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叡智のレガリア  作者: 日三十 皐月
第1章 「ユーリシア国」
9/20

六話







ーー慌ただしく始まった式の用意も着々と進み、様々な思いをそれぞれに抱えながらユーリシア国は即位式当日を迎えた。



国の最も重要な催事を知らせる、ユーリシアの伝統楽器の音色が国中に鳴り響く朝。

荘厳な玉座の間にて、国の紋章を背負う美しいマントが、執事長であるジャックの手によってレイリアの肩へと乗せられる。


前回の即位式から僅か18年という歳月を経て、レイリアは歴代最年少の王となり、同時にこれはユーリシア国の歴史において、最短の代替わりとなる。




玉座の間には王冠を被った先代の王とレイリアの似顔絵が飾られているが、かつて実際に王冠を被った者はおらず、そもそもユーリシアには王冠そのものが存在しない。

マントも代替わりの度に新調される為、形として存在するもので代々引き継がれているのは描かれた王冠ただそれだけ。


それはユーリシア王家に、「引き継ぐべき叡智」という教えが根差しているからである。


王という冠に、権力はあれど叡智はない。

王という冠をして良いのは、自らの名と、後世に引き継がれる絵画のみ。

生身に権力を冠してはならぬ、引き継ぐべきは見えぬ叡智。

国章を背負い、叡智を引き継ぎ王となれ。


ーーこの即位式は、ユーリシア国にとって先王たちの「叡智」を引き継ぐ為の重要な儀式。

冠を引き継ぐ他国とは異なり、ユーリシアでの即位は「叡智の書」を読み上げる〈言葉紡ぎの儀〉を経ることによって代替わりが完了する。


建国当時から引き継がれるその書は、初代の王によって言葉紡がれ、レイリアの代に至る今日まで「王家の象徴」として守られ続けている。




ーー厳かに始まった、即位式。

堂々と叡智の書を読み上げるレイリアの声が、玉座の間へ静かに、そして重たく響き渡る。


ユーリシア王家に残された、たった三人の子供たち。

レイリア、アリシア、ホーキン。


彼らを見つめるその瞳は優しく、希望に満ち溢れていた。

〈言葉紡ぎの儀〉が行われる中、城内の人間を始め城下の広場にて待つ国民たちは、ひたすら祈り続ける。

愛するこの国が、未来永劫安寧でありますよう。

生き残った王家の子供たちに、どうか幸あらんことを、と。



最後の1ページを読み上げたレイリアが、ゆっくりと顔を上げる。

叡智の書を閉じることで、静かに終えられた〈言葉紡ぎの儀〉。


玉座に身を置いたレイリアに、その場にいた全員が胸に手を当て頭を垂れた。

次に兵士長であるロマが自らの剣を差し出し、王の御前に跪く。


立ち上がって剣を受け取ったレイリアが、ロマの首にそっと刃先を沿わせ、言葉を紡いだ。



『その命、王家と共にあらんことを。今此処に、破れぬ誓いを立てよ』



そうして今度はレイリアが剣を差し出し、ロマが両手で受け取る。



「命尽きるまでこの身を窶し、王家の礎とならんことをーーレイリア王の御前に誓い奉ります」



キン、と音を鳴らして剣を鞘に納め、胸に手を当てて跪く。

一拍置いて全ての兵士が同様の所作を取り、度重なる金属音が響き渡った後、甲冑と床のぶつかる音が木霊した。

それを見届けた後、身を翻したレイリアは再び玉座に収まる。


その全てを噛み締めるようにしっかりと見届けた執事は、前王の絵画へ胸に手を当て頭を垂れ、次いでレイリアへと同様の所作を送った後、静かに口を開いた。



「これにて、〈言葉紡ぎの儀〉を完了する」






儀式が終わると、国の大広場に改めて緊張が走った。

新たな国王による「御言葉」が、玉座の間のバルコニーから国民へと与えられるのだ。


言葉紡ぎの儀を終え、叡智を授けられた国王から発せられるその「御言葉」は、まさしく「叡智」そのものであるという、ユーリシア古来の教え。

濁りなく儀式を終えたばかりの国王から授けられるそれは、何にも換えがたい「国宝」なのだ。


ーーーやがてマントを羽織ったレイリアがバルコニーへと現れると、国民は皆一様に胸に手を当て、頭を垂れた。

隣の者の息遣いが聞こえるほどの静寂が、国中を包み込む。


「国王の前では赤子さえ祝福する」というユーリシアでは有名な言葉があるが、まさしく、誰一人泣かずにレイリアを見つめてじっとしていた。




わずか18年という歳月を経て行われる、即位式。

昨日まで生きていたかのように前王を思い出す者も多い中、その息子が新たに王となる。


