第八十六話 乱入
その後、イルミネ校長や僕らはダニエラ達の質疑応答に答えたりして時間を過ごした。
もちろん話の内容は『精霊』にまつわるモノがほとんどだったから、答えられないことや、そもそも僕らだってまだ知らないことも多かった。
……まあ正直、イルミネ校長も意図的に隠している部分は多かったけど。
そりゃあライバル校に対してなんでも明け透けに話していい内容じゃないからねぇ。
だけど――個人的には、他校の生徒との意見交流の場みたいで少し楽しいかも、なんて思ったり。
魔導士が他の魔導士と、魔術まつわる話で真剣に盛り上がる。
好きだなぁ、こういう空気。
……ハーフェンの教員となった今では、立場ってモノも考えなくちゃならないけど……やっぱり僕は、そういうのは性に合わない。
好きなことを好きなだけやっている時が、一番楽しい。
いつかセレーナとコロナにも言われたっけ。
"魔術を教えている時、凄く楽しそうな顔をしていた"って。
いやはや、いくら歳をとっても変われないな、コレは。
「――さて、話すべきことは話したかのう。無論、話さぬこと話しておらぬが。お主達もまだ聞きたいことはあるか?」
イルミネ校長がル・ヴェルジュとインファランテの代表達に尋ねる。
そんな問いに対し、ダニエラ達は一様に首を横に振り、
「いえ、十分です。なにぶん『精霊』は未知の存在ですから、結局彼らの細かい調査はこれからということですね。……ですが当然、我々も独自に『精霊』の調査を始めます。今回はたまたまハーフェンがダンジョン内で《精霊の遺跡》を発見しましたが――その存在が世界全土に散っている可能性がある以上、私達でも見つけられる可能性がある」
「フフフ、無論の話よ。そうであってもらわねば、張り合いがないというものじゃ。しかし、太古より存在していたのに"未知"というのも、おかしな話じゃがな。どれどれ、今日はもうお開きに――」
世界三大魔術学校の面会も、もう終わり。
そんな空気になった――――その時だった。
――――コン、コン
そんな、校長室の扉を外側からノックする音が響く。
「む? 誰じゃ、妾は今は客人との面会中で――」
『――おやおや、つれないことを仰いますなぁ、校長先生』
扉の向こうから聞こえてきたのは、年老いた男性の声。
そしてイルミネ校長の許可も下りないまま、扉がギイっと開けられる。
「酷いじゃあないですか。せっかく世界三大魔術学校の代表達が集うというのに、『ハーフェン魔術学校』の"教頭"であるこのギルベルト・ブッシュネルをお呼び頂けないなんて」
扉の向こうから現れたのは――細身で白髪頭の、老齢な男性。
年齢はおよそ五十~六十歳ほど。どこかで見たような紅いローブをまとっており、小綺麗な身なりは"官僚魔導士"とでも表現できようか。
一見すると温和で優しそうな印象を受ける、糸目の老紳士的な顔立ちをしているが――
僕はこの人を、少しだけ知っている。
僕の知る限り――この人は、"イルミネ校長の敵"だ。
校長室に入ってきた彼の顔を拝むなり、イルミネ校長の表情が途端に不機嫌になる。
「……ギルベルトぉ~……一体なんの用じゃ。この大事な面会に、貴様を招待した覚えはないぞ」
「はっはっは、確かに招かれてはおりませんな。ですが私も教頭という責任ある立場の人間。かのル・ヴェルジュとインファランテの代表の皆様にご挨拶の一つもないのでは、それこそ我が校の礼儀を疑われてしまいましょう」
ギルベルト教頭はツカツカと部屋の中に入ってくる。
この人が、『ハーフェン魔術学校』内部の水面下でイルミネ校長と派閥争いをしている人物、ギルベルト・ブッシュネル教頭先生だ。
僕もハーフェンの教師となってから数えるほどしか会ってはいないが、敵対派閥に属する僕にも意外と親切にしてくれる。
性格も気さくな感じだし、悪い人――って印象は、今の所はないんだけど……
でも、イルミネ校長は「彼奴だけは、ぜ~~~~ったいに信用するでないぞ!」と度々僕に念を押してくる。
セレーナやコロナも、あまり好ましくは思っていないらしい。
まあツァイス先生が教頭派に属してるっていうのもあるんだろうけど。
ともかく、注意すべき人物であることは間違いないのだろう。
ギルベルト教頭は代表生徒達に向かって一礼すると、
「初めまして、『ル・ヴェルジュ魔術学校』及び『インファランテ魔術学校』の代表生徒の皆様。私はギルベルト・ブッシュネル。このハーフェンにて教頭を務めております。此度は貴方方のような未来ある魔導士に会えて光栄の限り。
……さて、皆様は"決闘"をご覧になられにきたのでしょう? せっかくこの場にハルバロッジ先生がおられるのですから――"もう一人の主役"も、お見せしようではありませんか」
次回のタイトルは『第八十七話 情報』です。
次回の投稿は12/16(月)17:00の予定です。
まだ詳しくはわかりませんが、書籍版が多くの方に手に取ってもらえているようで感謝です!