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叡智のレガリア  作者: 日三十 皐月
第1章 「ユーリシア国」
4/20

二話






ーーージャックとロマが合流した後、話し合いは船長室にて行われた。



「ユーリシアは、かつての〈帝王の護衛〉……メディニアの後継がどんな野郎で、どんなやり方をするつもりなのかは知らねぇが、それでなくても同じ中央地にいるユーリシアを無視するなんてことは考えれらない。レイリアが即位すれば、間違いなく招集がかかるだろう」



船長室の机に置かれた大きな地図の上、メディニア国とユーリシア国に赤いピンを模した置物を載せる。

それを見つめながら、レイリアは静かにエマリオの声に思考を寄せていく。



「もし奴らが先代のやり方に則って動くつもりなら、今まで通りメディニアの民をこちらに寄越した上で、ユーリシアの王を手許に置きてぇはず。かつての同盟国も同様に」


「エマリオ。帝国は一度崩壊しているんだぞ。各国に人員を割けるほどの人数が生き延びてたとは思えないが」


「さぁな。だが何人生き残っていたにせよ、奴らは〈権威の象徴〉を鳴らしたんだ。相当の自信があるんだろうよ」


「……」


「とにかく、始めにすべきことはさっき話した通りだ。俺は西方勢力の様子を見に向かう。お前たちは俺の使いが到着するまで、安全なところで待機。西方に動きがあった場合は、お前たち三人だけで国民の避難先とは違う王家の旧地下室へ入る。

そして、もしもメディニアがユーリシアに訪れることがあったならーーー無茶な要望でない限り、従うこと」


「……、」


「話し合いで決まったことは以上だが、何か他に意見はあるか」



執事は首を振った後、とても小さな声で言った。



「怪しいことまみれだが、今は時間が惜しい。深くは問うまい。しかし、有事の際はわしとロマだけで坊ちゃんをお守りしろと、それも旧地下室へ行けと。その理由だけは明らかにせねばなるまい」


「……」


「なぜ坊ちゃんを国民から遠ざける。それだけでなく、ホーキン様やアリシア様とさえ…」



エマリオは面倒臭そうに大きく溜息をついて、その質問に答える。



「有事の際、国民の前に王家の人間の姿が一人も見えないなんて事態は避けるべきだろ。二人には、レイリアが自分たちと同じように安全なところで避難している、ということを伝えてもらうだけでいい。国王は特別そうあるべきで、あの二人にはその役目を担う義務がある」


「答えになっておらんぞ」


「はー…分かった。俺の言ってることに不満があるなら、事が起こった時どうするかはその時お前たちが決めろ。これはあくまで、万が一の話なんだからな。だが、絶対にレイリアを一人にするな。ジジイかロマ、片方はレイリアと一緒に行動しろよ。

