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叡智のレガリア  作者: 日三十 皐月
第2章 「メディニア国]
16/20

九話








ーーメディニア国





「ドルシャ国は、こちらの提案に応じたか」




薄暗い玉座の間で不適な笑みを浮かべた青年は、フードを被った男へ静かに問う。


玉座へ腰掛けた拍子に高い位置で括られた長い金髪が揺れると、さらりと音がするようだった。


身につけた民族衣装を鬱陶しそうに捲り、堂々と足を組む。同時に肘置きに頬杖をついて、男へ侮蔑するような視線を寄越した。



「返事が遅い」


「……参加の是非を問いましたが、足を運ぶつもりはないと。何でも、今は国を挙げて神へ祈りを捧げる期間で、掟によって国外へ出ることは許されないのだと」


「予想通りでつまらない…神事をしていない時期などないだろうに。実に閉鎖的。居もしない存在に平和を願うなど、まるで理解できない」



その足元には、幸せそうに笑う少年が座っていた。


彼が指先を細く動かして宙に何かを描くようにすると、手にしていた土器に美しい装飾が施されていく。



「彼らが生殺与奪の権利を持つ者を神としているなら、力を持つ者が全てということ。

だとするなら、この世に存在している我々メディニアを崇めて生を乞い願うべきだ。見えない存在に祈り続けるよりずっと効率がいい。そうは思わないか?シュリ」


「………」



「みて」



シュリと呼ばれた男が答えずにいると、玉座の足元にいた少年がにこやかに土器を掲げた。


青年はそれに対して優しい笑みを浮かべると、そっと土器を受け取って言った。



「素敵な装飾だ。君には芸術の才能もあるようだね、アスラエル。早速廊下に飾ろう。民に声を掛けて、そのようにしてもらうといい」


「わかった」



ーーその言葉に、アスラエルと呼ばれた少年は嬉しそうに頷く。


言われた通りにする為に玉座の間を駆けて出て行く背中を見送ると、青年の顔からすっと笑みが消えた。



「人を救うのが神の務めであるなら、彼に平穏を与えた私は何になる?ドルシャ民族が祈る間に、私が幾つの命を救えるのか試してみせようか」


「ーー…神は人を救うから神なのではありません。神は人の希う道を示し申す者…我々の未来、過去、そして現在を同時に生き、果てのない愛を知る者です」


「………」


「罪は自身を省みて、自覚して初めて罪になる。そしてその時初めて赦されます。その穢れを祓い、禊清めるのは他でもなく、」



ーーシュリが言い終わる前に、ゆっくりと立ち上がった青年が思いきり彼の腹を蹴り上げた。


避けようと思えば避けられたそれを、シュリは苦い顔をして受け入れる。



「あぁ…そういえばお前は、西方の巫女に少々思い入れがあるんだったか。

訳の分からない、聞くに値しない御託を並べ立てられると虫酸が走る。歯向かうような言い回しだったが、お前の目の前に立つ人間が誰なのかまるで理解していないようだ」


「……申し訳ありません。帝王セレーナ」



蹴られた拍子にフードが捲れ、短く刈り上げた金髪が露わになる。

痛みに呻くことはせず、眉間に皺を寄せながら謝罪を口にしたシュリに、セレーナと呼ばれた青年は大きく溜息をついた。



「今すぐその髪を隠せ」


「……」


「いっそ青の染色でも塗り込んだらどうだ?お前にはその方がお似合いだ」



