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叡智のレガリア  作者: 日三十 皐月
第1章 「ユーリシア国」
8/20

五話







ーーー翌朝。



深い眠りにつけず時間を持て余していたレイリアは、日の出を迎える前に起床をし、いつものように身支度を整えた。


ふと窓の外に視線をやると、どこか冴えた脳が城下の景色を漫然と観せる。


それと同時に閑散とした景色の中に映し出されたのは、かつての悲劇の記憶。

昨日のことのように思い出す、恐怖や悲鳴、反感、憤怒、憎悪。

数えればきりのない負の感情は、レイリアの心を強く蝕んだ。

そしてもうすぐ、この痛みを抱えた国の王になるのだと。抗えないその事実は、いつだって臆病な身体を震わせる。





そして、朝日が昇る頃。

控えめのノックの音に返事をすると、入ってきたのはロマだった。



「よう、レイリア。眠れたか?」


「……ああ」



答えると、「嘘つけ」と力なく笑うロマ。



「ま、何事もなく夜が明けて安心したよ。少しは肩の荷が降りたぜ」


「そうだな」


「眠れなかったなら、昼寝の時間でも取っとけ。即位式でくまなんか作ってたらみっともねぇぞ」



ははは、と笑いながら、レイリアのネクタイを正すロマ。



「あと、ネクタイずれすぎ。起きてたならついでに身だしなみくらいチェックしとけよな」


「ずれてたか?」


「ジジイの過保護の弊害だと思うぞ、これは…とか言いつつ直しちゃう俺も同罪だけど」


「上手く結べる時もあるんだが…」



他にもおかしなところがないか確認してから、二人で部屋を後にする。






「ジジイが過保護にしすぎたってのもあると思うけど、あれだな。お前のちょっと抜けてるとこは、王妃様に似たんだろうな」



すれ違う兵士たちからの敬礼を受けながら食堂へと向かう道中、ロマがそんなことを言った。

レイリアは少し考えた後、そうかもしれないと頷く。



「だとすると、アリシアの性格は父上に似ているんだろう」


「あのはっきりした性格は、間違いなくウィリアム王譲りだろうなぁ。物怖じしないところなんか、瓜二つだ。王妃様に似て可憐な見た目なのに、びっくりするぐらい男勝りでさ…ちょっと抜けてろよって思うぐらい隙もない」


「…おれとアリシアの性格が、反対だったら良かったな」


「いや、お前はそのままでいいって。色々言ったけど結局、ネクタイずれてるぐらいが愛嬌あっていいぞ」



アリシアは強すぎる、と言ってロマはわざとらしく震えた。



「ーーそういえば、アリシアとホーキンの様子はどうだ?」


「ん?あぁ、アリシアの方は…まぁ多少不安がってはいたけど、別段いつも通りだったな。ホーキンの方は…姿は見てねぇが、とりあえず無事らしい」


「?」


「昨日に引き続き不安定で、会える状態じゃねぇんだと。兵士から無事だってことだけは確認したが、まぁ…。お気に入りの兵士としか仲良く出来ねぇのは、いいことじゃないんだけどな」



