表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

77/95

第七十六話 なんのために生きてるの?①


「はいコレ、飲めば落ち着くよ?」


 傾斜した草むら座るジーネに、屋台で買ってきたハチミツ入りハーブティーを手渡す。

 カップに入ったハーブティーは温かくて、ほのかに立ち上る湯気からはハチミツとハーブ(レモンバーム)の甘く爽やかな香りが鼻をかすめる。


「あ、ありがとうございます……」

「ココはハーフェンでもあんまり人が来ない場所なの。見つかる心配はしなくていいから」


 時計台から離れたアタシとジーネは、ハーフェン敷地内から一歩外に出た平原へと来ていた。

 ハーフェンは学校――というか街全体が城壁で覆われているため、基本的に住人の生活は壁の中で完結している。

 壁の外にあるのはハーフェンへ入る門と道、それ以外は平原と草むらしかない。

 だから学生達を含めた住人達は、あまり壁の外周に興味がないんだよね。


 門へ続く道から少し逸れれば、そこはそよ風が心地良い静かな場所。


 アタシやセレーナは、ホラ、校内だと有名人だからさ?

 どこ行っても目立っちゃうし、たまには静かな場所で息抜きしたくなることもあるんだよねぇ。

 かと言って、ずっと部屋の中に引き篭もってるのもイヤだし?


 ジーネはハーブティーを一口飲むと、


「甘い……それに良い香りがします」

「アタシ、この匂い好きなんだよね。心がぽかぽかする感じがしてさ」


 そう言って、アタシもハーブティーを飲む。


 ――時刻は、そろそろ夕方に差し掛かる。

 陽は沈みかけて赤く染まり、昼間とは感触の異なる風がざあっと草を撫でる。


「……ジーネは、どうしてそんなにあの人達と会うのがイヤなの? ハーフェンまでは一緒に来たんでしょ?」

「それは……そうですが……」


 ハーブティーの入ったカップをきゅっと握るジーネ。

 そんなに言い難いことなのか、それとも言ったら不味いこと(・・・・・)なのか――

 でも……なんだか我慢してるみたいで、辛そう。


「言いたくないなら――ううん、言えないようなことなら、無理に言わなくてもいいんだけどさ……言ったら、少しは気持ちも楽になるかもよ?」

「で、ですが……コロナお姉さまに、これ以上迷惑をかけたくなくて……」

「む、失礼な。もし迷惑だと思うなら、最初からハッキリそう言ってるよ。アタシのことは気にしなくてい~の」


 わしゃわしゃ、と彼女の桃色の髪を撫でてあげる。


「全く、アタシを誰だと思ってるの? 【伝説の双子の大賢者】の片割れにして、かのエルカン・ハルバロッジの自慢の娘だよ? 妹分の悩み一つ聞いてあげられないでどうするのさ!」

「あ、ありがとうございます……ですが、あの、ボクは――」


 ――ジーネがなにか言いかけた時、アタシはぴたりと手の動きを止める。

 そして、ゆっくりと彼女の髪から手を放した。


「……コロナお姉さま?」

「…………な~んてね。パパやセレーナにべったりのアタシがこんなこと言っても、説得力ないかもだけどさ……。――よし! それじゃあ先に、アタシの悩みをジーネに聞いてもらうことにするよ!」

「コロナお姉さまの悩み、ですか……?」

「そう! お互いに悩み――っていうか"秘密"を聞かせあって、交換こ(・・・)するの! そうすればジーネも話しやすくなるでしょ?」


 アタシがそう言ってあげると、彼女はぎょっとした顔で両手をブンブンと振る。


「そっ、そんなの聞けませんよ! コロナお姉さまは【伝説の双子の大賢者】で、ハーフェンの代表者じゃないですか! それに魔術史に名を残すようなお方で……! そんな人の秘密を、部外者のボクが聞くワケには――!」

「知~らない♪」


 ぐっとハーブティーを飲み干すと、アタシはカップを置いて立ち上がる。

 そして紅い陽を背にして、ジーネの前で身を屈めた。


「どーでもいいんだ、アタシには。ハーフェンの代表とか魔術史に名前が残るとか、ぜ~んぶどうでもいい(・・・・・・)。アタシはね、"家族"がいてくれればそれで十分なんだ。パパと一緒にいて、セレーナとも一緒に歩いて、三人で笑い合って……そうしていつかパパの"夢"を叶えることが出来たら、あとはなにもいらない。それがアタシにとっての"生きる意味"なんだ」

「生きる……意味……?」


 ――そうだ。

 それがアタシにとっての、アタシが生きる意味。

 捨て子として死ぬはずだった子供の、全力のわがまま。


 【雷の精霊(ファラド)】と会う前も、会った後も、それは変わらない。

 どんな怖いヤツが現れたって、アタシは挫けたりしない。

 きっとセレーナも同じことを言う。


 パパのために――

 そして、パパがいてくれるからだ――って。


「でね、でね! アタシの秘密っていうのは、パパが大好きだってこと! いつかパパのお嫁さんになるつもりなんだ! パパには止められてるけど、諦めるなんて無理! だって好きなんだもん! 愛してるんだもん!」

「こ、コロナお姉さまは、御父上を好いているのですか……?」

「そうだよ! アタシは世界で一番パパのことが好き! いつか必ず、パパのハートを掴んでみせるんだから! 結婚式は超特大&ド派手な感じにして、ハーフェンの時計台をウェディングチャペル代わりに使って、全生徒にラブラブっぷりを見せつけてやるもんね!」


 グッと握りこぶしを作って、堂々と言い張る。


 ――決まった! アタシの"パパと絶対添い遂げる宣言"……!

 カッコいい&可愛いぞアタシ!

 ここにセレーナもいれば完璧だったのに!


 あ、でもどっちがパパの正妻(・・)になるのかで喧嘩が始まっちゃうな。

 正直二人揃って正妻にしてほしいくらいだけど、そこはいつかセレーナと白黒ハッキリさせねば……


 むむむ……と悩むアタシだけど、


「――ぷっ、アハハハハ!」


 突然ジーネが大声で笑い出して、アタシの考えは途切れてしまった。


「御父上と添い遂げたいだなんて、コロナお姉さまは凄い人です。それに御父上のこと以外は、全てどうでもいいだなんて…………その"自由さ"が本当に羨ましくて……眩しいなぁ」


 ジーネもぐいっとハーブティーを飲み干すと、


「……ありがとうございます、コロナお姉さま。それだけの秘密と想いを聞かせてもらって、ボクがなにも言わないのでは、あまりにも失礼ですよね」

「それじゃあ――!」

「ええ……どうか、ボクの話を聞いて頂けませんか?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 捨て子が賢者になっとる以上 血筋や家柄誇ってる輩は心中穏やかじゃ無いんじゃ?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