第七話 双子の娘はパパが大好きです
帰省した愛娘達を古書堂の中、つまり家の中に迎え入れた僕は、彼女達とリビングのテーブルを挟んで向かい合っていた。
あ、ちなみにデイモンドさんは「親子水入らずの時間は邪魔出来ねえよ」と言って帰っていった。
「やっぱり落ち着くなぁ~。我が家が一番だよ~」
コロナはテーブルにぐだ~っと身体を預け、だらだらする。
二年経っても、彼女のこういう子供っぽい部分は変わっていないようだ。
「ちょっとコロナ、だらしないですわよ。久しぶりのお父様の前ですのに」
そんなコロナに対し、ピシャリと背筋を伸ばして椅子に座るセレーナが窘める。
彼女の大人っぽい部分も、変わっていない。
彼女達は『ハーフェン魔術学校』のローブをまとっており、入学当初よりもずっと魔導士らしい雰囲気を身に付けている。
服装はある程度自由が認められているのか、二人ともローブのデザインが違う。
セレーナはピシッとした如何にもな形状のローブ。
コロナはゆるふわなで着心地が良さそうなローブ。
こんな所にも、二人の性格が表れている感じだ。
……それにしても、彼女達のこんなやり取りを、もう二年ぶりに見た。
やっぱり、姉妹は変わらないモノなんだな。
僕は親として安心感を覚える。
「けれど確かに……ウフフ、懐かしい感じがしますわね。お父様も息災なご様子で、なによりです♪」
「あ、ああ。セレーナとコロナも、元気そうで良かったよ」
セレーナも二年ぶりの実家がとても癒されるようで、ニコニコとした笑顔を見せてくれる。
対して僕は、
「し、しかしなぁ……」
テーブルに置かれた二枚の証明書に、視線を落とす。
――【賢者】。
あらゆる黒魔術と白魔術を会得し、その全てを扱える最高位魔導士のみが名乗ることを許される称号。
だが魔術史上【賢者】は極めて数が少なく、その全ての者が伝説的な魔導士として英雄視されている。
さらに『ハーフェン魔術学校』が公式に【賢者】として認め、証明書を発行したのは、確か二百年前が最後だったか。
僕が本で読んだ記憶が間違っていなければ。
ましてや、セレーナとコロナはまだ十七歳。
年齢的な若さから考えても、歴史的快挙と言っていいだろう。
……正直に言えば、信じ難い。
確かに、彼女達は天才だと思う。
学年主席で入学した事実もある。
十歳にして親の僕を超えたのを、僕自身が目の当たりにした。
親として、娘を疑うことはしたくない。
だがあまりにも突拍子もないというか、異常とも言える事態に僕は困惑を隠せなかった。
いや、だってだよ?
空を飛んで帰省してきた双子の娘が「私達【賢者】になりました」って言うんだよ?
そんなの我が耳を疑うでしょ、普通。
「いやはや、どこから聞けばいいのか……。とにかく二人は、本当に【賢者】になったのかい?」
「モチのロンだよ~。パパのために頑張ったんだから」
「ええ、私達は『ハーフェン魔術学校』が認める公認の【賢者】となりました。全てはお父様のために♪」
セレーナとコロナは堂々と言い切る。
……"僕のために"ってのは、どういうことなんだ……?
