第七十七話 なんのために生きてるの?②
ジーネは桃色の魔導着をぎゅっと掴み、口を開く。
「……インファランテの校訓は"魔術は世に広まるべきであり、多くの人々に共有されるべき"という、根幹に平等主義があるというのはご存知ですか?」
「それはまあ、知ってるけど……」
「この思想に賛同する方々は、たしかに多く存在します。実際、有用な魔術が編み出されればいち早く共有されますし、お家芸などと称される白魔術に関してはハーフェンやル・ヴェルジュよりも優れている……のかもしれません。だからインファランテは、世界三大魔術学校の中でも最大規模にまで膨れ上がったのです」
あ~、そういえば昔パパが言ってたかも。
白魔術は冒険者にとってありがたい魔術だし、確実に貢献できる。
だから【白魔導士】は人気職で、どうせならそっちを目指した方がいいんじゃないかな、って。
インファランテ出身者に優れた【白魔導士】が多いのはハーフェンでもよく耳にするし、インファランテで編み出されて世界中に広められた魔術のいくつかはアタシも勉強した。
魔術を世のため人のため――――それは良いコト、な気がするけど……
「……ジーネは、インファランテの考え方が嫌いなの?」
「いえ、決してそういうワケじゃないんですが…………コロナお姉さまは、どう思います? インファランテの思想を」
逆に聞き返されて、キョトンとしてしまう。
「え? どうって……う~ん……正直、あんまり興味ないっていうか……」
アタシはパパのために魔術を学んで、パパのために【賢者】になったからなぁ。
もし自分自身の立場で考えたら、"魔術を社会貢献のために"なんて言われてもピンとこないし、めんどくさいな~って思っちゃうかも。
こんなこと言うとパパは怒るだろうけど……社会貢献とパパのどっちを取るかって聞かれたら、アタシは絶対パパを選ぶよ。
そんな風に思ったアタシの答えに対して、
「そう、ソレなんです」
若干のため息を含ませながら、ジーネは肯定する。
「大半の魔導士には、インファランテの思想は素晴らしいモノに聞こえるでしょう。ですが……"本当に優れた魔導士"にとっては、それはどうでもいいことなのです。むしろ煩わしく感じてしまうかもしれません」
「つまり……"天才"が生まれないってこと?」
コクリ、と無言のままジーネは頷いた。
「規模の大きな学校ですから、優秀な者は多く在籍しています。けれど先天的に飛び抜けた才能を持つ者の入学は言わずもがな、後天的な天才ですらも誕生し難いのが今のインファランテなのです。新しい魔術の発見や才能の開花があっても、それは"『インファランテ魔術学校』の成果"とされてしまうのですから」
「全体主義の弊害ってヤツ? 優秀な魔導士ほどフツーはプライドが高くなるのに、学校がそれじゃあねぇ……」
「ええ……だから世界三大魔術学校の中で、最も【賢者】の輩出が少ない。だから、ハーフェンやル・ヴェルジュと比べて"格下"と扱われる。けれど長い歴史がある校訓をいきなり変えるワケにもいかない。今、インファランテはそんなジレンマに悩まされています。
……そんな中で、僕は"希望の星"なんて言われてしまっているんです」