シュリがフードを被ると、セレーナはフードの端を引っ張ってさらに深く頭を隠させた。



「はぁ…お前の作った歪な地下からようやく解放されたと思うと、それだけでこの苛立ちも半減する。

地下はアスラエルが作ったと皆に話してはいるが…あの子ならあんな風には作らなかっただろう。嘘をつくのが可哀想なくらいだ。

そうは思わないか?本当に、アスラエルの作ったこの城は素晴らしい」


「………」


「鉱石の力を借りなければ力を使えない半端なお前と違って、アスラエルは自由自在に力を扱える。それに幼い彼は御し易い…お前なんかよりずっと役に立つ」



気に入らないという態度を全面に出しながら、セレーナは跪いたシュリの頭をぐっと床へ向かって押しつける。



「ーー二度と、生意気な物言いをしないと誓え」


「……はい、帝王セレーナ」


「お前はこれまで通り、誰にも見つからず隠れて生きていれば良い。お前の生殺与奪の権利は私が持っているのだから、それこそ神へ祈るように過ごすべきだろう」


「………」


「居場所を与えてやっているのだということを忘れるな」



押さえつけられる圧力から解放され、僅かに体勢を崩すシュリ。

その様子へ冷ややかな視線を送った後、セレーナは再び玉座へ腰掛けた。



「ーーさて、ユーリシアの様子でも聞いておこうか」



首へ下げた古い首飾りを手で弄びながら聞いたセレーナに、シュリは一度小さく咳き込んで答える。



「…即位を祝した祭りが始まっているようです」


「何が起きているかも知らず祭りとは…呑気なものだ」


「……」


「あの出来損ないの失敗の旨はある程度予想通りだったが。匂いはつけさせたか?」


「…はい。完了の報告は受けています」


「それは良かった。さて、ウィリアム王は頭が切れて少々面倒だったが…新たなユーリシアの王はどうだろうな」



年季の入った首飾りには所々傷が入っており、装飾の一部には欠けているものも見受けられた。

それを大事そうに見つめる姿からは、どこか幼い印象を感じさせる。



「帝国として復活するにあたって、恐らくユーリシア国が一番の脅威になるだろうと踏んでいたが…杞憂になりそうか」


「…私には、何とも」


「王族がたった三人の子供しかいない中で王位を継いだという、その類い稀なる勇気だけは評価しておこう。どうやら国民全員が自分の味方だと思い込んでいるようだ。これからどうやって王政を続けていくつもりなのか興味深い。

お前の見立てはどうだ?シュリ」


「…周りの意見を振り切って地下への避難を避けたり、即位式では王として自らの言葉で堂々と国民にスピーチをしたりと、齢17だと言う割にひどく冷静なように感じました」


「冷静、か。まぁ自らの危機を二度も回避している点だけを見れば、少なからず強運なのだろうが…ウィリアム王ほどの聡明さがあるのかどうか」


「まだ、何とも言えません」


「……まぁ、彼らの打ち消しの力は私にとっても都合が悪い…潰れなかった以上味方にしておいて損はないだろう。後々のことを考えると役に立つはず。特にドルシャ国の一件では上手く使えそうだ」



気怠げに笑みを浮かべて、首飾りから手を離す。

それからゆっくりと立ち上がると、シュリの横を通り過ぎながら続けた。



「エマリオの動きには注意しろ。ゾンガー国そのものは我々に従うが、あの男だけはのらりくらりとこちらの目を掻い潜って動く……必要なら船を止めてもいい。私の怒りを買ったと聞けば、キースが国へ押し留めるだろう」


