第八話 双子の娘はパパをパーティに加えたい
「僕が――――"夢"を諦めていない――――?」
彼女達の言葉に、僕は目が点になる。
「はい、お父様は【黒魔導士】の道を諦め切れておりません。だから、まだ黒魔術を愛しているのです」
「い、いや、僕は確かに黒魔術が好きだけど、それとコレとは――!」
そうだ。
僕はとっくの昔に【黒魔導士】を諦めた。
何故なら、セレーナとコロナを育てると決めたから。
だって、"才能がない"と言われたから。
「パパ、自分でも気付いてないでしょ。アタシ達に黒魔術を教えてくれてた時、すっごく楽しそうな顔してたんだよ?」
「私達は、そんなお父様が好きでした。……だから『ハーフェン魔術学校』への入学を決意した時に、二人で決めたのです」
セレーナとコロナは互いの顔を見合って、「せーの」と息を合わせて――
「お父様が、黒魔術を存分に振るえる場所を作ろう、と」
「パパを、【黒魔導士】の冒険者にしよう、って」
僕に向かって、そう言ってくれた。
しばし、茫然とする。
僕は、彼女達の将来を思って『ハーフェン魔術学校』に送り出した。
にも関わらず、彼女達は僕の"夢"のために『ハーフェン魔術学校』へ入ったのだと言う。
これでは、どっちが保護者なのかわからない。
「ですからお父様! 私達と一緒にパーティを組みましょう! そうしましょう!」
「冒険者になって、思いっきり好きなことしようよパパ!」
「ま、待って! 色々と待つんだ! 話の過程が飛んでるから!」
ぐいっと顔を寄せてくる二人を制止し、僕は話を整理しようとする。
「え、え~っと……まずどこから話すべきか……。そもそも、僕は【黒魔導士】にも冒険者にも戻る気はないよ」
「? どうしてですか?」
「? なんで?」
セレーナとコロナは不思議そうに首を傾ける。
「どうして、って……僕はキミ達の父親だ。自分の人生なんかより、二人のことが大事なんだよ。それに僕はもう中年で、冒険者をやるには歳を取り過ぎた」
「お父様よりずっとお年を召されて冒険者をやっている方など、大勢いらっしゃるではありませんか」
セレーナの返しに「うぐっ」と僕は返事に詰まる。
確かに、冒険者の年代は実に幅広い。
実際、昔のパーティーリーダーだったジョッシュは今の僕より年上だった。
「そ、それにだね、キミ達は『ハーフェン魔術学校』の生徒だろう? まだ冒険者にはなれないはずだし、ましてや部外者となんてパーティーを組めないはずだ」
「勿論、学校には許可取ってあるよ? アタシ達【賢者】だから、幾らでも特別措置なんて認めてもらえるもん」
コロナの返しに「むうぅ……!」とまたも返事に詰まる僕。
『ハーフェン魔術学校』の規則はそんなにユルユルなのか?
いや、十七歳の双子【賢者】があまりに異例すぎるだけなんだろうか……
「こ、根本的に! セレーナとコロナが【賢者】だったとしても、僕を加えたら魔導士系三人のパーティになっちゃうだろ!? バランスが悪すぎる!」
通常、冒険者パーティは近中遠のバランスを考えて編成される。
【重装士】【剣士】【弓手】【魔導士】【リーダー&剣士】というのが、最も標準的でバランスが取れたパーティと言えるだろう。
これならどんな場所でどんな敵と出くわしても、上手く対処出来る。
――だから魔導士が三人のパーティなど、通常はありえない。
バランスが悪いというレベルではないのだ。
魔術を詠唱している間に、誰が敵を抑える?
魔術を詠唱している間に、誰が雑魚を蹴散らす?
【黒魔導士】や【白魔導士】は自衛能力が低い。
ましては僕のような弱体化やステータス異常を特技とする【黒魔導士】など、個人の戦闘力は皆無だ。
魔導士のみのパーティなんて、自ら死にに行くようなモノだ。
そう、幾ら彼女達が規格外の【賢者】だったとしても――
「それなら問題ありませんわ。私とコロナが前衛として、お父様をお守りします」
――規格外の【賢者】は、あっさりと僕の心配を跳ね返した。
「任せて~! アタシ身体動かすの好きだし、《リフレクト・シールド》があれば下手な【重装士】より活躍出来ちゃうから!」
「フフ、私は学校で剣技も少々嗜んでおりまして、《サンダー・ブレード》の切れ味はダイヤモンド・ゴーレムを両断致しますの♪」
自慢気にセレーナとコロナは笑う。
説明すると、《リフレクト・シールド》とは相手の攻撃を等倍にして反射し、ダメージを与える白魔術の光属性A級防御魔術。
《サンダー・ブレード》は自在に変化する刀身を魔術で形成し、対象を斬り裂く黒魔術の雷属性B級攻撃魔術だ。
勿論、僕はどっちも使えない魔術である。
前者は白魔術だから専門外だとしても、後者は僕なんかよりずっと格上が使う攻撃魔術だ。
流石は【賢者】の称号を持つ双子。
もはや既存の魔術は白黒問わず発動可能で、前衛としても活躍できるスペックがあるってことか。
父親として鼻が高いなぁ、ハハハ。
――なんて笑っている場合ではない。
「…………」
それでも、と僕は色々と反論しようとした。
娘とパーティを組むという気まずさもあるし、娘に守られるなんて親としては思う所もある。