頭を掻いて、はぁと盛大に溜息をついたロマ。

レイリアは頷くべきか迷った後、小さく首を振った。



「唯一の肉親であるおれたちと馬が合わないんだ。他に親しく話せる相手がいるなら、それに越したことはない」


「…まぁそうだな、お前らはホント…仲悪いよなぁ。いや、仲悪いというか、ホーキンがお前を目の敵にしてるというか…」


「血が繋がっているから仲が良いというわけじゃない。ホーキンが距離を置きたいと思うなら、それは仕方のないことだと思ってる」


「悲しいこと言うなよな…。何はともあれ、二人とも無事だ」


「良かった」



ほっと胸を撫で下ろして、食堂へと足を踏み入れる。



「レイリア様、昨日は心配しました。ご無事で何よりです」



各方面からそんな声を掛けられながら着席したレイリアの前に、すぐさま用意されていく食事。あれよという間に朝食の準備が終わり、首にナフキンを巻く。



すると、遠くからヒールの音が響いてきた。

慌てているようなその音は、まっすぐに食堂へと向かってきてーーー開かれた扉の前でぴたりと止まった。


立ち止まった拍子に、艶のある黒く長い髪が揺れ、合わせるようにドレスがふわりと舞う。

どこか強さを感じる金色の瞳がレイリアを捉えた後、形の良い唇が開いた。



「兄様!」


「アリシア」



ーーアリシアと呼ばれたその少女は、凛とした雰囲気をそのままに急ぎ足で食堂へと入り、少し興奮した様子でレイリアに詰め寄る。



「おはよう」


「おはようじゃありませんわ、兄様!昨日のご決断について、朝食の前に少しお話しませんこと?」


「…相談もなく地上へ残ったことは、悪いと思ってる」


「相談がなかったというそれだけで、こんなにも取り乱して話し合いを求めているとお思いですか?そんな心にもない謝罪を聞きたいのではありません」



華奢で可憐な見た目から押し迫る、圧力。

この流れはまずいと一度咳払いをしたレイリアは、喉を潤わせるように紅茶を啜り、「とにかく、先に朝食を済ませよう」と提案した。


その言葉に、アリシアは一瞬眉を潜めたがーーアリシアの為に並べられていく料理をちらっと見遣った後、仕方がなさそうに着席する。



「言っておきますが、有耶無耶にしようとしても無駄ですよ」


「分かってる…後でいくらでも聞こう」




ユーリシア王家の暗黙の了解として、“食事の際は一切の私語を許さない”という、しきたりのようなものがある。

それは食べている時の口中を人に見せるべきでない、といった礼儀なのかもしれないし、食への感謝に目を向けさせる為や、食事そのものに集中させるための指導の一環だったのかもしれない。


理由は定かではないが、とにかくユーリシア王家の食事時は古くから静かだ。スプーンやフォークが食器に当たる音さえ僅かで、食事の所作も美しい。



そうして綺麗に食べ終えて、心の中で感謝を述べ数秒目を閉じれば、食事は終わり。


あれよという間に食器類が片付けられ、淹れ直された温かい紅茶だけがテーブルに残された時。

一人の兵士が食事の乗ったトレーを取りに来た。


それだけで察したらしいアリシアが、兵士を引き止める。



「ーーホーキンのところへ食事を?」


「…ええ、そうです。今日は自室にて食事をすると」


「食堂へ降りてこられないほど気分が優れないの?昨日兄様を探して城から飛び出したのと同じ人間だなんて思えないわ」


「ひどく憔悴しておられますので」



無骨な返答をした後、半ば強引に食堂を出て行った兵士。

アリシアは不機嫌を隠すことなく大きな溜息をつくと、ロマを強く睨みつけた。



「ホーキンのお気に入りだけど、少々問題ではないかしら」


「…言いたいことは分かるが、ホーキンにはあれくらいの方がとっつきやすいんだろ。無愛想で多少無作法なところはあるけどまぁ…嫌がらずにホーキンの面倒を見てくれてるのは、それを帳消しにするくらいポイント高いぞ」


