第七十六話 なんのために生きてるの?①
「はいコレ、飲めば落ち着くよ?」
傾斜した草むら座るジーネに、屋台で買ってきたハチミツ入りハーブティーを手渡す。
カップに入ったハーブティーは温かくて、ほのかに立ち上る湯気からはハチミツとハーブの甘く爽やかな香りが鼻をかすめる。
「あ、ありがとうございます……」
「ココはハーフェンでもあんまり人が来ない場所なの。見つかる心配はしなくていいから」
時計台から離れたアタシとジーネは、ハーフェン敷地内から一歩外に出た平原へと来ていた。
ハーフェンは学校――というか街全体が城壁で覆われているため、基本的に住人の生活は壁の中で完結している。
壁の外にあるのはハーフェンへ入る門と道、それ以外は平原と草むらしかない。
だから学生達を含めた住人達は、あまり壁の外周に興味がないんだよね。
門へ続く道から少し逸れれば、そこはそよ風が心地良い静かな場所。
アタシやセレーナは、ホラ、校内だと有名人だからさ?
どこ行っても目立っちゃうし、たまには静かな場所で息抜きしたくなることもあるんだよねぇ。
かと言って、ずっと部屋の中に引き篭もってるのもイヤだし?
ジーネはハーブティーを一口飲むと、
「甘い……それに良い香りがします」
「アタシ、この匂い好きなんだよね。心がぽかぽかする感じがしてさ」
そう言って、アタシもハーブティーを飲む。
――時刻は、そろそろ夕方に差し掛かる。
陽は沈みかけて赤く染まり、昼間とは感触の異なる風がざあっと草を撫でる。
「……ジーネは、どうしてそんなにあの人達と会うのがイヤなの? ハーフェンまでは一緒に来たんでしょ?」
「それは……そうですが……」
ハーブティーの入ったカップをきゅっと握るジーネ。
そんなに言い難いことなのか、それとも言ったら不味いことなのか――
でも……なんだか我慢してるみたいで、辛そう。
「言いたくないなら――ううん、言えないようなことなら、無理に言わなくてもいいんだけどさ……言ったら、少しは気持ちも楽になるかもよ?」
「で、ですが……コロナお姉さまに、これ以上迷惑をかけたくなくて……」
「む、失礼な。もし迷惑だと思うなら、最初からハッキリそう言ってるよ。アタシのことは気にしなくてい~の」
わしゃわしゃ、と彼女の桃色の髪を撫でてあげる。
「全く、アタシを誰だと思ってるの? 【伝説の双子の大賢者】の片割れにして、かのエルカン・ハルバロッジの自慢の娘だよ? 妹分の悩み一つ聞いてあげられないでどうするのさ!」
「あ、ありがとうございます……ですが、あの、ボクは――」
――ジーネがなにか言いかけた時、アタシはぴたりと手の動きを止める。
そして、ゆっくりと彼女の髪から手を放した。
「……コロナお姉さま?」
「…………な~んてね。パパやセレーナにべったりのアタシがこんなこと言っても、説得力ないかもだけどさ……。――よし! それじゃあ先に、アタシの悩みをジーネに聞いてもらうことにするよ!」
「コロナお姉さまの悩み、ですか……?」
「そう! お互いに悩み――っていうか"秘密"を聞かせあって、交換こするの! そうすればジーネも話しやすくなるでしょ?」
アタシがそう言ってあげると、彼女はぎょっとした顔で両手をブンブンと振る。
「そっ、そんなの聞けませんよ! コロナお姉さまは【伝説の双子の大賢者】で、ハーフェンの代表者じゃないですか! それに魔術史に名を残すようなお方で……! そんな人の秘密を、部外者のボクが聞くワケには――!」
「知~らない♪」
ぐっとハーブティーを飲み干すと、アタシはカップを置いて立ち上がる。
そして紅い陽を背にして、ジーネの前で身を屈めた。
「どーでもいいんだ、アタシには。ハーフェンの代表とか魔術史に名前が残るとか、ぜ~んぶどうでもいい。アタシはね、"家族"がいてくれればそれで十分なんだ。パパと一緒にいて、セレーナとも一緒に歩いて、三人で笑い合って……そうしていつかパパの"夢"を叶えることが出来たら、あとはなにもいらない。それがアタシにとっての"生きる意味"なんだ」
「生きる……意味……?」
――そうだ。
それがアタシにとっての、アタシが生きる意味。
捨て子として死ぬはずだった子供の、全力のわがまま。
【雷の精霊】と会う前も、会った後も、それは変わらない。
どんな怖いヤツが現れたって、アタシは挫けたりしない。
きっとセレーナも同じことを言う。
パパのために――
そして、パパがいてくれるからだ――って。
「でね、でね! アタシの秘密っていうのは、パパが大好きだってこと! いつかパパのお嫁さんになるつもりなんだ! パパには止められてるけど、諦めるなんて無理! だって好きなんだもん! 愛してるんだもん!」
「こ、コロナお姉さまは、御父上を好いているのですか……?」
「そうだよ! アタシは世界で一番パパのことが好き! いつか必ず、パパのハートを掴んでみせるんだから! 結婚式は超特大&ド派手な感じにして、ハーフェンの時計台をウェディングチャペル代わりに使って、全生徒にラブラブっぷりを見せつけてやるもんね!」
グッと握りこぶしを作って、堂々と言い張る。
――決まった! アタシの"パパと絶対添い遂げる宣言"……!
カッコいい&可愛いぞアタシ!
ここにセレーナもいれば完璧だったのに!
あ、でもどっちがパパの正妻になるのかで喧嘩が始まっちゃうな。
正直二人揃って正妻にしてほしいくらいだけど、そこはいつかセレーナと白黒ハッキリさせねば……
むむむ……と悩むアタシだけど、
「――ぷっ、アハハハハ!」
突然ジーネが大声で笑い出して、アタシの考えは途切れてしまった。
「御父上と添い遂げたいだなんて、コロナお姉さまは凄い人です。それに御父上のこと以外は、全てどうでもいいだなんて…………その"自由さ"が本当に羨ましくて……眩しいなぁ」
ジーネもぐいっとハーブティーを飲み干すと、
「……ありがとうございます、コロナお姉さま。それだけの秘密と想いを聞かせてもらって、ボクがなにも言わないのでは、あまりにも失礼ですよね」
「それじゃあ――!」
「ええ……どうか、ボクの話を聞いて頂けませんか?」