ーージジイの指摘以外に何もなければ、話し合いはこれで終わりだ。ゾンガーは今から西方に向けて出発する。そして、お前たちは鷹の到着を待つ。いいな」



遮るようにそう言ったエマリオは、三人の顔を見据えた。

口を閉ざした執事と目を伏せたロマに代わって、レイリアが頷く。



「異論はない。協力に感謝する…エマリオ」


「……俺はお前の為なら、船を五隻と飛行船、それからドラゴン一匹とケルベロスも一頭くれ、と言われても、叶えるだろうよ」



レイリアの肩を叩き、豪快に笑ったエマリオ。

しかしレイリアは、至極真面目な顔をして聞いた。



「くれるのか?」


「……まぁ、いつかな」



そんなやり取りに、ロマは盛大にため息を溢す。



「レイリア。ただの例え話だろ…」


「ああ、そうか…。すまない、ドラゴンが魅力的で…つい」


「あのな。ドラゴンはホーンパッカーの民にしか従わないし、ケルベロスに至ってはただの伝承だ。どこかにいたとしても、エマリオが引っ張って来れるわけがない」


「バカにするなよロマ、俺に不可能なことなんてねぇさ。レイリアの為なら何だってしてやるぞ?ただし、納期は指定するなよ」


「はいはい…分かっただろレイリア。エマリオの言うことなんて、話半分に聞いとけよ」








「ところで、何でジジイまでついてきてんだ?船に呼んだのはロマだけだぞ」



港へ戻るために廊下を進んでいると、エマリオがふと思い出したように言った。

それを聞いた執事のこめかみに、青筋が立つ。



「誰がそんな指示に従うものか。今後の方針を決める話し合いに参加せぬわけにはいかぬわ」



ぴりぴりとした空気が廊下に漂い始め、レイリアはため息をつきそうになる。

しかし実際にため息をついたのは彼ではなく、エマリオだった。



「お偉い執事様ですねぇ。老いぼれジジイなんかよりレイリアの方がずっと頭も良くて判断力も良いんだ。お前は口出しせずに身の回りの世話だけ甲斐甲斐しくやってればいいんだよバカ」


「言うに事欠いて貴様…!バカじゃと!?五歳児のようなその発想や発言、まるで聞くに堪えぬ!お山の大将気取りの小僧が!この、こまごまと働いてくれる船員たちに、もっと感謝せぬか!」


「言われなくてもしてますぅ」


「お前は船員たちの先頭に立っているということを心の底から自覚しろ!!もっと考えて行動せぬか!!こんな風に周りを振り回しておることを申し訳なく思え!!」


「ちゃんと考えて行動してますぅ」


「しておったらこんな面倒な事態にはなっておらぬと言っておるのだ!自国だけでなくユーリシアまでこのように掻き乱しおって!!いつまでも信用ならん男だ!腹立たしい!」



早足で言い争う2人の背中が、どんどん離れていく。

競うように廊下の端まで歩いて行ってしまったので、レイリアとロマは立ち止まって顔を見合わせた。



「…はぁ…いつまでもあんな調子では困る。おれが即位した時、面倒なことにならないといいが」


「まぁそう言うな、レイリア。ジャックはあの悲劇の日からずっと、エマリオを試してるんだろうさ」


「……」


「信じてない、疑ってる、と全面に押し出しちゃいるが…心の底では信じたいし、心の底から感謝もしたいはず。ただお前を思うとそうも行かないんだな」


「無意味だ。疑うにはあまりにも、エマリオの功績は大きすぎる」


「ああ、分かってるよ。だが疑わしきを、疑わしいと信じ続ける役目を。国の為に誰かがしなきゃいけない。ジャックはその役目を自ら担ってる。

少なくとも俺にはそう見えるし、そう思いたいけどな」



ロマの言葉に、レイリアは俯いて言葉を連ねた。



「…もし、エマリオが。帝国あるいは西方と繋がっていたと。そう考えてしまったら…エマリオがユーリシアに対して行った全てのことに、帝国の意思、あるいは西方の意思が織り混ざった、エマリオとは関係のない理由がついて回ってしまう」


「……」


「それはエマリオがどれだけ否定しても消えない。疑う、疑われるというのはそういうことだろう。ジャックがその役目を必要だと信じ、担い続けるつもりなら…おれは、エマリオを信じ続けたい」


「お前はそれでいいさ、レイリア。エマリオの功績を、ウィリアム王…そしてお前への忠誠を、無かったことにしちゃいけない」



そっと顔を上げたレイリアの頭を、ロマは優しく撫でた。



「だがな、俺には信じたい気持ちと同じくらい、疑う気持ちもある。俺は中立だ。思惑が見えない以上、奴が全て間違ってるとは思えないと同時に、全て正しいとも思えない」


「……」


「お前が賢くて、きちんと自分の意見を持てる人間だってことは十分理解してる。ただ、エマリオの商人として培ってきた交渉の術が人並み外れてるってことも、頭に入れておく必要がある。

この国は、エマリオでも帝国のものでもなく……お前の国なんだ。誰かの思惑で動くようなことがあっては駄目だろ」



真剣な眼差しは揺らぐことなく、レイリアを見つめている。



「ーーーユーリシアは光の国…道に迷った者が求めて行き着く場所。だからその光を、絶やすなんてことがあってはいけない…」


「…ロマ?」



その言葉はどこか他人事のようで、レイリアは思わず名前を呼んだ。

しかしロマは小さく首を振るだけで、それ以上口を開くことはなかった。




「おい!何突っ立ってんだ!行くぞ!」


二人がいないことに気が付いて戻ってきたエマリオが、廊下の端で怒鳴る。

レイリアは歩みを進め、ロマもその後ろを静かについて歩いた。



「…ロマ。おれはこの国を、自分の国だなんて思ってない」



呟くように話すレイリアの背中を、ロマはじっと見つめた。



「此処は皆の国だ。ユーリシアという国を愛す、皆の国だ。だからおれは、この国にユーリシアの末裔として生まれた、その責務を果たしたい。この国を、守る為に生きたい。ただ…それだけなんだ」


