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叡智のレガリア  作者: 日三十 皐月
第2章 「メディニア国]

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十二話








 ーーユーリシア国




「な、何よこれ…!」


「下手に触るなよ、魔法書は繊細なんだ」



城壁から港へと移動したアリシア達は、導かれるままにエマリオの船の中へと足を踏み入れていた。

船員達からの挨拶を受けながらエマリオが先導したのは、船長室の隣。

重たい鉄の扉が開かれると、天井まで届く本棚の数々がアリシアを出迎えた。


隙間なく埋め尽くされた幾つもの本や巻物は、そのどれもが“魔法書”だという。



「これが魔法書…」


「各地から年代問わず集めてるもんだからな。本は勿論、巻物もあるしただの羊皮紙もある。こっちとしては魔法陣の全貌さえ分かればそれで良いから、ただただ片っ端から集めて回った。もちろん全部封じられてるから、魔法は作動しないようになってる」


「これだけの数を…驚いたわ。ほとんどの種族がもうまともに魔力を貯められず、一世代もふた世代も前に魔法を使えなくなっているっていうのに」


「だからだろ。大半はそういう国から譲り受けたもんだ。ま、全部が全部俺が集めたわけじゃねぇがな」


「…お父様がご自身の…特異な能力の為に収集なさっていたと?」


「そういうこった。仲間と一緒にな」



一冊の本を抜き取って差し出され、丁重に受け取る。



「?年代ものだけれど、丁寧な装丁ね…大きな国から貰ったもの?」


「あぁ。ロティアーナ国は知ってるか」


「!まさか、西方の亡国ロティアーナ?悲劇よりずっと前に、王族を含む国民全員が忽然と姿を消したっていう…」


「そうだ。訳あって、この魔法書は滅ぶ前にユーリシア国の手に渡ったらしい」


「……ユーリシアが西方の亡国とも繋がりがあったなんて、驚いたわ」


「俺は詳しくは知らねぇ。が、これがここにある書物の中で一番重要なもんだってことだけは頭に入れておいてほしい」


「は…?ちょ、ちょっと、そんな大事なものを簡単に差し出さないでよ」



興味本位で軽くページを捲っていた手を止め、慌てて閉じる。

すると、エマリオはすっと声音を低くし、声を顰めるようにして話し始めた。



「いいか。歴史の藻屑にされちまって知ってるやつはほとんどいねぇが、亡国ロティアーナは“雷”の妖精に愛された種族だった」


「…雷の…?どの書物でも雷の妖精の話は聞いたことがないけれど…」


「火、水、風、大地、氷…それら多くの妖精に愛された種族がいるってのに、雷がないのは変だと思わねぇか」


「それは……確か、雷は天から降って落ちてくるもの、地上の者に扱うことなどできないものだっていう定説ではなかったかしら」


「例えば俺が今から覇権を取ったとして、過去魔法なんて存在しなかった、ケルベロスも世界樹も錬金術も存在しなかったと。全ての文献を破棄して、魔法の魔の字も語り継がなかったとしたら」


「………魔法陣も無しに魔法が使える子は異端に映るでしょうね」


「世界樹は枯れかけ、魔法を使える奴は年々減っていってる。次に覇権を取った奴が“魔法なんて存在しない、まやかしだ”と言えば未来はそういう世界になっていくんだ」


「世界樹って、御伽噺のようなことを…まぁいいわ。じゃぁ雷の魔法が使える種族がいたというのが、過去覇権を勝ち取った…メディニアにとっては、不都合な事実だったということ?」


