第八十八話 乱入②
ニッコリとした笑顔で、ル・ヴェルジュとインファランテの代表生徒達に尋ねるギルベルト教頭。
だが勿論、どちらの代表生徒達も極めて訝しげな目で彼を見つめる。
そんな中で、まず初めにダニエラが口を開いた。
「…………失礼、ハーフェンの教頭殿の発言を勘ぐるような真似はしたくないのですが……私達にその情報を開示して、そちらにどんなメリットがあるのでしょう?」
「メリットだなんて、そんな。せっかく来て頂いた"魔術の未来を担う"方々に、少しでも面白い話が出来ればと思っただけですとも。強いてメリットを上げるならば……個人的に、早く全ての『精霊』のお姿を拝見したい、そんな所でしょうかな」
――怪しい。怪しすぎる。
もう胡散臭さが明後日の方向まで振り切っている。
ああ、うん
なんかすごく今更ながらに、イルミネ校長がこの人は信じるなって言った理由がわかる気がする。
もし本当に新たな『精霊』を見つけたのだとしたら、それこそ本当に教える意味なんてない。
ハーフェンにとってもギルベルト教頭自身にとっても、デメリットしかないだろう。
だって教えられたら、そりゃあル・ヴェルジュもインファランテも全力で『ロージアン山脈』に向かうはずだ。
どの学校よりも先んじて、『精霊』に挑み、認めてもらう。
決して簡単な話などではないが、"早い者勝ち"になるのは確実だ。
少しでも長く隠せば隠しただけ、ギルベルト教頭には有利になる。
それこそ、自信があるのならばツァイス先生を向かわせればいいのだ。
いくら"決闘"が控えてるとは言っても、あと数日隠蔽してしまえばいいだけのこと。
それを"バレるかも"と恐れるような御仁ではないはずだ、ギルベルト教頭は。
だが突然、ギルベルト教頭は悩ましいと言わんばかりの素振りをして「しかしですな……」とため息を混じらせる。
「このお話には続きがあるのです。実は――」
ギルベルト教頭がなにかを明かそうとした――――その時である。
――――タタタタタタタタタタダダダダダッ、ズバァンッッッ!!!
部屋の外の廊下――その長い直線を、遠くから誰かが猛ダッシュしてくる音が聞こえたかと思うと――二人の少女らしき人物が校長室の扉を開け、飛び込んできた。
その内の一人は、半泣きで顔を上げると、
「――パパぁ~~~~校長せんせぇ~~~~この子説得してぇ~~~~……(泣)」
僕らに向かって、そう懇願した。
そんな少女は――そう――まごうことなき、僕の娘コロナであった。
突然現れた双子の姉妹を見たセレーナは、
「こ、コロナ!? 貴女、今までなにをして――!? って、あら? その子は……」
「セレ~~ナぁぁぁ……助けてぇ~~~……」
助けを求めてセレーナにも右腕を伸ばすコロナ。
……と、そんな彼女の左腕にがっしりと抱き付く、
「もう離しません! 一生ついていきます、コロナお姉さま!」
桃色の髪をした、可愛らしい……女の子?の姿。
そんな二人の姿を見て、言葉を失う僕ら一同だったけど、
「じ……ジーネ様……!? いったい今までどこに――いや、それよりもなにをしておられるのですか!?」
だが、この場で最も驚いて目を丸くしていたのはノイマンだった。
次いで、インファランテの面々が仰天の表情を見せている。
あ、そういえばコロナに抱き付いている子も、インファランテの薄い桃色の魔導着を身に付けてるな。
同じインファランテの生徒なんだろうか?
そういえば、さっきセレーナが"インファランテの代表生徒は全部で六名"って言ってたけど……
でも確か、いなかったのは"団長"だって言ってたような……
…………い、いや、いやいや。
まさか……そんなまさか……ね……?
「ノイマン! ボクは決めました! ボクはコロナお姉さまの弟分として、一生付いていくって!」
「は……!? あ、あの、それはどういう意味で……!? 話が上手く呑み込めないのですが……!?」
明らかに困惑するノイマン。
うん、わかるぞその気持ち。
僕もさっぱり状況が呑み込めない。
全然脳内で情報が整理出来ない。
これは僕が知能指数が低下したせいじゃないと信じたい。
あ~もう、ダニエラとヴァーノンに至っては目を丸くして口をポカンとさせているし……
――――だが、そんな空気の中でギルベルト教頭は「ふーむ」と顎に手を当てて唸り、
「おやおや、すっかり話の腰が折れてしまいましたな。……まあ、"主役"の二人と皆様が顔合わせ出来たことですし、そろそろお開きにしてはどうですかな、イルミネ校長?」
「んお? えっ、あ、ああ、そうじゃな。それでは面会はここまでにしておこうかの。セレーナや、皆様を客人用の部屋まで案内しておくれ」
ついでに、そこでこのゴタゴタを整理して、後でわかりやすく聞かせてくれると嬉しいのじゃが……、と眉間を指で抑えながら言うイルミネ校長。
それを聞いたセレーナも「わ、わかりましたわ」とやや困り気に、皆の先導を始める。
勿論コロナと、その腕から離れない少女?も連れて。
だがダニエラ達がソファから立ち上がった時、
「では、このギルベルトはもうしばしイルミネ校長とお話がありますので。
……各校代表生徒の皆様方、もし先程の話の続きに興味がありましたら……ぜひ教頭室へお越しくださいませ」
ニヤリと笑って、そんな言葉を言い残す。
そんな台詞を聞いて、緩み切っていた皆の顔が一瞬鋭さを取り戻した。
――――ギルベルト教頭の言葉を最後に、イルミネ校長とギルベルト教頭以外の全員は校長室を後にする。
僕は彼ら二人がこの後どんな会話をするのか興味はあったが、その反面で校内の政治劇に必要以上に踏み込むことも躊躇われたため、意識的に気にしないようにしたのだった。
……この時の怪しすぎる発言が、後に波乱を巻き起こすことになるとは――まだ誰も知る由もない。
次回のタイトルは『第八十九話 校長と教頭』です。
次回の投稿は12/23(月)17:00の予定です。




