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叡智のレガリア  作者: 日三十 皐月
第2章 「メディニア国]
19/20

幕間 「砂時計の先」









「こんな子供が、あなたの後継者に?」



ーー雪の降る北方地。


その中程、頑丈な扉が幾つも顔を出す地域は、地下シェルターで暮らすダタン族の根城だ。

国を持たない彼らはしかし希少な“錬金術”に長け、東西南北多くの国の者がその能力を求めてこの地を訪れる。


ダタン族長の地下シェルターを訪れた眼鏡の男もまた、そのうちの一人だった。



「まだ4つだが、教えたことは全て完璧にこなす。後数年もしない内にわしより上手くやるだろう」


「まさか…とても信じられません」



「眼鏡!まじめ眼鏡だこいつ!!」



「口の悪さもわし譲りわし以上だ」


「それは尚の事困りましたね…」



ダタン族長の言葉に、眼鏡の男は眉根を寄せてため息をつく。

視線の先には、幼い少女が一人。


元気いっぱいに錬金術で用いる道具を振り回す少女は、母親に叱られて口を尖らせていた。



「…まさかとは思いますが、この先の依頼をあの子に任せるわけではありませんよね」


「察しがいいな、その通りだ。わしがだめになっちまった時を思ったら遅かれ早かれあの子が全てやることになるんだから、今から仲良くしてやってくれ」


「冗談じゃない。4歳の少女と契約は結びませんよ」


「今回お前さんに頼まれたもんの内、三つはあの子がやってるぞ」


「…………、」


「どっか不具合でもあったか?」


「出来不出来は問題ではありません、子供にやらせていたなんて信頼に関わりますよ」


「わしら職人は出来不出来が全てだがなぁ。お前さんは4歳の子供が作った完璧な作品より、30の大人が作ったそれに劣る作品の方が欲しいってのか」



そう言って笑った長を、眼鏡の男はじっと睨みつける。



「大人の作った間違いのない完成品を求めているという依頼が、そんなに難しいことですか」


「その辺の奴らに作らせるより、この子に作らせた方が精度が高くよっぽど出来が良い。だから作らせた。それだけのことがそんなに引っかかることなのか?」


「……」


「何が困る?ブブール。出来は良い、精度も良い、言うことは何もない。ただ子供が作ったもんだ、お前さんの引っかかるところはただそれだけ」



ブブールと呼ばれた眼鏡の男は黙り込んで、もう一度少女の方へ視線を向ける。

長もまた同じ方を向き、ブブールへ語りかけるように続けた。



「口は悪いが俺にはできすぎた孫だ。たった4つで錬金術の何たるかを本能的に理解してる。あの子は恐らく、俺たちが魔法陣に触れないと見えないものが今この瞬間にも見えてんだ」


「……」


「あの子にしかできないことがきっとある。だが正しき道を行けるかどうかは……あの子だけの責任じゃない。

お前さんは賢く、そして優しい人間だ。わしが動けなくなっちまった時には、お前さんにあの子のことを任せたい」


「何を勝手なことを…」


「間違った道へ行こうとしたなら、手を引いてやってくれ。口は悪いし態度も悪いが、聞き分けは良い子だ」



話していられません、と立ちあがろうとしたブブールを、長は前に立ち塞がることで引き止める。



「ノレイア ティエマ アティカ」



「……何と仰ったのです」


「西方の巫女が送ってくださった言葉だ。巫女は我々錬金術師の未来を臨んで仰った、ーー紋章を知る者、世界樹を愛せと」


「長。わずか4歳の子供に後を継がせると言ったり、それを任せると言ったり巫女の言葉がどうだ何だと……先ほどから全く要領を得ないお話ばかりですが、御自覚はありますか」


「ブブール。ブブール、聞け。わしはもう長くないのだ」


「……」


「老い先短い命だが、後世に継ぎたい想いは山程ある。この肉体が滅びてしまう前に、あの子がでこぼこでも真っ直ぐ道を進んで行けるように、選んでいけるように導いてやらねばならん」


「……僕に何の関係があるのです」


「多くを考えられる頭は、知恵なしには培われん。何故にしてその道を選ぶのか、他を選ばなかったのか、真っ直ぐ進んだ先には何があって、何を持たねばならんのか。ただ道を歩けばいいというわけではないだろう」