「雷が鳴る時、それは天に住まうものが地上に落ちてくる時だと言われてる。それを魔法で落とせるということがどういうことか分かるか?」


「……」


「ロティアーナ族は、高度な召喚魔法が使えたんだ。信心深い他の種族は、彼らを神の申し子と呼んで崇めた。国を隔ててもその信仰心は絶大なものだったらしい」



改めて本の表紙に視線を落とす。

西方地の言葉を解読することはできなかったが、恐らく特別なインクで印字されているのであろうことはアリシアにも分かった。

装丁に使われている素材も自国だけで揃えたものではないはず。



「…私の見当違いでなければ、このインク…東方地の技術じゃない?特殊なペンと一緒に印字するものじゃないかと思うのだけれど」


「よく知ってるな」


「今は別の方法で印字する技術が各国に伝わっているけれど、確かこの印字方法がその技術の原型だったって、城にあった古書で読んだことがあるわ。

ということは、ロティアーナは西方遥か遠く東方地の国とも親交があったということよね。貴重な技術を惜しげもなくロティアーナに譲渡したということは…」


「ま、本一冊にこだわりを持てるくらいには潤ってて他国との親交も深かったってこったな」



ありふれたインクを使用して記された一枚の羊皮紙と、ロティアーナ国の魔法書を比べてエマリオは頷く。



「帝国は確かに無法地帯だった世界を統治した。東西南北に関所を配置。聖暦を定め、自分達の棲まう中央地の言語を共通言語として世界に広め、商国と提携して市場を管理、頻繁に他国との会議を開いて各地の問題に対応…挙げればキリがないが」


「……、」


「確かにある世代までの帝国のやり方は、それ以上ないほど合理的だったように思う。だが、ロティアーナは帝国のやり方に則れなかった」


「他国からの信仰心ね」


「そうだ。従うにはロティアーナへの信仰があまりにも強かった。帝国が一強となるにはやり方が違いすぎたんだ」


「じゃぁ、亡国となる前は帝国とロティアーナ国が競り合っていたということ?」


「帝国が帝国たる所以はその絶大な詠唱力と帝王の器にあり、ロティアーナ国が多くの国から信仰を集める所以は、高度な召喚魔法とその王の器にあった」


「……」


「全ての国がどちらかに傾くはずがないなんてことは両国百も承知。二極しているなら上手く取り合えば世界の均衡は保たれる。競り合っていたわけではなく、上手くバランスを保ちながら付き合っていた。

ーーまぁ、それも王の器あってのことだったわけだが」


「どちらかが、二極のバランスを崩してしまったのね」


「あぁ。戦いを制す者は未来を制す、とよく言われるが、覇権を取りたかったかつての帝王はーーー未来を制すことで戦いを制した」


「どういうこと?」


「“イナンタの予言書”。あれはこれから来る未来を描いたものではなく、“メディニアが覇権を取り続ける未来を描いた予言書”だ」



そう話したエマリオが次にアリシアへ差し出したのは、一冊の分厚い本。

受け取ったアリシアがよろけてしまうほどの重さを誇るそれはしかし、どのページも白紙だった。



「!この表紙…!まさかイナンタの予言書…!?白紙で見つかった後、そのまま行方知れずになったと歴史書に残されていたはずなのに…どうしてあなたが…!」


「大したことじゃねぇ。それ自体にとんでもねぇ魔力が込められてるんで、誰にも見つからないように俺が保管してるってだけの話だ」

 

