表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
叡智のレガリア  作者: 日三十 皐月
第1章 「ユーリシア国」
14/20

八話 ー後編ー








ーーアリシアの体力が戻ってきた頃、一向はエマリオの望み通りユーリシア城の旧地下室へと足を運んでいた。


厳重に閉じられた扉を、他の誰でもなくエマリオが平然と開けていく。



「……実は今までに何度も忍び込んでたんじゃないでしょうね」


「人を泥棒扱いしやがって。心外だな」


「他国の城の地下室を開けられるなんて異様でしょう」


「そうかぁ?」



数十本の鍵がぶら下がる革紐をくるくると巻いて懐にしまいながら、とぼけた答えが返される。

今すぐ取り押さえてやりたいところだったが、アリシアにはそれが叶わなかった。



「…アリシア様……本当によろしいのですか?」


「…構わないわ。今は好きなようにさせて」



軽口は叩けても、エマリオの行動に異論を唱えることができない。

ーー無理やり思考を制限されているわけでもなくて…どこか私自身が納得してそうしているみたい。何かの総意のような、おかしな気分だわ


移動している間に、兵士が一人抜けていったのを見た。恐らくロマへ報告に行ったのだろう。

エマリオも気が付いているようだったが、さして引き止める様子もなかった。


ーー言の葉の盟約、サシアの一存…魔法陣を描いた時、エマリオは確かにそう言った。ユーリシアの血を継ぎし者へ命じる…まだ理解は追いついていないけれど、半強制的に相手を従わせる魔法なのかもしれない



アリシアが思考を巡らせている間にも、エマリオは鼻歌を歌いながら開いた旧地下室の中へと足を踏み入れていった。

その後に続き、怪しい動きがないか注視する。


ーーユーリシアの血を継ぐ者に通用する魔法ということは、お兄様も従わせることができるということ。過去エマリオがお兄様に魔法をかけた可能性は否定できない…


お兄様が復活祭に一人で出向かれたことだって心配なのに、どこもかしこも疑わしい奴らばかりで腹が立つわ


目的のテーブルへ辿り着き、再び取り出した鍵の束をじゃらじゃらと鳴らして引き出しの鍵を開けていくエマリオ。


小気味良い音を立てて錠が回ると、開いた引き出しから小さな宝箱が出てきた。



「宝箱…?」


「あぁ。中もすげぇぞ」



そう言って、別の鍵を探り当てて宝箱を開ける。

中には、エマリオの言う通り煌びやかな指輪が五つ入っていた。


思わず目を奪われたその一瞬後、アリシアははたと動きを止める。



「……ちょっと、これをどうするつもり?まさか取っていくつもりじゃないでしょうね」



訝しい瞳を向けると、エマリオは悪びれもせず言った。



「んぁ?だから言ってるだろ、これが要るんだって。何回言わせんだ阿呆」


「や…やっぱり泥棒じゃない!どう見たってユーリシア王家の家宝でしょう!!」


「これが何なのかも分からないお嬢ちゃんは黙ってな。ほれほれ、目的は果たしたんだ。さっさと出るぞ」



小さな麻袋に五つ全ての指輪を回収し、エマリオはアリシアと兵士たちを部屋から押し出す。

それから厳重に扉を施錠し直すと、晴れ晴れとした表情を浮かべた。



「あーーーー!これで一先ず安心だな」


「……何が安心よ…!とにかく説明しなさい!!」


「面倒臭ぇこと言うなよ。おっさんにはそんな時間ねぇの」


「ーー言の葉の盟約だか何だか知らないけど、あの時あなたが言ったのは“目的の物を手中に収めることを許諾せよ”だったわね。だったらもう収めたんだから約束は果たしてるはずよ。その指輪はこちらで回収するわ」