「……、」



レイリアが口を閉ざし、二人は無言のままエマリオの前に立った。

その瞬間、エマリオの表情が僅かに歪む。



「…ロマ、お前…なんて顔してやがる…」



驚きと、不惑の混ざったような声。何事かと振り向くが、ロマはいつも通りだった。



「何だよ、エマリオ。待たせて悪かったな、さ、行こうぜ」



そしてそう言って、先に歩いて行ってしまった。



「レイリア、あいつと何の話をしてた?」


「…国や自分の在り方について、少し。おかしな話をしたつもりはなかったんだが…何か、気に障るようなことを言ったのかもしれない。ロマは怒っていたか?」


「……怒っちゃいなかったが…あれは…」



レイリアの質問に言い淀むエマリオ。

そのまま続けることなく、何か考え込んで背を向けてしまった。



「エマリオ?」


「……いや、何でもねぇ。気にすんな」



一体何なんだ、とは思ったが、しつこく聞いたところでエマリオが正直に答えることはないだろう。

そう諦め、気にはなったものの、レイリアが再度聞くことはなかった。







*   *   *   *   *







港へと戻ると、早速事は話し合いの通りに進んでいった。

待機していた船員たちが船へと上がり、出航の準備に取り掛かる。


その様子を見つめていたエマリオが、三人に向き直って口を開いた。



「最後になるが……話しておきたいことがある。あくまで殆どが俺の憶測だが、もし本当に当たっていたとしたら…帝国復活という歴史はこの先、厄介な道を歩むことになるぞ」


「何だよ、大袈裟な…」



苦い顔をして言ったロマ。エマリオはそれ以上に苦い顔をして続ける。



「ーー西方の反乱に巻き込まれたユーリシアは、幸い10年ほどで国としての機能を殆ど取り戻した。だが争いの舞台になったメディニアについてはあの時、国全体が原型を留められないほど崩落した。

崩落後は魔物の根城になり、死体が転がっていることを遠目に確認することしか出来ず、生き残りがいるのかどうかすら分からない状況だった」


「ああ…国の面影など、跡形もない状況じゃったな」


「そうだろう。にも関わらず、奴らはそこから10年で〈権威の象徴〉を鳴らした。ユーリシアでさえまだ再建を終えていないのに、だ。それも西方にバレることなく再建をしていたなんて、とても考えられねぇ。

日々海を行く俺たちですら、その姿を確認することは出来なかった。そもそも10日ほど前に西方の海域を通った時までは、確実に崩落したままの状態だったんだからな」


「……」


「お前たちも、国の姿が見えるのは此処から僅かに霞む程度とはいえ…そんな気配すら感じなかっただろ?俺たちもそうだ」


「って、ことは…メディニアはたった10日足らずで国を再建した…って、言いたいのかよ?」



信じられねぇ、と戸惑いながら聞いたロマ。

レイリアも同じように頷いてみせたが、エマリオは否定することなく続けた。



「此処へ来る途中、望遠鏡でメディニアの城を見てみたが…あの城壁の性質には見覚えがあった。随分昔に滅んだと思ってた、ある種族が使っていた力だ。

残念ながら、メディニアがその末裔を取り込んでいたとしたら…国の大まかな部分は一日あれば再建可能だ」


「一日?そんなバカな…」


「そいつらは西方を根城にしてた。臆病な種族で、大きな力を持っていながら常に隣国の脅威に晒されていたような奴らでな。逆えず、自活出来ず、奪われて、遂に滅びていった……と思っていたんだが。まぁそいつらが生きていたって事実は、今はいい。

問題はあのメディニアがーーー西方の種族を、一度でも取り込んだということだ」



執事とロマが、困惑した様子で眉を寄せる。



「かつての帝王は、こぞって西方を嫌ってきた。西方に棲むというだけで命ある者として扱わず、それが結果として10年前の悲劇を招くことになった。そんな西方の種族に帝国を壊され…プライドの高いメディニアとしては今後何としてでも潰したいはず。