あまりに良く似たその風貌ーーまるで形見のように光る金色の瞳が、ゆっくりと国を見渡した。


そして一言一句、国民への感謝や今日の即位式を迎えられたことへの喜びを言葉にする。

静かに、けれどはっきりと発せられる声は、人混みを縫うようにして行き渡り人々の耳へと届けられていった。


今日の為に練習した台詞を口にする中、レイリアの頭の中には様々な声が駆け巡っていた。



ーー全幅の信頼を置いてよいほど、世界は平和ではないのですよ

ーーお前の思うようにやればいい


ーー俺はもう、お前を子供扱いしない

ーーウィリアム王の面影が見えます。あなたこそ…王に相応しい



それら全てを噛み締めるようにして、目を閉じる。

今日というこの日を以て、彼はどんな声であろうと背負わければならないのだ。


そして、ユーリシア国として、レイリア王として、選択していく。

国民を引き連れ、あらゆる〈存続〉の為に進んでいく。


齢17の背中には、あまりにも重すぎるその責任。

しかし背を丸めるわけにはいかない。重たいと顔を顰めるわけにはいかない。

恐れなどないと、堂々胸を張らなければ、誰も認めてはくれない。


在ろうと思わなくては、何にも相応しく在れないのだから。



『誇り高き我がユーリシア国に光降り注ぐ日こそ、生を享受する我々の双眸空わぬ唯一の希望となりて、道に迷いし者たちの礎とならん。ユーリシア王家の象徴は彼らと共に在り続けるーー』



〈叡智の書〉に記されたこの言葉の真意を知る時、初代ユーリシア王の悲願が叶うのだろう。

そして、先代の王たちはその悲願を叶える為に命を繋いで進んできた。

叡智とされるものを繋いで、進んできたのだ。


答えのない未来に向かって。



スピーチを終えたレイリアが口を閉じると、そこ彼処から「レイリア王」と称える声が沸いた。

先ほどの静寂の殻を割るように、伝統楽器が歓喜の音を鳴らす。







ーーー即位式を終え、無事にパレードを行った後。

玉座の間にて、約束通りに訪国したコールバンへ復活祭参加の是を記した書簡を預けた。



「レイリア王。御即位、慎んで祝福申し上げます。チカッタラッタ族を代表して、ユーリシアの栄光を切に願います」


「ありがとう、コールバン」


「復活祭当日、メディニアにてお待ちしております」






慌ただしく、しかし確実に目的を終えた今日という一日。


先代の王たちが使用した部屋は、今日からレイリアの部屋となる。

重く圧しかかったものを少しでも軽くしようと、半ば乱暴に衣服を脱ぎ捨てる。

普段なら几帳面に畳んでおくのだが、今日ばかりは余裕がなかった。


簡単に寝着を纏って早々にベッドへ横たわると、鉛のようになった体が沈み込んでいく。

縫い付けられたように動けず、ただただ静かに息を吐いた。



ーー王の、証なんて



うつら、うつらと目蓋が閉じては開く。



ーーいらないと思っていた。父上の息子だって、ただ、それだけでいい



やがて抗えなくなり、幕を下ろすように目蓋が閉じられると、規則正しい寝息が部屋に落とされる。



ーーだけど、もしも王冠があったなら…もっと…

もっと、相応しく在ることが…できるのかもしれない…


ーーこの頭に…王冠があったなら…不甲斐ないおれでも…この国に相応しい王に…



部屋を確認に来た執事が、そっと毛布を被せ、明かりを消して退室する。

願わくば、この小さな王に安らかな眠りを。

幼い背中に圧しかかる全てを置き、身一つで束の間の夢を。


多くの者の願いを叶えるように、レイリアはその日幸せな夢を見た。



父と母に挟まれ、妹と一緒に、いつまでもいつまでも他愛のない話をする。

時には手を繋いでもらったり、抱きしめてもらいながらーーレイリアはひたすらその時間を謳歌した。



(今日、王位を継ぎました)



そう伝えると、微笑んだ父は(そうか)とただ一言答えた。

それだけが、ただただ、嬉しくてーーーー




目が覚めると、レイリアは泣いていた。

レイリア王として朝を迎えた今日のことを、彼は一生忘れることなどないだろう。


立ち上がって、いつものように身支度を整える。

新調された一寸の皺も見当たらないシャツと深い翠色のスラックスに身を包み、同色の背広を羽織った。

その金色の瞳に、昇ったばかりの朝日が映り込む。


睫毛に残った涙の粒が、まるで宝石のように輝いた。












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