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叡智のレガリア  作者: 日三十 皐月
第1章 「ユーリシア国」
13/20

八話 ー前編ー







ーーーユーリシア国 




「無理に決まってるでしょ」


「持ち主がいねぇんだから仕方ないだろ。なら何だ?お前が取ってきてくれんのか?」



城の応接間に移動したアリシアとエマリオ。

執事が用事で離席した途端、二人の口論が始まった。


廊下まで響く二人の声を聞いた兵士たちが何事かと応接間を覗いていく。

アリシアの護衛についていた兵士たちもまた、口を挟むべきかおろおろと右往左往した。



「この状況で城の旧地下室に行って物を漁りたいだなんて、許可すると思う?そうしたいなら陛下御帰還後に改めて打診したらどう?」


「今必要だからこうして話してるんだろうが」


「1日も待てないほど切迫して必要な物を、何年もユーリシアに放置してたってことね。へぇ、余程大事なものなんでしょうね」


「クソガキ…!詰め方が親父そっくりなんだよ」



胸ぐらを掴み合っているかのような言葉の応酬。

アリシアは毅然とした態度を崩すことなく尚も畳み掛けていった。



「この部屋を出ても良いかという質問の答えなら、否。必要なものを取ってきてくれるかという質問の答えなら、是よ。特徴さえ分かればこちらで探して用意するわ」


「残念だなぁ。置き場所は机の引き出しの中なんだよなぁ。しかも鍵の回し方にコツが要るからなぁ。地下から此処まで机ごと持ってきてくれるって言うなら話は別だがなぁ…簡単に運べる重さの机じゃないからなぁ…」


「わざとらしい。何故あなたが旧地下室の中にあるものを把握してるの?置き場所まで分かってるなんて変だわ」


「他人が簡単に見つけられねぇようにお前の親父と相談して隠してたもんなんだから、俺が知ってるのは当然だろ」



「ーーいい?分かっていないようだから教えてあげる。怪しすぎるのよ。メディニア復活の日に報せなく訪国したり、復活祭当日に不法入国したり。かと思えば突然旧地下室に行きたいだなんて、誰がオーケーするのよそんな提案」



「まぁ、レイリアならしただろうな」


「………そうね。じゃぁ言い方を変えるわ。私が、オーケーすると思う?」


「思わねぇなぁ」


「だったらまず、具体的に此処に何をしに来たのかきちんと説明して頂戴」



エマリオは一つ盛大に溜息を吐いて、椅子の背もたれに寄り掛かった。

アリシアについていた兵士たちが身を緊張させ、彼の動きを注視する。



「……だからよぉ、言っただろ?マーキング消しに来たんだって。その為に旧地下室にあるものが必要なんだよ」


「だとしたらマーキングの説明も、必要なものが一体何でどう必要なのかも一から話す義務があるでしょうね」


「残念だが此処じゃ話せねぇ」


「…言うに事欠いて此処じゃ話せないだなんて、」


「アリシア」


「………」


「頼む。信じろとは言わねぇ、ただ時間が無い。物を回収するってそれ以上のことはしないと誓う」


「…信じろって言ってるのと同じじゃない。あなた、本当に国を渡り歩いて交渉してきたの?適当なことを言って押せば何とかなると思ってるでしょう」


「さぁ、どうかな」


「私をお父様と混同してそう言っているのなら、残念だけど思う通りにはならないわ。此処にはその結果に至るほどの信頼関係がないもの」



冷たく言い放ったアリシアに、エマリオは困ったように眉を下げる。



「……そんなこと言うなよ、アリシア。俺とお前の仲だろ?お前のおむつ姿だって知ってんだぞおっさんは」



「は?気色悪いこと言わないでよ」


「ーーおい!おっさんに気色悪いは大罪だろ!」


「少女に対しておむつ姿から知ってるなんて言ってにやにやするのも充分大罪でしょ」


「あぁ?事実知ってんだから、」


「じゃぁこっちだって事実なんだから、」


「お前のはただの悪口じゃねぇか!」


「あなた自体が気色悪いって言ったんじゃないわ。俺とお前の仲だろ?から始まっておむつ姿から知ってる、なんて文脈単純に気色悪いでしょう。客観的に聞いてどう?」


「いーや!思わねぇ!」


「だったら勉強になったわね。私はとっても気色悪かったから、そう思う人もいるんだってことを良く覚えておいて。そして二度と言わないで」


「お前この短い間に気色悪いって何回言うつもりだよ」



ーー話を逸らされたわね

口の中で小さく歯噛みした後、強くエマリオを睨みつける。


レイリア不在の上執事も用で抜けている中、どうやってこの男を引き止めるべきか、尚且つ訪国の目的までどう探ってやろうかと思案していると。


エマリオは面倒臭そうに廊下を見やって言った。



「ーーやっぱりアリシア相手じゃどうにもならねぇなぁ。おい、ロマはどこ行った?」


「は、兵士長は今、警護の見直しの為国内を…」


「今すぐ呼び戻せ」



答えた兵士が、あからさまに狼狽える。

困ってちらりとアリシアの方を見た兵士の代わりに口を開く。



「…今がどういう状況か分からないわけじゃないでしょう。兵士の統率役を奪ってどうする気?」


「俺はお前の方が心配だけどなぁ、アリシア。復活祭で国王不在の中、ユーリシア国の王族は後二人…それも子供だけと来たもんだ。そんな中で、執事長は用事でどっか行って兵士長は国内を駆け回ってる。

