第七十二話 ヴァーノンの屈辱
「覚悟はよろしくて――? 『ル・ヴェルジュ魔術学校』のヴァーノン・アズナヴールさん――!」
私は魔術の盾の発動を止めると、新たに自身の中で魔力を練り上げます。
どうやら、彼は"炎属性"の魔術が得意なご様子。
でしたら――私は、その対となる属性を使って差し上げましょう。
「――――"生命の根源たる魔祖の海原、地平すら飲み込む蒼の濁流"――――!」
頭の中でイメージし、胸の奥で魔力を練る感覚。
"蒼"という色が、流れるように―――
練り込む属性は――――『水』!
「我が名の下に、荒れ狂う渦を生み出し給え"――――!」
私の足元に五芒星の魔術陣が現れ、渦巻くような"水流"が身体の周囲に展開します。
「ひ――ひぃッ!?」
グラスから溢れるように湧き上がる魔力量を見てようやく理解したのか、ヴァーノンは顔面蒼白になって冷や汗を流します。
ふふ……でも、もう泣いて謝ったって許してあげません♪
さあ――受けてごらんなさい!
【伝説の双子の大賢者】が放つ、S級の"水属性攻撃魔術"を!
「――――そこまで!!!」
まさに――私が魔術を放とうとした刹那。
ダニエラの一喝で、私達の動きは止まりました。
「そこまでだ。もう充分だろう、【賢者】セレーナ。勘弁してやってくれないか」
ダニエラは城壁の手すりに身体を預けたまま、私に向かって言います。
まるで出来の悪い茶番劇を見た、とでも言いたげな顔をしながら。
私は発動しかかった魔術を抑え込むと、
「あら、これからが面白い所でしたのに」
「そう言ってくれるな。私とて、目の前で学友が大怪我を負う所など見たくないのだ」
やや申し訳なさそうに言うダニエラ。
学友想いですわねぇ、”自称格上”様は良いお友達をお持ちになりましたわ。
……まあ、本当の所は別な意味があるのでしょうけど。
「テッ、テメエ、ダニエラ! 止めんじゃねえよ! まだ勝負が決まったワケじゃねえだろうが!」
「……ヴァーノン、それ以上愚かな口を開くなら、私が力づくで黙らせるぞ」
懲りずに小生意気な口を利くヴァーノンを、ダニエラはギロリと睨みます。
「それにな、貴様がどう思うかなど知ったことではないが、既に”結果”は出ている。我々は誇り高きル・ヴェルジュの魔導士であり、代表者としてここにいるのだぞ? そんな肩書きを持つ貴様が、ハーフェンの魔導士相手に二度も攻撃魔術を防がれた。この意味がわかるか? 相手が誰であったかなど関係ない。ただ”防がれた”という事実だけを貴様は残した。
…………貴様はル・ヴェルジュの”恥晒し”だ。それが貴様の出した”結果”だ」
「そ、そんな……!」
あまりにも冷徹に、ダニエラは言い捨てます。
流石のヴァーノンも、絶望した表情で肩を落としてしまいます。
……でも残念ながら、それが事実なのですよねぇ。
実際の所、彼女の本音は”ル・ヴェルジュの魔導士がハーフェンの魔導士にトドメを刺される前に止めた”って感じなのでしょう。
ヴァーノンが私より魔導士として実力が劣っていることは明白でしたが、それでも”決着”はついていません。
形だけでも有耶無耶にしておけば、少なくとも”ル・ヴェルジュはハーフェンに負けた”という事実は残りませんし、最低限の面子は保たれる――――そんな所でしょうね。
少なくても私達以外の目撃者はいないでしょうが、そういう話はどこから噂が立つかわかりません。
ダニエラはそれを警戒したはずです
その用心深さも、彼女の実力の一端なのでしょう。
ついでに、一応こんな彼を”学友”と呼んであげる優しさも魅力ポイントな気がします。うんうん。
「……失礼した、【賢者】セレーナ。厚顔無恥を承知で言うが、どうかここは私の顔に免じて――」
「大丈夫ですわ、そんなに畏まらないでくださいな。お互い、背負っている物があるのは一緒ですもの。所詮は”しがない学生同士の喧嘩”なのですから、これ以上無粋な真似など致しません」
「そう言って頂けると本当に助かる。貴女の心の広さには、感服させられるばかりだ」
苦笑するダニエラ。
……本当は、貴女が私と戦えば”結果”はわからないかもしれませんのに。
でも、自身が何をしにここまで来たのか、ということはよく理解しているのでしょう。
「では仕切り直して、ハーフェンの中でもご案内致しますわ。どうぞ付いてきてくださいな」
「ああ、それではお言葉に甘えよう。ほら行くぞヴァーノン、頭を切り替えてな」
私とダニエラはさっさと歩き始めます。
ついてこなければ置いていく、とばかりに。
◇ ◇ ◇
ダニエラ達の背中が少しずつ離れ行く中、ヴァーノンは握り締めた拳を震わせていた。
「お……俺はヴァーノン・アズナヴール様だぞ……! 由緒あるアズナヴール家の跡取りにして、ル・ヴェルジュでもトップクラスの魔導士で……!
俺は――俺は、ル・ヴェルジュの【賢者】になる男だ……! ハーフェンの【賢者】なんぞに……!
このままで………このままで終わってたまるかよ……! 俺をコケにした罪を――――必ず償わせてやるぞ、セレーナ・ハルバロッジ――――ッ!!!」
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