だが、新たな帝王は、何故か国の再建を事もあろうに西方の種族にさせた」


「………。西方への当て付け、ということも考えられる」


「ジジイ、分かってるだろ。かつてのメディニアなら有り得ない判断だ。西方の種族“如き”が築いた城で過ごし続けるなんて、と、プライドが許さなかったはず。

とにかく新たな帝王は今回、わざわざ西方の種族を動かしたんだ。この事実は、メディニアの歴史上大きな意味を持つだろう」



出航の準備が終わった合図が、船から送られる。

エマリオはそれを確認して、さらに続けた。



「何かこれまでと違うと感じることは、もう一つある。その種族が今も生かされているかどうかは分からねぇが、何にせよ、メディニアは臆病な奴らを根城から引き摺り出して中央地まで引っ張ってきた。その上力を使うよう上手く誘導したなんて、俺から言わせてもらえば異常事態だ。

あの種族は例え殺すと脅されても、苦痛を強いられるくらいなら逃げ道にしを選ぶような…どいつもこいつも軟弱な奴らでな」


「……」


「つまり、俺の仮説が確かなら…メディニアは西方と関わりを持っただけでなく、力の行使をやめたということ」



合図の音でお別れを悟った鷹が、止まり木からレイリアを見つめて首を伸ばす。

レイリアはその嘴を優しく撫でた後、翼を傷つけてしまわないよう、包み込むようにしてやんわりと抱きしめた。

それを見つめるエマリオの瞳は、とても優しい。



「…ユーリシアはこれまで、〈帝王の護衛〉としてメディニアを上手く動かしてきた。メディニアの衝動的な決定事項以外は、唯一強い意見を飛ばして軌道修正をしてきた。そのおかげで俺たちも比較的自由に商いが出来てたわけだが…もしかしたら、今回はそう上手くいかないかもしれねぇ。考えもなくただ衝動的に、溺れた権力を駆使して帝国というものを成り立たせてきた、今までのメディニアとは違う。

何らかの目的を感じる。それが何かは分からねぇが、ただとてつもなく厄介な事態になるだろうということは、此処ではっきりと言える」



エマリオはそこまで話した後、ゆっくりと三人に背を向けた。



「恐らく、一筋縄ではいかないだろう。くれぐれも慎重に動くぞ…お互いにな」



そう言い残して、船に向かって歩き始めたエマリオ。

鷹も体を離したレイリアを名残惜しそうに見つめた後、翼を大きく動かして船首へと飛び立って行った。


甲板に上がったエマリオの指示で、船の錨が上がっていく。

波を立てて動き始めた船。



「レイリア、無事を祈る!」



甲板から大声で言ったエマリオに、レイリアも大声で答えた。



「お互いにな!」


「おお!お前、でっけぇ声が出せたんだな!」



どういう意味だ、と言いたかったが、堪えて船を見送る。


エマリオの船は、いつだってエマリオの指示で、まるで地に着く足のように動く。

世界を歩き回る彼の為に、一心同体で動く。



「……あの船は、エマリオの国のようだな」


「そんな立派なものではないでしょう。大将があれでは、村にすらなれません。せいぜい子供のままごとですぞ」



執事の言葉に反論するように、船から大きな音が鳴った。

それを合図に船は加速し、程なくして海の向こうへと消えて行った。


嵐のようでしたな、と呆れた様子で言った執事に苦笑いを溢し、レイリアは一先ず肩の力を抜く。



「とりあえず、西方はエマリオに任せた。こちらは、これからの事態に備えよう」



執事は頷いて、ロマを振り返った。

ロマも目で応え、数人の兵士に指示を飛ばす。



「城門前にもう二人ついてくれ。メディニアに動きがあれば逐一報告、緊急時には合図を送れ。五人は港を閉じた後、再度避難の確認を。残りは俺と一緒にレイリアの護衛だ」


敬礼をした兵士たちが、各々その通りに動き始める。

その様子を視界に入れながら、レイリアも口を開いた。



「…では、これより櫓へ向かう。護衛を頼む」



そうして櫓に向かおうとしたーーーその時だった。












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