとずっと愛していますよ。だからどうか、幸せに」


 ギリアスは、縋るように愛娘の体を抱きしめるとその頬に口づけた。

 もう、この夢のような時間が終わってしまうと理解して、亡き妻に囁くように言葉を紡ぐ。



「俺も、ずっとずっと愛しているよ。リリアーナ」






 ギリアスが目を覚ますと朝だった。

 泣きすぎて頭痛だけが残っていたが、全て夢だと言われれば納得せざる得ないほど穏やかな朝だった。


「ととさま……」


 と、握ったままだった小さな手が自分を握り返してきた。

 幼い桃色の瞳が不安げにギリアスを見ているのに気がついて、ギリアスは慌ててその小さな手を両手で握り返す。


「リリィシェル、目が覚めたのか……よかった」

「ととさま……、ずっとここにいたの?」

「あぁ、いたよ。いたんだ、リリィシェル。

 すまなかった、ととさまが悪かった。

 お前がそんなに傷ついていたなんて知らなかったんだ。

 愛しているよ、リリィシェル。

 お前は俺の、ととさまの一等大事な宝物なんだ」


 おでこを撫でながら、ギリアスは言葉を紡いだ。

 信じられなとでも言いたげな桃色の瞳を潤ませながら、「うそうそ」とリリィシェルは首を振る。


「うそよ、うそです。

 だって、みんな……リリィがおかあさまをころしてしまったから、ととさまはリリィがきらいなんだって……」

「そんなことはない、断じてないよリリィシェル。

 お前があまりに小さくて、儚くて、触れたら壊れてしまいそうで触れられなかっただけなんだ。

 ととさまが臆病だっただけなんだよ、リリィシェル。

 おまえは、おかあさまが遺してくれた、大事な宝物なんだ。

 大好きで大好きでたまらない、愛しい宝物だと伝えなかったととさまを許してくれ」


 ギリアスはそう言って、リリィシェルを抱きしめた。

 リリィシェルは一度びくりと震えたが、それから縋りつくようにギリアスに手を伸ばし、それから大きな声でわんわんと泣いた。


 こうして、どうしようもないほどにすれ違いかねなかった親子の絆は、寸でのところで千切れずに済んだのである。




 それから15年経った。

 18歳を迎えたリリィシェルは、母によく似た美しい淑女へと成長した。

 真白のウェディングドレスに袖を通しながら振り返り、「お父様」とギリアスを呼ぶ。


 15年、ギリアスはあの日から周りが驚くほどに愛娘を溺愛した。

 その溺愛に応えるように、美しく素直に成長するリリィシェルに、誰かが悪意を投げつける隙も与えぬほどの溺愛だった。

 リリィシェルの幼い頃から縁談はいくつも舞い込んだが、そのどれもがギリアスの眼鏡にかなうことはなく、彼女の結婚は難儀を示していたが、結局リリィシェル自身が連れてきた子爵家の三男だという騎士が「娘を求めるなら、俺を倒してからにしろ」というギリアスの無茶ぶりに応え、何度コテンパンにされてもめげずに愛を捧げるその真っすぐさに折れる形で、ようやく婚儀と相成った。


 近衛騎士を40になる前に引退し、公爵として爵位を引き継いだギリアスであったが、二番隊の副隊長の腕前は衰えておらず、そこそこにフルボッコにしたのだが、若い愛の前では無駄であると悟ってからは非常に優しく見守っている。


 リリィシェルはギリアスの側へ行くと、「お父様、あれを」と強請った。

 その言葉にギリアスが取り出したのは、いつかリリアーナに贈った魔力花の結晶の髪飾りだ。

 花嫁が身につけるよきものの1つに、古きものというものがある

 本来は祖母から借り受けるのが常であるのだが、リリィシェルは亡き母の思い出深い遺品だと言うこの髪飾りを選んだ。


「本当にいいのか?」などと言いながら、その花飾りをつけるギリアスに「もちろんよ」と、リリィシェルは母によく似た笑顔で微笑む。

 嫁に行くのではなく婿入りなのだが、まだ結婚しなくてもいいのではないかと今更ながらに思ってしまうギリアスに、リリィシェルは口を尖らせる。


「……お父様、また変な顔してらっしゃる。結婚しなくていいのに、なんて思ってるんじゃない?」

「……」

「視線をそらして! やっぱりね。母様ほどじゃないですけど、私だってお父様の考えてること分かるのよ! だいたい、お嫁に行くんじゃないんだから……」

「いつまでたっても心配なんだよ、リリィシェル。君は私の宝物なんだからね」


 あの事件以来、言葉を惜しむことを忘れたギリアスは、そうリリィシェルに言葉を紡ぐ。

 未だ、その美貌が衰えないギリアスを見て、愛娘はため息をついた。


「まったく、ちいちゃな頃は本当に怖いお父様だったけれど、本当にただの不器用さんなんだもの。

 母様を尊敬するわ。こんなにおしゃべりしてくれるようになる前から、母様はお父様の事なんでも分かったのでしょう?」

「あぁ、そうさ。母様は……リリアーナは私の事はなんでも分かってくれる素晴らしい人だった」


 目を細めて、ギリアスは愛しい妻に思いを馳せる。


 婚約した時間より、結婚した時間の方が短かったが、それでも幸せだった。

 頼りなさ過ぎて、眠りから目覚めさせてしまったことは申し訳なかったが、あの夢のような奇跡が無ければ今はない。

 今でも愛しい、ギリアスの唯一の輝く花を想って、そっと息を吐く。

 思い出すことは辛いが、優しくもあった。

 だからこそ、ギリアスは今日まで生きて来れたのだと思っている。


 そんな父の心情を知ってか知らずか、リリィシェルは父親にぎゅっと抱き着いた。

 よしよしとその肩を撫でるギリアスに、リリィシェルはにこりと微笑む。

 

「お父様。今日まで育ててくれてありがとう。もしいい人がいたら、私に構わないでね。私もお父様の幸せを願ってるから」

「何を馬鹿なことを。私には……、俺にはリリアーナが唯一だよ」


「さぁ、行こう」と、ギリアスはリリィシェルの手をとった。

 バージンロードを歩いて、小さかった娘の手を信頼のおける婿に手渡すために。


「リリアーナ、俺は君との約束を守れてるかな」


 そっと呟いた言葉は、教会のオルガンの音色に溶けて消えていく。

 けれども、かすかに微笑む気配がしたような気がして。

 ギリアスは無表情であるその顔を少しだけ緩ませた。



 この数年後、ギリアスは若い後妻を迎えるのだが、その少女が出会い頭にギリアスを叱り飛ばしたというのは、また別の話である。


 




*記載はありませんが、ハーヴェント公爵家は泉の精霊鳥の家なので、先祖は鳥です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] その創造神とやらを動かせる程の稀有な存在が産まれれば、そんな希望を持てる作品でした [一言] 奥さん、舞戻って来たんですね(汗)
[気になる点] そんな奇跡が起こるのはあの黒幕のおかげなのかな…そう思うととても複雑。。
[一言] 後妻さんは生まれ変わりですか? 気になります
感想一覧
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