「何故あなたが持っているのかと聞きたいことぐらい分かるでしょう。はぐらかさないで」


「俺は譲り受けて引き続き隠し持ってるよう命令されただけ。これを手に入れた奴はもう、先に未来に行っちまった。どうやって手に入れたのかは知らねぇ」


「…お父様も関わっているの?」


「お前の親父も関わってたが、手に入れたのはお前の親父よりずっと破天荒で野蛮な人間だ」


「………。歴史に残されていることばかり頭に入れてきたけれど、それが全てではないのね。よくよく考えれば当然だけれど」



座り直して、重たい予言書をエマリオに返す。

それからアリシアは本棚を振り返り、適当な一冊を取り出してページを捲る。



「ーーこれ以上は頭が一杯だわ。とりあえず、まずは此処に連れてきた最初の要件から片付けさせて。魔法陣の話が入らなくなってしまう」


「まぁ、それもそうだな。賢明だ」



すると、エマリオが今度は小振りの手帳をアリシアに差し出した。

訝しみながら開いていた本を閉じ、受け取る。


ぱらぱらと捲ったそれは、魔法陣の描かれた簡易的な手記だった。



「何これ…魔法書に描かれた魔法陣を書き写したの?なんて危険なことを」


「特殊なペンで書いたからな、安全だぞ。封じられただけの魔法書と違って、魔法は完全に作動しないようになってる」


「そうなの?本当に…不思議なものばかり持っているのね。どこで集めてくるのよ一体」


「知り合いが多いもんでねぇ」


「…それで?これを覚えていけばいいの?手記自体は薄いように見えるけど、記載されてる魔法陣の数は膨大ね」


「まぁ、お前の頭ならすぐに覚えられるだろ」


「買い被りすぎよ。魔法陣って本当に複雑な模様をいくつも使ってるんですもの。どれだけ頭に入れようとしても、パッと見たくらいじゃどの魔法の陣なのか多分すぐには分からないわ」


「お前の親父は把握してたぞ。頑張れ」


「そんな簡単に…」



言いながら、一つずつ特徴を捉えつつ魔法の名前と関連させていこうとする。

しかし、やはり一長一短でこなせることではなさそうだった。



「時間がいるわ。ただでさえ今は情勢も急激にかわってるから、これに思考の全てを割くのは無理よ」


「大事な時にある程度頭にさえ入っててくれりゃそれでいい」


「この手記はいつ返せばいいの?」


「お前にやる。ただし無くすなよ、イナンタの予言書と同じくらい重要な情報なんだからな」


「はぁ……だからそんなに大事なものをほいほいと…」



言い終わる前に、もう一度ため息をつく。

アリシアは首を振って続けた。



「まぁいいわ。お父様と同じ能力が私にもあるってことが分かったんですもの。魔法陣を覚えることが必須事項というなら、それに従いましょう」


「いいね、物分かりが早くて助かるぜ」


「ただし、協力するからにはあなたが何を知っていて何をしようとしているのか、私にもきちんと共有してもらうわ。でないと能力は使えない」


「お前に理解できるならいくらでも話してやるんだけどなぁ」


「またそんなことを言って」


「どこから話すか考えとくよ。そう目くじらを立てるな」



飄々として片手を上げたエマリオに、鋭い視線を送る。


それから、エマリオは会話の流れを変えるようにして、船長室の奥にあった宝箱を開けた。



「そういや、船に上がる前にシャリティナの織物を見せて欲しいって言ってたよな。見せてやるよ」


「!いいの?」


「あぁ。こっち来い」



言われるままに小走りで宝箱へ近づき、ご機嫌でその中を覗く。

すると、兵士が護衛で近づいて来る前に勢い良くぐいと腕を引っ張られ、アリシアの体がよろめいた。



「ちょっ…!何するのよ!」


「ーーいいか、その魔法陣を書いた手記は手放すなよ。お前以外には白紙に見える魔法をかけた。もし誰かに何か言われたら、どうやら騙されたみたいだと適当にはぐらかせ」


「…は…?」


「いいか、ユーリシアが再び揺さぶられてる今、お前が俺を信用する以外にお前たち兄妹を救う術がない。上手くやり過ごせよ」


「……、」



兵士が慌てて駆け寄ろうとしたその時、勢いよく船に駆け上がってくる足音が聞こえた。

あまりの勢いに体ごと振り返ると、同時に船長室の扉が壊れそうなほど強く開かれる。


そこには、息を切らしたロマがいた。



「ーーーエマリオ!!!」


「よう、兵長さん。随分遅いご登場じゃねぇか?おたくのお姫さんはお前らに代わって俺がきちんと護衛してたぜ。感謝しろよ」


「…この…!」


「おいおい、こんな危機的な状況でお姫さん置いてどっか行ったのはお前らの方だろ?叱られる筋合いはねぇなぁ。雑兵に姫さん任せて兵長としてユーリシアを守ります!だなんて、笑わせるぜロマ」


