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叡智のレガリア  作者: 日三十 皐月
第1章 「ユーリシア国」
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幕間 「意思継ぎ」





「いい加減にしてください」




ーー柔らかな日差しの入る窓辺に置かれた、ロッキングチェア。

そこへ幼子を抱えて腰掛けていた男は、聞こえてきた声の方へゆっくりと顔を向けた。


その先には、静かな怒りを露わにする青年が一人。


「父上。国民を危険に晒してまで守りたいものが、それですか。あなたのしていることはただの偽善だ」


理解しかねます、と続け、青年は男へと近づいていく。

しかし男は気にする様子もなく幼子に向き直り、その小さな頭を優しく撫でた。


「それ、とは随分な言いようだな。お前と同じ、尊い命だぞ」


「……だとしても、私たちユーリシアとは無関係な命です。これ以上容認するわけにはいきません。考えを改めてください」


「容認?何故お前の了承を得ねばならんのだ」


「ーー…私は父上と違って、ユーリシアの未来を思っているのです。このまま数を増やせば、否応にも帝国の目に触れます。そうなれば、ユーリシアもただでは済まないでしょう。それだけは避けたいのです」


青年の言葉を、何とも言えない表情で聞き流す男。

幼子の茶色い髪を梳くようにして撫で続けるその姿に、青年は眉を寄せ、思わず言葉を吐き捨てた。



「父上、いつまで続けるおつもりですか。その子はーーユーリシアの民ではないのですよ」



それを聞いた男の表情が、一変する。

厳しい表情を浮かべると、幼子を抱えて立ち上がった。


「…お前には見えんのか、この命の輝きが、その尊さが」


強い瞳に真っ直ぐに射抜かれ、青年は僅かに狼狽える。


「この子は、自分が“ジョルジーガの民”だと、そう言ってわしに屈託なく笑いかけるのか?ユーリシアの民ではないと主張しながら、腹が空いたと健気に泣くのか?」


「……」



「ーーウィリアム。人の痛みが分かる人間になる必要はない。ただ、分かろうとする人間であれ」



側に来た給仕に幼子を任せ、男はウィリアムと呼ばれた青年の前へ立つ。

堪えきれずウィリアムが視線をそらすと、その先に幼子の姿があった。


真っ赤な瞳に、僅かな憂いを垣間見る。


「人が悲しい顔をすれば、何が悲しかったのか理解しようとする人間であれ。理解できぬと無視してはならん。

全ての感情に理由があり、培ってきた経験があるのだ。その理由や経験を、決して軽んじるな」


男が、そっとウィリアムの肩に触れた。

もっともな言葉は頷きがたく、しかしウィリアムの背中に重くのしかかる。


「人は死ぬまで学び続ける。どれだけ気を付けていようとも、気付けないことだってある。わしとて悔いることは山ほどあるのだ。この歳で感じるその虚しさは、とても言葉に出来ん」


「……、」


「ウィリアム。人の感情に心を傾けよ。理屈ではないと、心の底から理解するのだ。お前なら出来る。何故ならお前は…わしの息子だからだ」


つい数日前に起きた惨劇を思い出し、ウィリアムは身震いした。

幼子の抱える僅かな憂いと、強い怒りを想像しただけで、目眩がする。


「わしは、平等を望んでいるのではない。それこそ、わしの感情に心を傾ければ分かること。お前にも、いつか解る時が来る」


「…しかし…!父上、私は…私は、理解した上で…それでもユーリシアを…」


「いや、お前はまだ解っておらん。解っていたら、そんな言葉は出てこないはずなのだ」


「……!」


「…経験せよ、ウィリアム。お前に王はまだ早い」



男はそう言って、幼子と給仕を連れ部屋を出て行く。

一人取り残されたウィリアムは、暫しの間、ただ静かに項垂れた。







*    *    *    *    *







「君が、ーーーーか」


私の声に顔をあげたのは、まだ幼い少年。

その赤い瞳には憎悪が宿り、側に近付いた私を射るように見つめる。


「私はユーリシアの王、ウィリアムだ」


「……」




「君の望みを、聞きに来た」






ーー 幕間「意思継ぎ」 了








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