第七十話 プライドをかけて②
私が声の方へと向くと――そこには、ヴァーノン同様灰色のローブをまとった女性の姿が。
肩まで伸びた黒髪に、女性としては高い身長。
さらに中性的でどことなく冷たさを感じる顔つきも相まって、一見すると男性か女性かわからなくなります。
ですが、ヴァーノンとは比べ物にならないほど高い”気品”を備えていることだけは、間違いありません。
「なんだぁ、ダニエラ! 邪魔すんじゃねえ!」
「邪魔をしているのはお前だ。我々はハーフェンと争いに来たワケでも、母校の名に泥を塗りに来たワケでもない。それ以上醜態を晒すなら、校長へ報告するぞ」
ダニエラという女性がそう言うと、ヴァーノンの表情は瞬時に固まってしまいました。
「う……っ! わ、わかった、悪かったよ。だからそれは勘弁してくれ……」
「わかれば良いのだ。さて……」
ダニエラは私の方へ振り向くと、ペコリと頭を下げます。
「私の連れが無礼なことをした。『ル・ヴェルジュ魔術学校』の代表者として、詫びさせてほしい。彼は人としても魔導士としても未熟者ゆえ、どうか大目に見てやってくれまいか」
――あら、とっても殊勝な方ですわね。
ヴァーノンとか言う二流とは大違いですわ。
「いえ、私はただいざこざを仲裁しようとしただけですわ。
……それより、貴女方が『ル・ヴェルジュ魔術学校』から視察に来られた”代表生徒”の方で間違いありませんわね?」
「ああ、私の名前はダニエラ・カヴァンナ。こっちのバカ者がヴァーノン・アズナヴール。我々二名が、その代表で相違ない」
ダニエラはヴァーノンの頭を掴むと、グイっと下げさせる。
力づくでお辞儀させられたヴァーノンは「ふざけんな! 放せ!」みたいなことを叫んでいますが、私もダニエラもスルーします。
――なるほど、こちらの方はヴァーノンと違って”一流”の魔導士で間違いなさそうですわね。
溢れ出る膨大な魔力が、私まで伝わってきます。
カヴァンナという響きに覚えはありませんが、ル・ヴェルジュに在籍していることからも、さぞや名高い名門の”血統”をお持ちなのでしょう。
それでいて力も地位も見せつけず、けれど品位を持って礼節を重んじる――
これこそ”真に実力ある魔導士の模範”とでも言えましょうか。
まさに”理想的なル・ヴェルジュの魔導士”ですわ。
外部の人間から見た場合の、ですけれど。
ダニエラは私の目を見据えると、
「……貴女は、かの【伝説の双子の大賢者】のセレーナ・ハルバロッジ氏であろう? ハーフェンの校長の会見、見させてもらった」
「あらあら、やっぱり私達ってばル・ヴェルジュでも有名人ですのね。
その通りですわ、私がその片割れのセレーナです。そして、私のお父様が――」
「エルカン・ハルバロッジ氏だろう。よく存じている。
――【精霊】の存在を世界に証明し、あまつさえその力を授かった伝説の【黒魔導士】……。とてもではないが、知らぬとは言えまい。
正直に言えば、今日までずっと信じて良いモノか迷っていたのだが――――今日、貴女に会って確信した。その話は事実であると。
……私は貴女達に敬意を表する。貴女のような偉大な人が出迎えに来てくれるなど、感銘の極みだ」
ダニエラは、少しだけ口元に笑みを作ります。
それを見て、私も少しだけ胸を撫で下ろします。
ル・ヴェルジュから視察に送られた方々が全員ヴァーノンのような性格だったらどうしよう、と思っていた所ですから。
「そう言って頂けると、こちらも嬉しいですわ。
――さあさあ、野次馬の方々も、もうお開きですわよ! 通行人の邪魔になってしまいますから!」
パンパンと手を叩いて周囲の人々に叫ぶと、集まっていた人だかりが散らばっていきます。
一応、最初にヴァーノンに絡まれていた方にも私から謝っておきました。
野次馬が綺麗にいなくなると、
「さて――それではさっそくだが、ハーフェンのイルミネ校長にご挨拶に伺いたい。あの方は今どちらに?」
ダニエラが私に尋ねます。
「生憎なのですが、校長先生との面会は夕刻まで待って下さいな。なにぶん多忙な時期ですし、膨大な事務処理はおろか他校からの視察団もひっきりなしに訪れて来る状況ですから。最近はまるで時間が取れませんの」
「む……そうか、それは仕方ない。ならば学校の中を案内して――」
ダニエラが言おうとした最中、「それよりも」と私は彼女の言葉を遮ります。
「『ハーフェン魔術学校』の魔導士の実力――いえ、【伝説の双子の大賢者】の実力がどれほどのものか、ご興味ありませんこと?」
「――――なに?」
「いえ、先程ヴァーノン氏が”ハーフェンは格下だ”と仰られたモノで……そこまで言われては、こちらも心外と言いますか……。ならばせっかくですから、ハーフェン公認の【賢者】の実力をご覧頂ければ、学校への理解も深まると思うのです。……ヴァーノン氏も、そう思いませんか?」
私がヴァーノンを見てそう聞くと、彼は一瞬驚いたような顔をする。
だがすぐににんまりと口元を歪ませ、
「へえ……そうだな、確かにそう思うぜ。”理解するため”ってんなら道理が通るよなぁ、ダニエラ?」
ダニエラは表情を崩さぬまま、一瞬考えるように間を置くと、
「…………ああ、否定はすまい。ならば私は、それをよく見ていることにするよ」
「OKOK、俺だけで十分だ。
……さっきは見逃してやったってのによ。後悔すんなよ、【賢者】サマ」
私はヴァーノンの言葉に答えず、くるりと背を向けます。
「……丁度いい場所があるので案内致しますわ。付いてきて下さいな」
ヴァーノンとダニエラを連れ、私は歩き始めます。
――――こう見えても私、”売られた喧嘩は買う”タイプですの♪
活動報告にて書籍版のカバーイラストとキャラ立ち絵が公開されております。
凄く綺麗なイラストですので、ぜひご覧下さい。
イラスト化されたハルバロッジ親子を見れますよ!