「………」


「そんな顔するなよ、事実だろ?」



顔を合わせるなり、びりびりとした威圧感でお互いを牽制する二人。

アリシアは小さく息を呑み、恐ろしい顔をしたロマに向かって言った。



「ロマ…来てくれてありがとう。私は無事よ」


「……遅れて悪かった。無事で良かった…」


「連れ去ったのが俺で良かったなぁ。そうじゃなかったらアリシアは今頃どうなってたんだろうな?」


「ちょっと…!エマリオ、それ以上ロマを挑発するのはやめて」


「なぁ、頭がいっぱいか?ロマ。ジジイもそうだが、これ以上は見てられねぇ。行きたきゃ行けよ」


「………」


「……何の話をしているの?」


「二人にはいずれ話すことになる。それが遅いか早いかってただそれだけだ。俺は別に今話してもいい。もういっそ話して代わりを立てた方がよっぽど安全かもしれねぇとすら思ってる」


「……馬鹿なことを……俺たちは敬意を払ってる。他の誰にも譲らない」


「だとしたら何て体たらくだよ?」


「あまりにも状況が変わるのが急すぎた。次はしくじらない。それに……偉そうに話してるが、お前のこれまでの行動だって振り返れば信用に値しないものばかりだっただろ」


「一緒にするなよ、ガキ」



ーー分からない話を続ける二人を、アリシアは口を噤んで見守る。


その時、ずっとアリシアの服の袖に隠れていたルウがひょっこりと顔を出し、堂々とアリシアの肩へと移動した。



「エマリオ、お前のこれまでの行動の目的がどこに帰属してるものなのか、今は確認する手立てがない。レイリアが帝国に渡り危険に晒されている以上………………」


「ルウ…ダメじゃない、出てきたら」



それを視界に捉えたロマの動きが、完全に停止する。

目を見開いて固まる姿を、ルウはまるで挑発するように見つめていた。



「ーーー状況は理解したか?ロマ。お前もジジイも信用は昔の俺と同じだ」


「…………」


「ロマ、ルウを知ってるの…?」



ロマは深く考込んでいる様子で、アリシアの質問に答えることはなかった。



「お前らの思いが未来に沿っていても、ユーリシアへの不義理で在るべき未来への道筋を閉ざそうとするなら、星々の導きはお前たちへ然るべき地図を与えるだろうよ」


「……」


「その先は望むもんがある。が、レイリアの近くではないところだろうな。誰も止めやしないし責めもしない。ロマ、気持ち半ばなら離れるべきだ。誰の為にもならねぇ」


「…今はできない」


「俺の予想じゃ恐らく此処が分岐点だぞ。どの未来にもお前の存在が薄い。それはお前に意思がないからだ。今この時の選択肢を無視して複数の未来を無意識的に進もうとしてる」


「……」


「俺たちは未来が守られるならお前たちがどの道を進もうと構わん。志半ばだけにはするなよ」



分からない話をする二人を、アリシアはただ呆然と見つめることしかできない。

手持ち無沙汰にルウの頭を撫でると、ルウは小さく鳴いて彼女の手に小さな手を重ねる。



「…ルウ、二人は一体何を話しているの…?本当に、鐘が鳴ってから分からないことだらけだわ…」


「…きゅぅ…」


「…いや、鐘が鳴ってからじゃない…私が、気付くのが遅すぎただけね」



小声で呟くように言ったアリシア。

ルウはその切なげな表情を見上げると、ただ静かに、慈しむようにその体へと寄り添った。


言葉などなくても伝わるようにと。


ただ、静かに、静かに。










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