「そちらの苦労は理解しているし、私が問題視しているのはそこじゃないわ。

昨日ホーキンが城の外へ飛び出した時、止めなかったのはあの兵士だけ…それどころか、外へ探しに行くようにけしかけている風だったの」


「けしかける?」


「何だか怪しかったから聞き耳を立てていたら、いいんですか?探しに行くべきでしょう、とか…あなたにはそれしかないのです、とか。こそこそ話していたから」


「なんだそれ…」


「あの兵士、前任の兵士長とお父様がホーキンにつけたんだったかしら。聞いた話だから定かではないけれど、ロマは関与していないのよね?」


「よ、よく知ってるな。そうだぜ」


「だったら、改めて素性を探るべきだわ。怪しいと思ってから数年観察しているけれど、ここ数日特に不自然な動きをしているの」


「おう…」


「ロマ。兄様の即位式、そしてメディニアの復活と、時代が動き出してる。何が起きても不思議じゃないんだから。城内に蔓延る企みは種から消すべきでしょう」


「その通りだな…」


「分かり次第逐一教えて頂戴」



淡々と要件だけを伝えて紅茶を一口啜ったアリシアに向かって、怒られた子供のように小さくなるロマ。

ーー次は自分か、とレイリアが生唾を飲み込んだ瞬間、アリシアの真っ直ぐな瞳に射抜かれた。



「さぁ、兄様。先ほどの話をしましょうか」


「……ああ」







ーーーそれから小一時間、昨日の選択がいかに迂闊で兵士や国民に対して独裁的で無責任であったかを説教されたレイリアは、すっかり疲れ切っていた。



「何の為に地下を作ったとお思いですか。今回は奇跡的に免れましたが、また十年前の悲劇のようなことが起きていてもおかしくはなかったのですよ」


「……」


「エマリオの誘導がどれだけ正しい結果を生んだとしても、あの状況で兄様の姿が見えないことがどれだけ国民の不安を煽ったのか。相談もなくご決断されたことを責めているのではありません、そもそも国王として取るべき選択ではなかったということを強く御自覚くださいませ」


「…ウィリアム王が生きてるんじゃないかって、錯覚するくらいそっくりな物言いだぜ…」


「話は終わりです。兄様から何か仰りたいことは?」



冷静に言葉を連ねたアリシアが、ロマの言葉を無視して聞く。

レイリアは小さく首を振って見せた。



「…いいや、何もない。お前の言うことは、いつだって正しい」


「……兄様はいつもそう。十年前の悲劇が訪れるまでは、そんな顔なんてしなかったのに」


「…アリシア?」


「ーー私がいつだって正しいように感じるのは、自国民を想って発言するからです。兄様のように他国他民族に配慮などしていたら、自国への配慮が疎かになって当然なのですから」



どこか不貞腐れるように言ったアリシアの瞳は、僅かに悲哀の色を帯びていた。

レイリアが何か言おうと口を開く前に、アリシアはヒールを鳴らして立ち上がる。



「他国の王族であるエマリオの意見を信じた兄様のことを、間違っているとは思いません。国と御自身の命運をそこにかけたというのはあまりに無謀ではないか、とは思っていますが…自国民以外に信頼をおける、おいても良いと考えることができるというのは、あらゆる状況において必要な度量かと。私にはとても出来ないことですから」



話しながら食堂を後にしようとする傍らに、ティーポットとナフキンを携えた給仕がついて歩く。



「しかし、今後はお控えくださいませ。どこの国と友好を深めていくかは兄様次第ですが、そこへ全幅の信頼を置いてよいほど、世界は平和ではないのですよ」



では、と廊下へ足を踏み出したアリシア。

その背中に、レイリアは言った。



「ーーエマリオへの信頼は、父上への敬意だ」


「……」


「奴が今後もおれに忠告してくるのであれば、何を言われようとその発言を考慮して行動する。その意見を無碍にすることは、父上への侮辱に値すると思っている」


「…兄様、いい加減にしてください。ユーリシアの未来を思えば、お父様の過去の交友関係など最早、」


「父上が志半ばであったなら、おれには、それを繋ぎ止める義務がある」


「………」


「エマリオが父上に全幅の信頼を置いていたなら、そして父上が同じように思っていたなら。おれもそうするべきだ」


「…盲信的で、とても感情的ですわ。私の話など、何一つ響いていないようですね」



ひどく冷たい目をした彼女の口から、ぽつりぽつりと言葉が落ちる。



「私は、今後の情勢を慎重に見るべきと申しただけです。兄様の考えは、あまりにも国民を無視し過ぎている…信頼忠義おおいに結構ですが、兄様の行動一つで国の存続そのものが危ぶまれるのだということを、どうかお忘れなきように」