「あのなぁ、揚げ足取りじゃねぇんだから。そんなの通用するか」


「ユーリシアの家宝をおいそれとあなたに譲渡するわけないでしょ!」


「だから、この指輪は家宝でもユーリシアの物でもねぇよ」


「は…?」


「でもまぁ、一個はお前のもんだけどな。ほれ、手出せ」



アリシアの手を半ば強引に取り、その中指にするりと指輪を嵌めたエマリオ。

指輪についたホワイトクリスタルの装飾が、階段の照明を浴びてきらきらと光り輝く。



「お前にはちょっとでかいか?取れそうなら職人に作り直させるぞ」


「…いや…まぁ、ほんの少し大きいけれど…」


「近い内に連れてくる。その時に直すから、それまでは紐通して首に引っ掛けるか何かして肌身離さず持ってろよ」


「……ちょっと…本当に待って。少しでいいから説明が欲しいわ。どうしてこれを私に?ユーリシアの物じゃないんでしょう?私の物ってどういうこと?」


「じゃ、目的は果たしたし、お前に護衛は置いたし。やることやったら俺は帰るぜ。見送りはいらねぇ」


「ちょっと!!」



言うだけ言って、さっさと階段を上がっていくエマリオ。

アリシアと兵士は慌てて後に続く。



「あまりに横暴だわ!!やりたい放題しすぎよ!!自分がどんな状況か分からないの!?ユーリシアに何かあった時、間違いなく疑われるのはあなたなのよ!?もっと誠実に…私一人でも納得させてから帰ったらどうなの!」


「話したところでお前が納得するとは思えねぇ。信じられないだの何だの言って終わりだろ?時間の無駄だ」


「だからって一つも納得させないで帰るのは間違っているでしょう!ただでさえ考えなくてはいけないことばかりで戸惑っているのに…!

ーーこれ以上、これ以上心労を増やさないでよ…!」


「…………。おいおい、おじさんが悪いみたいだろ。泣くなよ」



階段の途中で立ち止まり、ぽろぽろと泣き出してしまったアリシア。

先を行っていたエマリオはばつが悪そうに引き返すと、アリシアの華奢な体を抱きしめその背中を優しく叩く。



「……お前が想像してるようなことには何もならねぇ。レイリアは無事に戻ってくる。心配すんな」


「……ホーキンは信用ならないし…!一部の兵士はおかしな動きを取ってると聞くし…!お兄様は危険な身の上で…!エマリオは怪しい動きばかりで…!」


「分かってる分かってる。不安だよな。お前が大人びてるから、ついついまだ15のガキだってことを忘れちまう。俺が間違ってた、悪かった。頼むから泣くな」


「謝罪は要らないから、早くちゃんと説明してよ…!!」



小さな子供をあやすようにして背中をぽんぽんと叩きながら、エマリオは小さく言った。



「…その指輪は、俺の大事な人がお前の母ちゃん…アメリアの為に作った指輪だ」


「……お母様に?」



「ーーいいか。この世界に正解なんて無い。俺たちが一つずつ選び取った先にどんな未来があるのかは分からねぇ。それでも、目指した先に描いた未来があると信じて選択していくしかない」



「……」


「お前が未来を案じて泣いたりすることのない世界を、俺たちは望んでる。今は信用できなくてもいい…ただ、その指輪だけは大事に持っててくれ。きっと、お前を守ってくれる」


「……抽象的すぎるわよ。私はいつになったら説明を貰えるの?本当、信用ならないにも程があるわ」



呆れたように言ったアリシアの口元に、僅かに笑みが溢れる。

それを感じ取ったエマリオは一つ大きく笑って身体を離すと、彼女の腕にずっとくっ付いていたモモンガとアイコンタクトのようなものを交わした。



「ま、ルウも護衛につけて指輪の加護も有る。アリシアは放っといてももう問題ねぇな。おい、泣き止んだならもう行くぞ。無駄に時間を取られたぜ」


「…行くぞ、じゃないわよ。不法入国のおじさんを自由に歩かせるわけないでしょ。どこに行くつもりなのか知らないけれど、疑われたくなかったらこちらの兵士を二、三人連れて行って頂戴」


「あぁ?俺がか弱い乙女に見えるのか?いらねぇいらねぇ。男にケツ追っかけ回されるくらいならお前の追手撒いた方がずっといい。アリシア。やっぱついてこねぇか?」


「心の声が漏れてるわよ。私のことを舐めすぎじゃない?」



こめかみに青筋を立てたアリシアが、ふぅと一息ついてから続ける。



「ーーねぇ。この指輪、とっても大事なものなのね。私にくれたけれど、何だか命にも替えられないって感じ」


「あ?そりゃぁ…この世に二つとない…」


「やだ!一つしかないの?大変。替えが効かないのね」


「………」


「私…このまま一人になったりしたら…もしかしたら間違って捨ててしまうかも…。エマリオの姿が見えなくなった瞬間、取り乱して海に投げ捨ててしまうかもしれないわ。危険を冒してまで取りに来た大切な指輪なのに、そんなことになったら大変ね」


「………」


「返したいけれど…何だかあの言い方だと、指輪の加護は私にしか効果がないみたい。どうやら私に持っていて欲しいみたいだし…エマリオが持っていても仕方がないのでしょう?