可愛くて可憐な王家の姫君アリシアちゃんについてる兵士は、たった四人」


「…………」


「四人くらいなら、俺でもやれそうだ」



兵士が一斉に剣を取り、部屋が物々しい雰囲気に包まれる。

エマリオは飄々として「言葉の綾だろ、そう怒るなよ」と両手を挙げ、さらに続けた。



「俺は今、10年前のあの日と同じ状況だ。お前の身に何かあった時、王家を潰したい誰かは俺に濡れ衣を着せてのうのうと逃げおおせる。

だからこそ、今ここで俺がお前の側にいるという状況は抑止力にも成り得るということ」


「…何が言いたいの」


「ーー今、ホーキンはどこにいる?」


「ホーキンは、御付きの兵士たちに囲まれてて数日会えてすらいないわ。無事だという報告だけは逐一来るけれど」


「だろうなぁ」


「………」


「まぁそれはさておき…この状況でお前が平気な顔してうろうろしてるってのが既におかしいんだよ。分かるか?殺してくださいって言ってるようなもんなんだよ。

ユーリシアは今ばらついてる。目的を見失ってる…いや、各々の目的しか見えてねぇ。お前を守るやつが必要だ」


「物騒なこと言って、無闇に不安を煽らないで。四人もついていれば充分、」



「ーーというわけで、今日からお前に護衛をつける」



「は?」


「ほれ」



そう言って、ぺっ、と投げ出されたのはーーー小さなモモンガだった。


まさか生き物を寄越されるとは思わず声もなく身体を竦ませたアリシアの腕に、同じく投げられるとは思ってなかったのであろうモモンガが驚いた顔でしがみつく。

モモンガはエマリオに威嚇して震えた。



「そう怒るなよ、ルウ。俺が優しく手渡すとでも思ってたのか?」


「…可哀想に。生き物を投げて寄越すなんてどうかしてるわよ。ルウというのがこの子の名前?」


「あぁ。見た目は可愛いが噛んだら痛ぇぞ、気をつけろよ」


「………私にも噛むかしら」



顔を伺うようにして呟いたアリシアに、ルウが人間のように首を振る。

恐る恐る指を近付けると、ルウはその指にすりすりと頬を寄せた。



「俺への態度と雲泥の差じゃねぇか。俺にも一回くらい擦り寄ってみたらどうだ?ルウ」


「…ちょっと、さっきから平気な顔してモモンガと話をしているようだけど」


「あ?」


「結局何が言いたいのよ。この子が護衛ってどういうこと?冗談のつもりなら後にしてくれないかしら。あなたの遊びに付き合ってられるほど暇ではないのだけれど」


「誰が遊びに来てるって?アリシア。俺はいつだって真面目だろ。護衛の話だって大真面目だ」


「さっきから説明が足りないのよ…展開にもついていけない。わざと私を振り回しているでしょう」


「馬鹿。お前がさっさと地下に行くのを快諾してればバタバタ忙しなく話すこともなかったんだよ」



こっちだって好きで捲し立ててるわけじゃねぇ、と小さく舌打ちしたエマリオ。

ーーああそう、私のせいってわけね…本当に腹の立つおっさんだわ


こめかみに青筋を立てたアリシアが何か言おうと口を開く。

しかし、エマリオの方が先に立ち上がって言い捨てた。



「さぁ時間がねぇんだ。さっさと行くぞ」


「…………馬鹿はどっち?地下に行くなんて言うつもりじゃないでしょうね。もういい加減に、」



「チッ…ごちゃごちゃ面倒臭ぇなぁ。使いたくなかったんだが、仕方がねぇか。背に腹は変えられん」



その瞬間ーーーぶわ、と風が吹いた。

エマリオを中心に巻き起こった小さな旋風に、兵士たちが再度身構える。



「な…!」



突如溢れ出た魔力に、アリシアの肌が粟立った。

生命の危機を感じる暇もなく、空中に魔法陣を出現させたエマリオがぶつぶつと言葉を紡いでいく。



『ーー…初代ユーリシア王より紡がれし言の葉の盟約により、我に授けられた“サシアの一存“を以って、ユーリシアの血を継ぎし者へ命ずる』



アリシアの全身に、血が滾っていくような感覚が走る。

兵士たちがエマリオを取り押さえようと動くのをスローモーションに見ながら、自らの意思と関係なく口から声が転がり出た。



「ーー手を出してはなりません!!」


「…ア、アリシア様…!?」



手を出すなと命じたのが自分なのかどうか判断できない。

困惑するアリシアに、エマリオはにやりと口角を上げて続ける。



『“旧地下室へ向かい、目的の物をこの手に収めることを許諾せよ”』



「…言の葉の盟約により、その希求を承認する…」



一体誰が許可をしたのか。自分でない誰かが答えた言葉は、己の脳を遠くに感じさせた。


そうして呆然としていたアリシアが脳裏に美しいクラウンを見た瞬間ーーーエマリオの魔法陣は解かれ、息の詰まるような膨大な魔力の気配が消えた。


いつも通りになった応接間の中。

何かから解放されたアリシアが深く息を吸い込んで吐き出す。


兵士が駆け寄ってその身体を支え、エマリオの方へ各々武器を向けた。



「よく耐えたな、アリシア。気絶するかと思ってたぜ……俺もだが」


「………」



聞きたいことは山ほどあるのに、脱力して言葉が出てこない。

そんなアリシアに、エマリオは慈愛の入り混ざったような優しい瞳を向ける。



「…何のこっちゃ分からねぇと思うが……お前たちは俺が命をかけて守る。それだけは、信じて疑うな」


「……、」


「お前たちの居場所は、俺が、俺たちが…必ず守る」



滅多に見ないエマリオの姿に、やっとの思いでアリシアの口から出てきた言葉は本人の思う以上に冷たいものとなった。



「………何を言ってるのか…さっぱりよ…」


「だろうな。はは」






→ 後編は本日中(2021.6.5)に更新予定です









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