「……」


「ロマ。兵士の件、頼みましたよ」



そう言い残し、颯爽と立ち去っていったアリシア。

黙り込むレイリアの肩を、ロマは優しく叩く。



「……レイリア、お前も部屋へ戻れ。アリシアほど饒舌でなくていい、即位式で何を言うのか、三日三晩じっくり考えとけ」



その時、アリシアと入れ替わりに執事が食堂へと入ってきた。



「おはようございます、坊……レイリア様」


「…おはよう、ジャック」


「お嬢さ…アリシア様は如何なされたのですかな?随分機嫌を損ねておられたようですが…」


「兄妹ゲンカだよ、朝っぱらから野暮なこと聞くなよジジイ」



ロマの乱暴な物言いに、執事の眉間の皺がぐっと近付く。

しかし咳払いをして一旦無視をすると、レイリアへ安堵の笑みを向けた。



「レイリア様、ご無事で何より。エマリオからの返答も耳に入っております。西方に動く気配無しとくれば、今気をつけるべきはメディニアのみですが…何を考えていようとしばらくは派手に動きますまい。これでひとまず、即位式に専念できますな」


「ああ」


「式の旨も昨日国民へ伝えました。性急な話であったものの、皆とにかく喜び勇んでおりましたぞ。準備のために国はしばらく忙しなくなります、レイリア様は穏やかなお気持ちで式に臨んでいただけますよう…当日まで城内でゆっくりとお過ごしくだされ」



嬉しそうな声音で言い、近づいてきた執事を見遣る。



「…それより、昨日の傷はどうだ?」



衣服で隠れているが、何らかの手当てをしているはず。

僅かに違和感のあるような歩き方は、恐らく昨日ホーキンに蹴られた箇所を庇っているからなのだろう。



「何も心配いりませぬ。一晩ですっかり治ってしまいましたわい」


「嘘をつくな。無理して出歩かない方がいい」


「まさか。坊ちゃんの大事な晴れ舞台の日が迫っているというのに、出歩くなだなんて。爺にそんな無理難題を仰らないでくだされ」



言っても無駄だとは分かっていたが、案の定な返答に思わず溜息が出る。

レイリアのそんな反応に、執事は生暖かい笑みを浮かべた。



「爺の心配をしてくださる優しい坊ちゃんも、もうすぐ跡目を継ぎ国王になられる…なんとも感慨深いですなぁ」


「ジジイ、呼び方戻ってるぞ」



指摘されて口を噤んだ執事に、今度はレイリアが小さく微笑んでみせる。



「国王という冠がつくだけだ。感慨深くなるほど多くは変わらない」


「…レイリア様。国民はそれをずっと、ずっと待ち望んでおったのです。それだけ、だなんてことはありますまい。これからはレイリア様こそが、ユーリシアの未来そのものとなられるのですからな」


「……」


「我々はただ儀式を終えたいのではありませんぞ。レイリア様が手繰り寄せる絆や歩む先が、どうか光に満ちておりますようにと。お望みになる安寧が、どうか永劫続きますようにと。儀式という形を借りて、お祈り申し上げるのです。

その場が、生半可なものであってはならぬのです」


「そうだぞ。即位式が終わりゃ国王になる、ただ冠がつくだけ、だなんて思ってるようじゃ先が思いやられるぜ。その冠がつくだけと思ってる儀式に、どれだけの願いや祈りが詰まってることか…。