だが、それ以上に僕を塞き止めたのは――
「……それでも、駄目なんだよ。僕には…………キミ達のような"才能"がないから」
過去のトラウマ。
無能と罵られた記憶。
そして――情けない自分自身への、嫌悪感だった。
「言ったろ? 僕は昔、仲間に才能の無さを咎められて冒険者を引退したんだ。正直に言うと……また冒険者になるのが怖い」
「お父様、それは――」
セレーナが僕の言葉を遮ろうとした。
だが、僕は続ける。
「それだけじゃない。僕は攻撃魔術をほとんど使えないんだ。出来ることと言えば、弱体化やステータス異常だけ。……僕が憧れていたのは、キミ達みたいに攻撃魔術を使える【黒魔導士】だったんだよ」
そうだ。
どうせまた【黒魔導士】を目指したって、結果は変わらない。
所詮は必要とされなくなってくる。
ましてや、彼女達は【賢者】の称号を授かった天才だ。
一介の【黒魔導士】と一緒にいる意味などない。
ただの足手まといになるのが目に見えている。
僕は……愛する娘達にまで失望されるのが、本当の本当に怖い。
「アハハ、みっともない父親でゴメン。でも二人に嫉妬してるワケじゃないんだ。羨ましくはあるけどね。それはわかっておくれ」
「……いいえ、いいえお父様」
セレーナが、首を横に振る。
「それは違います。お父様は、ご自身の認識を間違えているのですわ」
「そうだよ、アタシ達は『ハーフェン魔術学校』で色々見てきて、パパが"やっぱり本当に凄い人"だってわかったんだもん」
コロナが近づいて、僕の左手を握る。
「パパはさ、他の【黒魔導士】と自分を比較したこと、ないでしょ?」
「え? 比較なんてするまでも――」
「攻撃魔術が使えないから、だよね。じゃあさ、"下降支援魔術"はどうかな?」
――言われて、ハッとする。
確かに、僕は今まで下降支援魔術を他者と比較したことはない。
【黒魔導士】の存在意義は攻撃魔術である。
だから比較するならば、"どんな攻撃魔術を使えるのか"という一点になりがちだ。
下降支援魔術を他の【黒魔導士】と比較する――というのは、基本的にしない。
もしそんなことをやっていたら、まず間違いなく"底辺【黒魔導士】"だと思われるだろう。
「……子供の頃、お父様は私達の前で弱体化を実演して見せてくれたことがありましたわね。その時、ステータスを四~五割ほど下げられる、と仰られたはず」
「あ、ああ、それはそうだけど……」
セレーナやコロナがまだ家で魔術を勉強していた頃、当然僕は下降支援魔術に関しても教えた。
何度も言ったが、僕は弱体化やステータス異常だけは一通りの魔術を使える。
だから実際にやって見せたことも多い。
とはいえ下降支援魔術は地味な上に世間から評価されないので、さらっと流す程度に留めておいたのだが……
僕が肯定すると、セレーナはすぅっと息を吸い、
「単刀直入に申します。四~五割ものステータス低下を引き起こす【黒魔導士】は、世界を探してもお父様しかおりません。お父様は才能がないのではなく――――"下降支援魔術に特化した天才"なのですわ」
堂々と、そう言い切った。
――僕は、頭が真っ白になる。
"天才"……?
無能と言われた僕が……?
なにかの聞き間違いじゃないのか……?
「パパは本当に凄いんだよ? アタシ達じゃ、どうやっても相手のステータスを二割下げるのが限界。『ハーフェン魔術学校』の一番偉い先生でも、三割くらいしか下げられないだって」
「で、でもっ、僕は昔、仲間から役立たずだって――!」
思い出すのも嫌だが、あの時僕はコンラルドにハッキリと"才能がない"と言われた。
確かに僕の弱体化は四~五割は敵のステータスを下げていたが、それでも仲間達の役に立っていなかったのだから。
だからずっと、"優秀な【黒魔導士】はもっと強力な下降支援魔術を使える"と、無意識に思っていた。
「お父様を無能扱いしたゴミクz――コホン、冒険者の方々は、あまり経験豊富ではなかったのではありませんか? 何度か【黒魔導士】とパーティを組んでいれば、弱体化の強弱や意義性は体感としてわかるはずです」
「ハッキリ言って、才能がないし無能なのはそっちのメンバーの方だよね。そんな節穴の目を持ってるようなパーティじゃ、パパが抜けた後すぐに全滅してるんじゃないかな」
極めて不快そうに、セレーナとコロナは毒づいた。
そういえば、ジョッシュ達は今頃どうしてるんだろうな。
思い出したくなかったから考えたこともなかったけど……
――皆の顔が、僕の脳裏に浮かび上がってくる。
ジョッシュ、コンラルド、イザベラ、ハミルトン…………
あのパーティをクビになって、もう十七年が経つ。
まさか今になって、しかも育てた双子に、"実は天才だ"と言われるなんて――
「僕は…………」
――セレーナが歩み寄ってきて、僕の右手を優しく握る。
「それにお父様……攻撃魔術が使えないのは、あくまで現状のお話です」
「……? それは、どういうことだ……?」
「ウフフ、お父様でも"高位の攻撃魔術を発動できる方法がある"――と言ったら、どうしますか?」