第七十三話 コロナとジーネ
「あ~あ、つまんないの~。どうしてアタシが"出迎え"なんてしなくちゃならないのさぁ~」
パパやセレーナと別れたアタシは、頭の後ろで手を組みながら商店街の裏路地を歩いていた。
大通りから少し離れた場所だから人の姿も全然なくて、遠くでガヤガヤと賑わう声だけが聞こえてくる。
なんでアタシがそんな場所を歩いてるのかと言うと、ここが近道だから。
これから向かう場所へは大通りからでも行けるんだけど、ちょっと遠回りになっちゃうんだよね。
もうハーフェンに二年もいるワケだからこういう道もよく知ってるし、それにエリート校の敷地内だから治安の悪さとかないし?
基本的にハーフェンの裏路地は、ただ薄暗いだけの便利な小道って感じかな。
――で、そんな裏路地を通ってアタシが向かっている場所とは、学校の端にある西門の前。
そこで出迎える予定になってるんだよね。
――――『インファランテ魔術学校』から来る、代表生徒を。
ちなみに、ル・ヴェルジュの代表生徒も今日来るらしくって、そっちはセレーナが出迎えることになってる。
パパは、今頃エリーゼさんと訓練してる感じかなぁ。
「セレーナは"仕方ありませんわ。これも【賢者】たる者の責務ですもの"な~んて言ってたけど、アタシらはパパのために【賢者】になったんじゃん。パパと一緒にいれなきゃ意味ないもん」
インファランテだかインデペンデンスだか知らないけど、テキトーに学校案内したら校長先生に丸投げしちゃおっかな。
パパとエリーゼさんを二人きりにしておくのも、なんだかヤな感じだしぃ。
……まあ、あのエリーゼさんなら、変な気はおこさないだろうけど。
むしろ注意するのはアタシ達、みたいな?
とにかくとにかく!
アタシは一分一秒でも長くパパと一緒にいたいの!
それなのにど~してこんな……!
「あ~もう、パパとの時間を邪魔する者なんて、全部魔術で吹っ飛んじゃえばいいのにぃ!」
――なんて叫びつつ路地裏を出ようとした、その時、
――――ドンッ!
っと、アタシは路地裏に走って飛び込んできた誰かとぶつかった。
アタシとその誰かは互いに尻餅をついてしまう。
「痛っ! ち、ちょっと気を付けてよぉ!」
「うわぁ! ごっ、ごめんなさい!」
尻餅をついたアタシが前を見ると――そこには"淡い桃色の魔導着"を羽織り、その魔導着と同じような桃色の髪を持った、小柄な少女の姿があった。
「け、怪我はありませんか!? 少し急いでいたもので……!」
桃色の髪の少女はあたふたとしながら立ち上がり、アタシに手を差し伸べてくる。
その顔立ちはまるでお人形さんみたいに端正で、どことなく小動物っぽい――というか子犬っぽいような可愛らしさがある。
「え? あ、えっと、こっちこそゴメン……」
そんな子犬っぽい少女の手を取って、アタシは立ち上がる。
この子、たぶん年下かな?
背はアタシより低くて、身体つきも華奢。
少しオドオドした感じで、微妙に太い眉毛がハの字になっているのも気弱な雰囲気を醸したてている。
でも――――この子、"並の魔導士"じゃない。
なんとなくだけど、わかる。
体内に抑え込まれた、途方もない量の魔力。
もしかしたら、アタシやセレーナより上かもしれない。
それにこの魔導着、ハーフェンの物じゃない。
確か、この色って――
「ジーネ様! ジーネ様ぁ! どこにおられるのですか!」
そんなことを考えていると、大通りの方から大声が聞こえてくる。
「ジーネ様お願いします! 我々の前に姿をお見せください!」
「こんなことをされては、『インファランテ魔術学校』の沽券に関わります! ですからどうか!」
「ええい、クソ! お前らは向こうを探せ! 私はこっちを探す!」
どうやら、何人かの男女が人探しをしてるっぽい。
それを聞いた桃色の髪の少女はビクッと肩を震わせる。
「あ、あわわ……どうしよう……!」
今度は露骨にオロオロし始める少女。
なるほど、追われてる?のはこの子か。
たぶん……っていうか間違いないけど、アレだよねぇ。
この子とこの子を探してる人達が、アタシが出迎えなきゃならない『インファランテ魔術学校』の代表生徒だよねぇ……
でもどうしようかな。
なんか凄く"訳あり"っぽいし……
う~~~~ん……
――パパなら、こういう時どうするかな?
パパなら――
――うん、そうだよね。
きっと……ううん、絶対にそうすると思う。
だったらアタシは――
「キミキミ、ちょっとそこの木箱の陰に隠れて」
ちょいちょい、とアタシは裏路地に無造作に置かれた木箱を指差す。
あれくらいの大きさがあれば、小柄なこの子なら隠れられると思う。
「ふ、ふぇ……?」
「よくわかんないけど、あの人達から逃げたいんでしょ? だったらホラ!」
アタシが催促すると、桃色の髪の少女は急いで木箱の陰に隠れた。
直後、
「ええい、ジーネ様は一体どこに……! おお、そこのお方! この辺りで桃色の髪をした子供を見かけませんでしたか!? こう、華奢な感じの――!」
淡い桃色の魔導着を羽織った、高身長で如何にも真面目そうな顔をした男が現れた。
そしてアタシと目が合うなり、間髪入れずに聞いてくる。
……なんだろ、"悪い人"って感じじゃないけど。
それにこの人も結構な魔力を持ってる。
アタシやセレーナほどじゃないけど、実力のある魔導士だと思う。
ま、申し訳ないんだけど――
「ああ、確かそんな髪をした子が向こうに走っていったかな~? たしかキミと同じような魔導着も着てたような~」
「まことか!? 感謝するぞ、眉目麗しいお方!」
アタシが答えると、真面目そうな男は全速力で走り去っていった。
眉目麗しいだなんて照れちゃうなぁ~♪
でも、残念ながらアタシにはパパがいるから~
――なんて照れていると、
「あ、あの……」
木箱の陰から、桃色の髪の少女が顔を見せる。
「もう大丈夫だよ。あの男の人は行っちゃったから」
アタシがそう答えてあげると、少女の表情がぱあっと明るくなる。
「あ、ありがとうございます! こんなボクを匿ってくださって……!
え、えっと、その、ボクはジーネと言います! ジーネ・パンテラ! 『インファランテ魔術学校』の生徒で、このハーフェンの視察にやってきていて……!
ど、どうか失礼でなければ、お姉さまのお名前を教えて頂けませんか!?」




