第八十話 決めました!
「え?」
「コロナお姉さまが……本当に羨ましいです。ボクは周りが自由にさせてくれないからって言い訳して、自分で自分の生き方を考えようとしなかった。本当の"自由"とは、縛られずに生きるという意味ではなく、意志を持って人生を歩むことなんですね」
そう言って、ジーネはゆっくりと立ち上がる。
――もう陽も沈む。
彼女は、そんな沈みかけの真っ赤な空を茫然と眺めた。
「……どうしてコロナお姉さまが【賢者】になれたのか、わかる気がします。魔術の才能とか魔力の量とか、そんなモノじゃない。
好きなことを好きなだけ、好きな人と、好きな人のためにやれたから――お姉さまは"お姉さま"になれたのだと……」
「そ、そんな大したモノじゃないよ。アタシはただ――」
「ええ、わかっています。"お父様のために"ですよね。でも、その原動力は確かにボクにはなかったモノです。
……なんだか、少し心がスッとした気がします。インファランテでは、コロナお姉さまみたいに諭してくれる人はいませんでした。皆、"ジーネ様はこうされるべきです"とか"ジーネ様はお立場を理解しなくては"と言って、使命感や体面だけを気にしてばかりで。
誰かになにかを押し付けるではなく、ただ"自分はこう思う"って意志を尊重して話してくれたのは、コロナお姉さまが初めてです。
……ボクがお姉さまみたいになれるかは、自信がありません。でもボクも、なにか意志を持ってみたいと思うんです」
そう言って、穏やかな笑みを浮かべるジーネ。
それを聞いて、アタシも少し嬉しくなる。
「そうそう、その意気だよ! 難しく考えることなんてないんだからさ! 気楽にいこうよ~」
「アハハ、ありがとうございます。……そうですね、だから――――」
そう言うと、ジーネはアタシの両手をガシッと握る。
そして目をキラキラと輝かせながら、
「だから――まずは、コロナお姉さまのために生きてみようと思うんです!」
「………………え?」
一瞬、アタシは目が点になった。
何度か目をぱちくりさせて、停止した頭を再起動させる。
「ボクは、コロナお姉さまに憧れてしまいました! お姉さまのようになるために、ボクも誰かのために生きてみようと思うんです!」
「う、う~ん……それは良いコトだけどぉ、なにもアタシのためじゃなくても……。それにホラ、アタシにはパパがいるからぁ……」
「いえ、お姉さまが良いんです! "お父様を愛するコロナお姉さま"が良いのです!」
これ以上ないってほどの羨望の眼差しを向けてくるジーネ。
ありゃりゃ、これはまいったぞ……?
憧れてくれるのは悪い気はしないけど、ここまで入れ込まれちゃうとは……
オマケに"お父様を愛するコロナお姉さまが良い"って言われちゃうと、逃げ道を封じられた感まであるし……
でも、まあ、う~ん……
可愛い妹分だし、邪険にすることはないよねぇ。
生きる意義を見出すのも大事なことだし。
胸張って言っちゃった手前、ここは責任を持とう!
ただし――
「よ、よ~し、【賢者】に二言はないんだから! このアタシにどーんと人生を預けてみなよ!」
「ハイ! ありがとうございます!」
「ただし――ジーネがアタシのために生きるのは、ジーネのハーフェン滞在期間、つまりパパの"決闘"が終わるまでだよ。その間に、もうちょっと違う生き方を見つけてごらん?」
「え……? そ、そんな! ボクはこれからずっとコロナお姉さまのために――!」
「アタシと姉妹は、"決闘"が終わったらまたパパと3人で冒険に出るんだ。残りの【精霊】を探すためにね。コレは、アタシ達家族にとって一番大事で、水入らずの時間。いくらジーネが可愛い妹分でも、邪魔はさせられないよ」
アタシが言うと、ジーネはぐっと押し黙る。
可哀想だとは思うけど、これだけは譲れない。
「大丈夫だよ。インファランテの他の生徒には、アタシからも説明してあげる」
「…………わ、わかりました……でも、"決闘"までの四日間は、全力でお姉さまのために生きてみせます! そうすれば……こんなボクでも、なにか大事なことを見つけられる気がするんです」
ジーネはしゅんとした様子で言うけど、同時に少しだけ声に希望を宿らせる。
そして、アタシを見つめると
「でも、コロナお姉さまにひとつだけお願いがあります」
「む、なになに? 言うてみ~?」
「はい。その……どうかボクのことは――――"妹分"ではなく、"弟分"として見て頂きたいのです!」
「あっはっは、なんだそんなことかぁ。そんなのお安い御用――
…………待って、今なんて?」
アタシは我が耳を疑った。
たぶん聞き間違いだろうと。
けど、
「ですから、ボクのことは"妹分"ではなく、"弟分"として見てほしいと。だってボクは正真正銘、立派な男の子ですから!」
「……
…………
………………な……な、ななな………なにいいいいいいぃぃぃ~~~~っ!?!?!?!?」
アタシの絶句が、夕焼け空に木霊する。
この日、アタシは生涯最大のショックを受けたのだった。




