第九十二話 密会
「……何故、『精霊』の情報を彼らに教えたのですか」
ツァイスは、ギルベルト教頭に向かって尋ねる。
二人は校長室にてエルカンらと対面した後、教頭室に集まっていた。
机に座って指を組むギルベルト教頭は相変わらず笑みを浮かべているのに対し、ツァイスは不服と言わんばかりに険しい表情をしている。
「不服そうだね、ツァイス先生」
「確かに新たな『精霊』の所在は不明ですが、だからといって校長派にまで探させることはない。やつがれ一人で十分です」
「そんなにエルカン先生に先を越されるのが怖いかね?」
ギルベルト教頭が聞き返すと、より一層ツァイスの眉間にシワが寄り、目に苛立ちが宿る。
反対に、ギルベルト教頭は一切余裕の笑みを崩そうとしない。
「キミだってわかっているのだろう? 消えた『精霊』が、一体どこに向かっているのか。ならば、焦る必要などない。むしろ焦ったところで、今我々にできることなどなにもないよ」
「……」
「それにな、ツァイス先生。このギルベルトも善意や興味本位で彼らに情報をくれてやったのではない」
ギルベルト教頭は机から立ち上がると、ゆっくりと室内を歩き始める。
「もはや『精霊』は架空の存在でもほら話でもない。確かに実在し、その存在はイルミネ校長によって世界中に知らしめられた。まだ半信半疑な魔導士も多いだろうが、あらゆる魔術教本の内容が書き換えられるのも時間の問題だ」
「だから隠匿しても意味がない、と? しかし校長派の者達だけならいざ知らず、あの場にはル・ヴェルジュとインファランテの代表もいたのですよ」
「だから、だよ」
そんなギルベルト教頭の返事に、ツァイスは困惑する。
「いいかね? ル・ヴェルジュやインファランテだけではない。既に世界中の魔導士達が行動を開始している。〝精霊狩り〟はもう始まっているのだ。我々は、そのゲームの参加者に過ぎん」
「……なればこそ、少しでも先んじるのが重要なのでは」
「その通りだ。しかしだねツァイス先生。このゲームには、決まったルールなどないのだよ?」
「…………仰りたいことが、よくわかりませんが」
いよいよツァイスの〝困惑〟は〝不快〟へと変わっていく。
根本的に、ツァイスはギルベルト教頭に全幅の信頼を置いているワケではなかった。
派閥こそ教頭派に属してはいるが、彼からすればそれは体裁に過ぎない。
あえて理由があるとすれば、ギルベルト教頭の方がイルミネ校長よりも自分を高く評価して、多くの権限を与えてくれるからというくらいである。
そもそも、ツァイスはギルベルト教頭を魔導士としてこそ実力を認めているが、この人を煙に巻くような態度と、策を好む狡猾な性格は好きになれなかった。
そんなツァイスの気持ちを知ってか知らずか、ギルベルト教頭は飄々と話を続ける。
「つまりだ、我々が先んじているならば、そんな我々にすり寄ってくる者達もいる――ということなのだよ」
「あの場に、そんな輩がいたと?」
「このギルベルトは、そう判断した。それにだねツァイス先生……一つ尋ねるが――キミが本当に欲しいモノは、〝『精霊』の力〟や〝この学校の権力〟かい?」
「――っ!」
まるで見透かしたようなギルベルト教頭の言葉に、初めてツァイスの険しい表情が崩れる。
「違うのではないかな? こう見えてもね、このギルベルトはキミのことを気にかけているのだ。こちらの思惑通りに事が進めば……キミにとっても悪くない結果になるはずだが」
「……なるほど、それが貴方にとっての〝利益〟ということか。しかし、そんなに上手くいくでしょうか」
「上手くいくとも。……すぐにわかる」
――その時だった。
――――コン、コン
そんな音が、教頭室の中に響く。
誰かが、外から扉をノックしたのだ。
「どうぞ、入りたまえ」
すかさず、ギルベルト教頭は部屋の外の人物を誘う。
――ガチャリと扉が開く。
そして、姿を現したのは――
「…………さっきの話の、続きを聞きに来た」
〝灰色の魔導着〟をまとい、気性が荒そうな顔立ちとツンツンに逆立った金髪をもつ少年。
そう――教頭室を訪ねたのは、『ル・ヴェルジュ魔術学校』の代表生徒の一人、ヴァーノン・アズナヴールであった。
彼の姿を見たギルベルト教頭は、より歪に口の端を吊り上げる。
そして自分以外に聞こえないほどの小声で、
「ほうら……〝橋〟が向こうからやって来てくれましたよ」
新年あけましておめでとうございます。
やや遅くなりましたが、今年もハルバロッジ親子をよろしくお願いします。
年明け一発目の話でハルバロッジ親子が出てこないのは許してください……!
次回のタイトルは『第九十三話 ジーネの実力』です。
次回の投稿は1/13(月)17:00の予定です。