「……」


「その全てで誰かが助けてくれるとは限らん。自分で生きるということは、足るを知り富むとは何かをその頭で考え学び続けることだ」



駆け回っていた少女が、椅子へ腰掛けていたブブールの膝へ勢いよく飛び込んだ。

寸でのところで気配を察し手にしていた杖を引いたブブールは、長の話を気にしつつ少女へ呆れ顔で諭す。



「…僕が手に何を持っていたのか、よく見てから行動すべきです。杖がその顔に当たって怪我をしていたかもしれませんよ。考えなしにどこへでも飛び込むものではありません」


「がみがみ眼鏡!母ちゃんかよ!怪我してないからいいんだもーん」


「それは僕が杖を引いたからで…結果論はこの場合大した意味を為しません。飛び込む前に状況を確認すべきだと助言したいだけです」


「怪我したら怪我した時だもん。痛いのはあたしだからいいんだもーん」


「そういう問題では…」


「やる前に考えるなんてムズかしいから無理!できない!」


「はぁ…困ったお嬢さんですね。これのどこが聞き分けがいいのです?」



二人のやり取りを微笑ましく見つめていた長は、ブブールの言葉にうんうんと頷きながら口を開く。



「お前さんが今この子に与えたものは紛れもなく知恵だ。無駄な怪我をしない為の大事な知恵。生かせるかどうかはこの子次第だが、確かに小さな頭に入った大切な記憶だ」


「……それで結局、何が仰りたいのですか」


「わしだけでは全ては教えてやれん……だがこの子はきっと、世界樹の紋章を見ることになる。その時までに、そこへ導いてやれるように教え諭さねばならんのだ。その為にはお前さんの知恵が要る」


「無理です。そんな事情は毛ほども僕に関係ない。我々はあくまで錬金術を通した契約関係。ただの、他国同士です。残念ながらそこへ手を貸す義理はありません」


「ーー関係ないなんてことはないだろう。この子の代で世界樹の紋章を見つけなければ、錬金術の継承はそこで終わる」


「……要領を得ませんね」


「月を愛し、太陽を愛する。願い祈り感謝する。光は我々に世界を与える。存在するということを確信に近づけるのだ。世界樹は常に我々と光の真ん中で愛を与え続け、我々の愛を光の世界へ届けてくれる」


「ーーいい加減にしてください。押し付けの思想は波紋を作るだけですよ」


「錬金術は世界樹無しには成り立たん」


「……」


「我々は神話を蔑ろにするよう仕向けられることで、意思なく自ら世界樹の養分を奪っていった。世界樹が枯れかけておるのだ」


「……長。私はその絵空事を聞かねばなりませんか」


「未来はいくつも存在し、ただ全ての中腹に向かうはずだった。それを一つに定められ進んできた我々は世界樹を枯らす未来を歩まされた。気付いた者たちによって再び複数の未来を行く今が存在するようになったが、全ては中腹に向かう。いいか、より多くの選択肢とより多くの決断と、より多くの望むべき未来が必要なんだ」



ーー聞いたことのある台詞だ


これ以上拒否するような姿勢を取っても無駄だと判断したブブールは、諦めて椅子に深く座り直す。


長は再び二度ほど頷くと、満足げに続けた。



「良いか、ブブール。その賢い頭なら思い至るだろうが、全ては巫女の元へ集う。そして未来を開く鍵は運ばれるぞ、着々とな。

巫女の言葉を抱えたまま志半ばとなる者もいる。あれの損失は計り知れんが…進み行く未来のため、足を止めることは許されん」


「……何を仰っているのかさっぱりですが」


「生きているんだ、我々を世界樹へ導く黒猫は未来でも息をする。紋章を知る者は響き合う、美しい惑星を守るために巫女の声を聞く」



どこからが史実に基づいていてどこまでが絵空事なのか、ブブールに判別することはできなかったが、話される内容の数々がこれまで自分の得てきた知識とはまるで異質なことだけは確かだった。



「…はぁ。あなたほど露骨に話すようなことはしませんでしたが、同じような思想をお持ちの方を知っていますよ。

未来で私の願いを叶えてくれるというので、話半分で協力していますが……どうやら、貴方達は繋がっているようですね」


「思想か…お前たちのような人間にはわしらがそう見えるか」


「ええ。太陽信仰のドルシャ国を始めとして、月信仰、大地信仰、海洋信仰、山岳信仰、植物信仰…龍を神と崇めるホーンパッカーの民など、智慧の国として様々な国の信仰を把握してきましたが、貴方達のような複合信仰はかなり稀ですよ」


「複合信仰なんて呼び方をされてるのか、わしらは。はっはっは、賢い人たちは何でも名前をつけて分類しおる」


「そうでしょう。太陽、月、宇宙、惑星の全て、世界樹、そしてついには巫女まで…」


「わしらは未来へ行きたいだけだ。ただ、砂時計の先を知りたいだけなんだよ、ブブール」


「ああ、“未来”も信仰の一つとして付け加えておきましょうか。それぐらいあなた方の話す内容にはこの言葉が出てきますから」


「おお、そうしてくれ。大事なことだからな」


「…全く、開き直って呆れた人たちですよ。帝国は帝国信仰以外を寛容しないというのに。今のところ把握している限り、帝国との同盟を結んでいる種族が四つも新しい信仰に目覚めていることになるではありませんか」