「…はい」


「今の内から先手を打つのは些か早すぎる…。自ら口実を作ってもらえるならこちらとしても好都合。その時は、船の中に隠している物も全て調べさせてもらおうか」



冷たい薄ら笑いを浮かべ、セレーナが玉座の間を後にする。

次いでシュリも立ち上がってその背を追い、重たい扉を閉めた。



「ーーさぁ、面白くなりそうだ」



堂々と胸を張り廊下の真ん中を歩くセレーナと、俯いて端を歩くシュリ。


そこへ、駆けて戻ってきたアスラエルが加わった。

頭を撫でられたアスラエルが、ご機嫌でシュリの元へ近づきその手を取る。



「シュリ聞いて。ぼく、ここへ来て本当に良かった」


「……そうか」


「ここには怖いものなんてない。セレーナがいつだって守ってくれる。ぼくの力を、すごいって褒めてくれる。必要としてもらえる」


「………」


「ぼくはもう、一人じゃないんだ。そうでしょ、シュリ」



嬉しそうなアスラエルに、シュリは黙り込む。

何も言わない代わりにアスラエルの青い髪を撫でたその手は、ひどく優しい。



セレーナが廊下を進む内、数歩後ろへ民が列を成して行く。


帝王に向かって祈るように手を組み付いて歩く様は、いつだってシュリの目をひどく濁らせた。






*    *    *    *    *






ーー復活祭当日

ーーメディニア国 地下






「おい!気安く触んなよ!!ボケ!!!」




静かな地下に、口の悪い怒号が響き渡る。


それは粗野な男から発せられたものではなく、年端のいかぬ少女の口から発せられたものだった。

縄で両腕を縛り付けられた少女はひどく暴れ回り、側を歩くメディニアの民を容赦なく蹴り上げようとする。



「野蛮な種族め…!早く大人しくさせろ!」



「あ?いいか、もう一回錯乱魔法なんかかけてみろ!!二度とお前らの言う通りには動かねぇからな!!」


「強く出られる立場か?あの老人がどうなってもいいようだな!」


「いいよ、殺せば?私も舌噛んでやるから…よ!!」



少女の蹴りが、廊下に飾られていた調度品を破壊する。

がしゃん、と大きな音が鳴り響き、破片が辺りに散らばった。

狼狽える民へ、更なる怒号が襲う。



「一週間も埃臭ぇ魔術部屋に閉じ込めやがって!!今度はどこ連れて行くつもりだよ!!あ?おい!!」


「別の部屋へ移動するだけだ!……我慢ならん!誰かこいつを黙らせろ!」


「もうすぐ復活祭が始まるというのに…!手間取らせるな!」



慌てて諌めようとする民を他所に、遠慮なく暴れ回る少女。

ーーすると、廊下の奥から男が歩いてきた。



「ブブール殿!助かった、手を貸して頂きたい…!」


「…一体何の騒ぎですか」



ブブールと呼ばれた眼鏡の男は、面倒臭そうにため息を吐きながら騒ぎの原因へ目を向ける。

少女はふんと鼻を鳴らすと、自分より身長の高いブブールを見下すように顎を上げ、その口角を歪めた。



「やっほー、ブブールじゃん……この裏切り眼鏡…。どう?知り合いがこんな風に縛られてる姿はさぁ。最っ高の気分だろ?」


「ーー縛られているなら、少しは殊勝にしたらどうですか?とても捕らえられているようには見えませんね。縛っている方がまるで怯えているじゃありませんか」


「こいつらが土下座して媚びへつらってくれるならいいけどさぁ、錬金術の力が借りたいって態度じゃないんだから仕方なくない?」



挑発的な態度を気に留めることもなく、そして視線さえ合わせることもなくブブールは応える。

一方の少女は、刺すような視線を彼へ向けたまま会話を続けた。



「で?そっちはどう?殊勝に帝国の役に立てて、何か恩恵は得られたわけ?王子様」


「……さぁ。あなたの知るところではありません」


「あー仕方がないよねぇ、帝国に脅されたら!言うこと聞いちゃうよねぇ!あー雑魚。まじで雑魚。お前ら大戦犯だよ、帝国庇ってたなんてさぁ、馬鹿馬鹿しい。これで北方はまた鉱石とか作物を搾取され続けるんだから、すごいよね!殊勝にしてれば!いやぁ、いいことばっかりじゃん!」