型式通り、手順通りに終わらせることが目的じゃねぇ。一つ一つの所作を心込めてだな、」


「ーー何を偉そうに講釈垂れておる!だらだら食堂に残りおって!お前は早く仕事に戻らんか!」



溜めていた怒りを吐き出すようにしてロマへ言い放った執事。

はいはいと両手を挙げたロマは、困ったように笑いながら食堂の出口に向かう。



「まぁ、昨日の今日だ。うろつくのは城内だけにしとけよな」


「ああ、そうする」


「助かるぜ。じゃ、ゆっくり式の台詞でも考えとけよ」



のらりくらりと執事の怒りから逃げるようにして食堂を後にしたロマ。

その背中を忌々しげに見つめた後、執事はレイリアに向き直った。



「全く若造が…無礼千万極まりないですな。あの態度は何とかして改めさせねばなりませんぞ。大変に今更ですが、とても国王に対する態度ではありませぬ」


「…今のおれには必要かもしれない。国王としての見栄えは悪くなるかもしれないが、しばらくはあのままで構わない。それに、どうせすぐには戻せないだろう」


紅茶を飲み干してから、レイリアもゆっくりと立ち上がる。

それから食事を用意してくれる厨房へ感謝を述べて歩き始めると、執事もその後ろへついた。



「坊…レイリア様が良いと仰るのなら、私が言えた義理ではございませぬ、これ以上は言いますまい」


「国王になっても坊ちゃんと呼ばれるよりは、呼び捨てにされた方がマシだ」


「申し訳も立ちませぬ…」



どこか不格好な歩き方をする執事をチラリと振り返って、頭を振る。



「…お前に倒れられては困る。式の準備だが、代われることがあれば遠慮なく呼んでほしい。頼むから、しっかり療養してくれ」


「レイリア様、式の主役が準備などしなくて良いのです。お気持ちだけもらっておきますぞ」


「だが」


「きちんと手当てをしてもらっております故。心配無用です」


「……」


「しかし、お優しいそのお心が爺の怪我で集中を欠いてしまうのなら、お言葉の通り明日までしっかりと療養して治しておきましょう」



そう言って近くにいた兵士を呼びつけると、執事は警護を指示した後、自身の部屋へ戻って休養を取ることを宣言した。



「それでは、レイリア様が安心して式に臨めますよう、切に願っておりますぞ」







*   *   *   *   *






執事に見送られながら、レイリアは扉の外を警護された自室へと戻った。


王子として過ごし慣れたこの部屋も、即位式が終われば空になる。

これからは、かつて前王がいた部屋で国王として過ごしていくことになるのだ。


ーー型式通り、手順通りに終わらせることが目的じゃねぇ


ロマの言ったことをふと頭の中で反芻して、己を恥じる。

確かにその通りだ。自分は、型式通りに行事を終わらせることが重要なのだと勘違いしていた。


何の為に式を行うのか。

国民が集まり、同じ時間を共有することに、一体どんな意味があって、何故そんなことをするのか。

形式だからしているのでは、決してないのだ。

しなければいけないから、しているわけではないのだ。



スーツ姿のまま、ベッドに倒れ込む。


ーー祈りを一身に受け、願いを自身の手で叶えていく。

国を、国民を守ってほしい、守りたいという。

尊く、儚いその祈りを、願いを。


おれ自身が、未来となって。



静かに目を閉じると、瞼の裏にかつての記憶が思い起こされる。


それは悲劇の光景ではなく、ただ真っ直ぐ前を見据えた父の姿だった。

ーー父の真っ直ぐな瞳には、一体何が見えていたのだろうか

ーーどれほどの願いや祈りを、背負っていたのだろうか



これから背負うことになる自分の背や、未来を掴んでいく掌を、あまりにも小さく感じた。

レイリアの目尻が伝った涙が、枕に染みて跡をつける。



ーーこのままではいけない



強く涙を拭って、レイリアは立ち上がった。


机に向かって腰掛け、式で何を言おうかと必死に頭を巡らせるその瞳は、揺らぎながらも必死に前を向こうとしていた。



ーー少しずつ、相応しく在りたい





それから、夕日が窓に差し込む頃。

机に突っ伏して寝てしまったレイリアの背に毛布を掛けたロマは、何度も書き直されて散らばった紙の束を眺めていた。



「…国王か……」



聞こえないように小さく呟いた声は、少しだけ開かれた窓の外へと吸い込まれる。



「……お前が理想郷の王様になったなら…俺は一体、何になるんだろうな…」



優しくレイリアの頭を撫でたその瞳は、物憂げに伏せられる。

差し込んだ夕日が、寂しげな横顔をそっと照らした。












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