「うむ。あの子を世界樹に導くために、お前さんは必要不可欠なんだ。どんな未来でもお前さんはあの子に絶対的な影響を与える」


「長。僕の話を聞いていますか?」


「安心しろ、ブブール。どんな未来でも、あの愛しの女性はお前さんの側にいたぞ」


「ーーー!!」



がたっと椅子の音を立て、長の言葉にあからさまに動揺するブブール。


長は豪快に一つ大きく笑うと、立ち上がって周囲を駆け回る少女を軽々抱き上げた。



「よし、フラット!!今日はより精密で高度な鉱物の抽出に挑戦するぞー!!」


「おー!!絶対じいちゃんには負けねー!!」


「ちょ…ちょっと待ってください長!先程の発言は一体…僕のことをどこまで調べて………あの男まさか、同志全員に僕の情報を共有しているのですか?」


「幾重もある未来のどれもで二人が寄り添っておったというそれだけだ、誰が言うでもない」


「未来がどうだと、とても信じられませんね…!何か知った上で僕をからかっているのでしょう。許せないことですよ!」


「まぁそう喜ぶなブブール。いやしかし、愛しの女性は溜息が出るほど美人だな。あぁ、祝杯をあげたいならそこの酒を持って帰っていいぞ」


「必要有りません。時間を無駄にしたような気分です。帰ります」



憤慨して立ち上がったブブールに、フラットと呼ばれた少女が小さな舌をべっと突き出した。



「まじめ眼鏡!次来る時はあたしの菓子でも持ってこいよな!」


「…錬金術の対価にお金を払ったはずですが」


「へへーん!あたし知ってんだ!あんたの国には、めちゃくちゃ美味い菓子があるってことをな!!次会う時は両手いっぱいに持ってこーい!」


「お菓子なんて、どれだけの種類があると思っているんですか。一体どれのことを言っているんです?」


「なんか、丸っこくて、あまーいやつ。砂みたいなざらざらしたやつがどばーってかかってる茶色いやつ。この前ここに遊びに来たやつがじいちゃんと食ってた」


「もしかして香糖餡のことですか?我が国のお菓子をどなたが持って来たのです」


「リックモックのポーツだ。わしが香糖餡が好きと前にぽつりと言ったことがあってな、そしたらお前さんの国に寄って買ってから来た。いやぁ、気の利く男でなぁ」


「僕に言えばいつでも持って来たものを…。あの男、それだけのために我が国へ飛行船を動かしたなんて。僕が不在だったのでリックモック国が菓子を買いに訪国したという報告だけでしたが、まさかあなたに渡すためだったとは」


「だってお前さんに頼んだら『対価は払っておりますのでそれを持ってぜひ我が国までお越しください』とか言うんだろ?どうせ」


「言いませんよ…。それに毎回飛行船で菓子だけ買いに来られても困りますから。分かりました、次回来る時はお嬢さんの分も持参しましょう」


「ぃやったー!!」



小躍りして喜ぶフラットを見て僅かに口角を上げながら、「では僕はこれで」と今度こそ長の家を後にしようとしたブブール。


長はその背中に聞く。



「次回来た時にも、この子が作った錬成物を出すぞ。わしは譲らん。もし此処へもう一度来ることがあるなら、それはお前さんがこの子を認めたと言うことになる」



「………」


「それで良いな、ブブール」



ブブールは少し考え込んだ後ーー大きなため息を吐いてみせた。



「…現状我々からあなた達の能力を切り離すことはできません。錬金術を扱う種族の長がこの子の錬成物を認めるのなら、僕たちにそれを拒否することは敵わないでしょう」


「おう、それで?それでどうしたいんだ?」


「………縦に首を振りたくはありませんが、そうせざるを得ませんね」


「よろしい!!行ってよし!!」


「じゃぁなーまじめ眼鏡ー!菓子忘れんなよー!」





ばたん。


地上へ続く階段を無言で上がり外へ出て、地下シェルターの重たい扉を閉める。


ゴーグルをはめてフードを被り、首元のチャックを限界まで引き上げて口と鼻を覆い隠すと、顔の表面積のほとんどが隠れた。

そうして一歩踏み出したブブールに、容赦なく降りかかる吹雪。


吹雪避けの下で待っていた護衛兵に囲まれながら、膝下近くまで積もった雪を魔法で溶かして進んでいくブブールの頭には、ただ静かに長の言葉が残っていた。




ーーわしが動けなくなっちまった時には、お前さんにあの子のことを任せたい


ーーより多くの選択肢とより多くの決断と、より多くの望むべき未来が必要なんだ


ーーわしらは未来へ行きたいだけだ。ただ、砂時計の先を知りたいだけなんだよ




ーーどんな未来でも、あの愛しの女性はお前さんの側にいたぞ




「…馬鹿馬鹿しい」



「ブブール様、今何か仰いましたか。申し訳ありません、吹雪で…」


「いや、何でもない。気にするな」



進んでは瞬く間に埋まって消えていく轍を踏みながら、ブブールはそう言って少し笑った。








ーーー幕間 「砂時計の先」 了





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