プロローグ
「また、鐘の音が鳴ってる」
呟いた少女は、壁に寄り掛かって目を伏せた。
喧しく鳴り響く鐘の音が、国中を震わせている。自身を抱きしめるようにして小さくなると、少女は再度口を開いた。
「孤独の身勝手さに囚われた哀れな女神のせいで、一人の気高い命が失われたわ」
まるで独り言のようなそれは、傍にいた青年の耳へとこぼれ落ちることなく拾い上げられる。
「例えあの人が望んだ未来があるとしても、私は許せない。あの人がいない今に、希望なんてない」
窓の外で、人々が慌ただしく動き回る。
青年はそれを遠くに見つめながら、少女の頭をそっと撫でた。
「…僕らには、使命がある」
「……」
「だからこの先、どんなことが起きても。僕らは生きていくんだよ、ルウ」
ルウと呼ばれた少女は、頭を弱々しく振ることで青年の手を拒絶した。
「…予言書は空白のまま。私たちはこれから先ずっと、見えない足場を探るようにして進んでいくの?そんなの、耐えられない」
「…ルウ」
「アル。10年前の悲劇は、再建が成されたとしても強く尾を引き続けるわ。そして、恐らく次に起こる悲劇はそれを超える。きっと、世界の半分が消える」
アルと呼ばれた青年は拒絶されても尚、ルウに寄り添った。慈しむように肩を抱き、彼女の声に耳を澄ませる。
「そんな世界で全うする使命なんてない。そんな世界で、生きていたくない」
「……」
「私を解放して、アル…」
震える声で呟かれた願いは、鳴り響く鐘の音よりずっと強く耳に届いた。アルは苦しそうに眉を寄せた後、そっと口を開く。
「ルウ、君は勘違いしてるよ」
鐘の音と共に混乱が蔓延する国中へ、不似合いなほど明るい日が差している。取り残された平穏は、二人のいる部屋の窓へも例外なく光を溢していた。
「君の代わりなんて、いないんだ。この世界のどこにも」
「…アル」
「君がどれだけ世界に絶望していても、僕はルウがいるだけで世界に希望を感じる。僕らの間には、絶望と希望が同時に存在しているんだよ」
「…、」
「大丈夫、ルウ。きっと、君の生きたい未来は在る」
鐘の音が止まり、一瞬の静寂が平穏と顔を突き合わせる。
その時、荒々しく扉が叩かれた。
「ルウ、アル。お前たちも早く地下室へ」
「…さあ行こう。僕らにはまだ、守るものがあるだろう」
アルが差し出した手を、ルウは迷いの残る眼差しで見つめる。その迷いを払うように、アルは続けた。
「あの人が守りたかったものを、一緒に守ろう」
「……」
「それが、僕らの本当の願いだよ」
立ち上がった二人の、足並みは揃う。
「共に生きると、誓っただろう」
多くの祈りを携えて。