だったら…どうしましょうか。エマリオが選んで。私はそれに従うから」


「…お前なぁ。誰が誰の為にこんな面倒くせぇことしてると思って…」



アリシアがにっこりと笑い掛けると、エマリオは盛大に溜息をついた。

やがて降参といったように両手を挙げ、大きく首を振る。



「揉めてるからと思って先にお前と接触したのが間違いだった…。まぁいい。ついてくるのはいいが、絶対に口を出すなよ。拒否もするな。お前はついてくるだけだ。いいな?」


「…従わせたいなら、さっきの魔法を使えばいいじゃない」


「……馬鹿。俺だって本当はあんなの使いたくねぇんだよ。頼むから俺の提案を却下してくれるな」


「内容によるわ」


「チッ、いちいち親父そっくりな受け答えすんじゃねぇ。ーーったく…じゃぁ行くぞ。急いでんだから、余計な質問はするなよ」



早足で歩き始めたエマリオの後を、アリシアと兵士たちが必死についていく。



地下からの階段を上がり、どこかを目指す一行。


ふと視線を感じて腕を見ると、ルウはつぶらな瞳を潤ませてじっとアリシアを見上げていた。

何を考えているのか悟ることなどできないまま、小走りで息を乱しながら見つめ返す。


すると、ルウが小さな手でぎゅっとアリシアを抱きしめるようにしてしがみついてきた。

まるで愛しさを伝えるようなそれに、アリシアは戸惑う。


それから中指に嵌めた指輪が落ちないよう拳を握りーー振り回されている今の状況を振り返った。



ーーユーリシアは今、何が起きてもおかしくない。他国に振り回されている状況は芳しくないけれど…今エマリオから目を離したら、それこそ何が起きているのか余計に見失ってしまう



国内で起こっている綻びを把握すること。他国の思惑を測ること。

子供の自分たちにその全てが成し遂げられるのだろうか?


改革を狙う者にとって、今ほど王政を覆すチャンスはない。


本来なら10年前の悲劇でそれは成されていたはずだったのだろう。

しかしレイリアが生き延びたことで、王家を愛する者たちによって王政は守られた。


とても、とても危ういまま。



ーー私は、お兄様は…これからどうなってしまうのかしら



エマリオを追いながら未来を案じるアリシアの瞳に、指輪の輝きが映る。

その柔和な白から感じた不思議な暖かさは、今は亡き母の姿を想い起こさせた。



ーー私たちは初代ユーリシア王の血を継いだ。でも、この国に住まう人々が、私たちを望まなかったら?

国民なくして国とは言えない…でも、王家がなくても国は動くことができる…




マイナスな思考を振り払うように、アリシアはその指輪をじっと見つめた。



ーーでも…でも、私が王家の娘であるという事実だけは変わらない。

どんな未来が待っていても、私は誇りを持って…胸を張らなくちゃ 



そうして、走るアリシアの腕へ必死にしがみつくルウの体をつんつんと突いて肩へ移動させる。



「ねぇ、ルウ。あなたがどんな風に私を護衛してくれるのか分からないし、エマリオのことは信用していないけれど…あなたのことくらいは、信じてみてもいいのかもしれない」


「…」


「内緒だけど、本当は心細かったから…あなたが側にいてくれるのがとても嬉しい。頼りにしてるわ」



呟くようにそう言ったアリシアへ、ルウは応えるように頬擦りして小さく一つ鳴いてみせた。




「おい、早くしろよ。置いてくぞー」


「…足の長さ考えなさいよ!」






その様子をーーー物見櫓からじっと眺める姿があった。



「…ゾンガーに商船停止命令を」


「承知しました」


「キースにはあの男へ釘を刺すよう伝えなさい」



短く刈り上げた金色の髪を隠すようにフードを被り直したその男は、ただただ静かに命令した後、気配を隠しながら櫓を降りるとーーー


やがて、群衆に紛れて姿を消した。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