「……気は済みましたか?フラット。あなたに構ってられるほど暇ではないのですが」


「あ?」



「これ以上彼女に付き合っているのは時間の無駄です。躊躇わずに錯乱魔法をかければ良いでしょう」


「…それが…」


「何か脅されているなら無視すればいい。彼女たちは従う他に選択肢などありませんよ、虚勢を張っているだけです」



「ーー虚勢かどうか試してみる?私は今ここでしんでもいいよ」



「…こんなことで命を無駄にするような人間ですか」


「………」



しん、と廊下が数刻静まり返る。

たった数秒ほどの沈黙だったが、いつまで続くのかと思うほど永く辛い数秒だった。


耐え切れなかった民が、大きな咳払いをして沈黙を破る。



「ブブール殿の言う通りです。こんな小娘の言動一つで怯えるなど馬鹿馬鹿しい……さっさと移動させなければ、復活祭に遅れてしまいます」



そう有無を言わさず描かれ始めた魔法陣を睨みつけながら、フラットと呼ばれた少女はこめかみに青筋を立てた。



「いい御身分じゃん、ブブール。帝国に跪いてさぞかし気分がいいんだろうなぁ」


「………」


「希少な錬金術師たちが、くだらない権力のせいでわけもなくしんでいく様を…そこでじっと見てればいい。私たちはお前らヨーラシウムを許さないからな。しんだ暁にはお前がトイレに起きる度に驚かせてちびらせてやるよ」


「……相変わらず、下品で野蛮ですね」


「はぁ?毎朝耳元で鼓膜割れるほどでけー声出して歌ってやろうかコラ」


「早朝への嫌がらせだけで済むなら我慢しましょう」


「寝てる時以外で無防備なことなんてあんの?堅物眼鏡クン」



ぶつぶつと詠唱を重ね、もう少しで民が魔法陣を描き切るかという時。

ブブールは言った。



「ーーノレイア ティエマ アティカ」


「………」


「ああ、失礼…旧友と話していたら、つい北の方言が出てしまいました」



訝しむような視線を向けた民へ、軽く手を挙げて釈明する。


同時に、魔法陣が描かれ錯乱魔法がフラットへと掛けられた。

声もなく床へ倒れ込んだフラットの体を揺らすと、彼女はゆらりと立ち上がって口を開く。



「ん〜…なんかぁ、あまぁいお菓子が食べたいなぁ〜…それもたっくさん…お腹いっぱいになるまで…食べるんだぁ。どこにあるかなぁ」


「………こっちだ」


「ほんとぉ?」



先ほどまでの荒々しい態度とは百八十度打って変わったその姿に、民は頬をひくつかせながら先導する。

スキップするかのようにご機嫌で後ろをついて歩く背中を見て、ブブールは思わずため息をついた。



「哀れな…」


「最初に錯乱魔法をかけた時は幼い子供のようにずっと泣き続けて厄介でしたが、これはこれで大変ですな」


「あなた方の魔法も優秀なのでしょうが、彼女はあの類の魔法が特別効きすぎるのかもしれませんね。しかし、どんな形であれ事が解決したのなら良かった」



では私はこれで、とその場を後にしようとしたブブールを、民は強く引き止める。



「ーーブブール殿。先ほど、北の方言であの小娘へ一体何と仰ったのですか」


「……」


「どうやら、親しい間柄のようですが」


「……私とあの娘が、親しいと。一体どの角度から見ればそのように見えるのか教えて頂きたい。何度か錬金術を必要とした際に会ったことはありますが、その頻度は他の国と大差ありません。その程度ですよ」


「では、そんな間柄の人間へ何と?」


「特別なことではありません。それに北の方言は訳するのが難しい…帝国の言葉で何と言うのでしょうね」


「……」


「敵の陣地でそのような虚勢を張り続けるのは得策ではありませんよ、と言ったようなことを進言したのですが…これもしっくり来ませんね。他にいい訳し方が見つかりません」



尚も訝しむような視線を向ける民へ、ブブールは僅かに微笑んでみせた。



「元は賢者が使うような言葉です。そもそも彼女の理解が及んだかどうか怪しい。気に病むほどのことは何も起きていませんよ」



そう言い残し、それ以上の会話を避けるように踵を返す。

民は納得がいかないようにしばらく考えていたが、やがて一瞥を寄越した後フラットの先導へ向かった。



「……」



民が遠ざかって行くのを背で感じながら、ブブールは静かに左手の親指に着けられた指輪を撫でて言った。



「…ひどい役回りで骨が折れますね」



小さな声は地下に響くことはなく、土壁へただ静かに吸い込まれて消えて行く。



密かに、堪えるようにーーー粛々と。













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