ますますもって意味がわからない。
「……コレが、僕に知らせたいことだったんだね?」
「そうですわ。……信じて、下さいませんか?」
セレーナが、どこか不安そうな表情で聞いてくる。
そうか……大人びて聡明な彼女のことだ。
自分達のような歳若い娘が【賢者】になったことの異常性を、自覚しているのかもしれない。
僕はテーブルの上で両手を握り、
「――いや、いいや、信じるさ。愛娘の言うことを信じない親がいるかい。それに、こうして証拠を見せられてしまったらね……」
「じゃあさ! じゃあさ! うんと褒めてくれるよね、パパ!?」
コロナがガバっと起き上がり、目をキラキラと輝かせる。
――凄いぞ。本当に凄い。
僕は言おうとした。愛する娘をたくさん褒めようとした。
だけど、
「…………う……うぅ……」
言葉よりも先に――目から"涙"が零れ落ちてしまった。
「あ、アレ? パパ、どうしたの……?」
「お、お父様……!?」
驚いた様子で、二人が僕を心配してくれる。
そりゃあ、目の前で父親が泣き出したらビックリしちゃうよな。
「いや、すまないね……違うんだ……本当は、キミ達を褒めたくて……でもそれ以上に、嬉しくてさ……」
僕は眼鏡を外して、両目を手で擦る。
「……バカな親の話だと思って、聞いてくれるかい?」
そして娘達の顔も直視できないまま、話を始める。
本当は自分の感情など押し殺し、子供の大いなる成長と躍進を褒め称えなければならない。
それが親の役目だ。
でも――なんだか色々な想いが、溢れ出てしまった。
「……いつか、こんな昔話をしたことがあったかな。
僕はね、若い頃は【黒魔導士】になりたかったんだ。いや、実際に【黒魔導士】として冒険者パーティに所属したこともあった。でも、才能がないって仲間に追い出されちゃってさ。すぐに引退したんだよ。それで……僕は"夢"を諦めてしまったんだ」
「…………」
「…………」
セレーナもコロナも、真剣な表情で僕の話を聞いてくれる。
本当に、出来た娘達だ。
「それでも、僕にはセレーナとコロナがいてくれた。キミ達がいたから、僕は夢を諦めても前に進むことが出来たんだ。
だけど、二人に魔術を教えたのは、決して僕の過去を押し付けたかったからじゃない。初めはただなんとなく教えてたけど、面白がって聞いてくれるのが嬉しくて」
――そう、ジョッシュ達のパーティを追い出された夜、彼女達と出会えたから、僕はまた前を向けた。
"この子達を幸せにしてみせる"って、新しい目標を持つことが出来た。
そうして育てた娘達が魔術に興味を持ってくれたことは、本当に嬉しかった。
「そんなキミ達が、僕の娘が、【賢者】となって僕の下に帰ってきてくれた。
……僕が諦めてしまった"夢"を、セレーナとコロナが果たしてくれた想いなんだ。いや、それ以上だろう。【賢者】なんて、僕は目標にすることすらしなかった。
――だから、だからね、嬉しいんだ。本当に嬉しい。これ以上ないってくらい、二人を褒めてあげたい。
だけど、"すまない"って気持ちもあるんだよ。もしかしたら無意識の内に、自分の"夢"を押し付けてしまっていたんじゃないかって……
……ハハ、僕は一体、なにを言いたいんだろうな……」
「お父様、それ以上言わないで下さいませ」
「わかってる。だから良いんだよ、パパ」
セレーナとコロナはゆっくりと席を立ち、僕の隣へと歩いてくる。
そして僕は、二人に左右からぎゅっと抱き締められた。
「私達は、お父様に無理矢理"夢"を継がされたなどと思っておりません。魔術を学んだのも、【賢者】となったのも、あくまで私達自身の意志なのです」
「だからパパ、自分を責めないで。アタシ達は、優しくて、楽しそうに魔術を教えてくれる、そんなパパが大好きだよ」
――そう、僕は心の片隅で、ずっと不安に思っていた。
もしかしたら、"夢を持てるように"と育てたはずなのに、僕の興味本位が夢を強いてしまったのではないかと。
僕は、魔術を教えない方が良かったのではないかと。
でも、今日この瞬間、その不安は払拭された。
……しかし、まだ十七歳の娘に励まされたのでは、父親失格だなぁ。
僕は急に自分が恥ずかしくなってしまった。
「ああ……ありがとう。ゴメンよ、情けない父親で」
「とんでもありませんわ。お父様は世界で一番の父親です。お父様以外の父親なんて、私達には考えられません」
「そうだよ~。パパは最高なんだから! ウリウリ~!」
コロナは大きな胸を、僕の顔面に押し付けてくる。
男としては気恥ずかしいけど、今は父として、娘の無邪気さが温かく感じる。
「――けれどお父様……先程の発言で、一部訂正して頂きたい部分がありますわ」
「え?」
セレーナが言うと、二人は僕から離れる。
二人は柔らかな笑顔のまま、
「えへへ、パパはちょっとだけ"ウソ"をついてるよ」
「お父様は――――"夢"を諦めてなどおりませんわ」