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第六話 双子の娘が【賢者】になりました

 ――セレーナとコロナの双子を拾ってから、十七年が経過した。

 

 僕、エルカン・ハルバロッジは今年で三十六歳になる。

 もうすっかり中年のおじさんだ。

 相変わらず、僕は『リートガル』で古書堂を続けている。


 街の住人や古書堂に来てくれるお客さんには"お若いですね"って言われるけど、昔に比べたら顔に小ジワが増えた気がする。

 それに肩こりも酷い。視力も落ちた。

 いやはや、歳は取りたくないモノだ。


 僕が古書堂の本棚を整理しながら、そんなことを思っていると――


「よう。邪魔するよ、エルカン」


 チリンチリンと鈴の音を鳴らして店のドアが開き、一人の来店者が顔を見せる。


「ああ、いらっしゃい、デイモンドさん」


 僕は手を止め、お客さんに挨拶する。

 訪れたのは、デイモンドという白髭を蓄えた高齢の男性だった。

 彼は街で医者をやっている人物で、ウチの常連客である。


「今日はどんな本をお探しですか? 薬関係か、でなければ白魔術関係?」

「ウム、白魔術の本で出来るだけ新しいモノを、な。それと今日は患者が少なくて暇だったから、顔を出しに来たのさ」

「まーた奥さんに診療を丸投げしてきたんですね。全く悪い人だ」

「なあに、女房は出来た女だから心配いらんよ。ま、家族サービスは必要になるがな」


 僕とデイモンドさんはハハハと笑い合う。


 彼は元々冒険者だったそうで、現役の頃は【白魔導士】をやっていたそうだ。

 その頃の知識や経験を生かして、引退後は医者をやっているんだとか。

 経歴は僕と似ている、といえば似てるかもしれない。

 

 デイモンドさんはキョロキョロと店内を見渡し、


「しっかし、お前さんの店はいつ来ても綺麗なモンだ。感心だな」

「来てくれた人には、良い気分で本を買っていってもらいたいですからね。……それに、店を開けている時以外はやることもなくて」

「なるほど。ちょっと前までは、こん中を"お嬢ちゃん達"が走り回ってたのになぁ」


 デイモンドさんはそう言うと、感慨深そうに自分の白髭をさする。


「……セレーナちゃんとコロナちゃんは、向こう(・・・)で上手くやってるのかい?」

「ええ、つい先週も『ハーフェン魔術学校』から手紙が届きましたよ。"二人とも十七歳になりました。元気でやってます"って」


 僕は肩をすくめて、顔から眼鏡を外す。


 ――セレーナとコロナのC(クラス)攻撃魔術を目の当たりにしたのが、もう七年前。

 結局あの後も、彼女達の魔術に対する興味関心が消え失せることはなかった。

 それどころか、より勉強に没頭するようになり、僕に話をせがむことも多くなっていた。


 そしてセレーナとコロナが十五歳になった年――

 僕は、彼女達に『ハーフェン魔術学校』の入学試験を受けさせた。


 『ハーフェン魔術学校』は世界三大魔術学校の一つに数えられる、由緒正しい名門校だ。

 そこに通っている魔導士はエリートばかりで、卒業後に冒険者となって名を上げた者は数知れない。

 それ以外にも魔術の発展に尽力したり、人々の生活に魔術を役立てている者も多い。


 とにかく、僕のような野良の"元底辺【黒魔導士】"なんかとはレベルが違う者達の場所だ。


 そんなエリート校に、僕はセレーナとコロナを送った。

 結果は、二人とも一発合格。

 しかもトップの成績を納め、姉妹揃って学年首席での入学が決まった。

 

 僕は飛び上がるほど嬉しかったけど――以外なことに、彼女達は喜ばなかった。

 二人は口を揃えて、



(わたくし)達は、お父様と離れたくありません!」

「アタシ達は、パパの役に立ちたいの!」



 と言って、当初入学を拒否しようとしたほどだった。

 僕は流石に困惑したが、どうにかこうにか彼女達を説得し、入学を決意させた。


 僕の役に立ちたい(・・・・・・・・)とはどういう意味なのかわからなかったけど、「娘の可能性を見れることが、親は嬉しいんだよ」と伝えると、彼女達は僕に抱き着いてピーピー泣いた。

 よっぽど、僕と一緒にいたかったらしい。

 魔術学校は全寮制が基本だから、親と一緒はムリなのだ。


 そんなこんなで娘達を送り出し――既に早二年。 


 セレーナとコロナからは毎週のように手紙が届き、近況報告をしてくれていた。

 エリート校だけあって忙しいらしく、里帰りも出来ないと日頃から文面で嘆いていた。


 そのせいなのか時々、親への手紙なのかラブレターなのかわからないような内容のモノが混じったりしていた。

 僕は、あくまで父親らしく返事を出していたが。

 

 僕は眼鏡のレンズを布で拭きながら、


「それと、知らせたいこと(・・・・・・・)があるから近々里帰りするそうです。どんな報告をしにくるのやら……」


 そう、先週届いた手紙で、ようやく里帰りが出来る旨が書かれてあったのだ。

 その文面はとても嬉しそうで、来週会えるのが楽しみだと綴られていた。


 二年ぶりの帰省なのだ。

 文通等をしていても、積もる話は幾らでもあるのだろう。


「ウハハ、そりゃアレだろ。良い人(・・・)が出来たから紹介するって、よくあるヤツだ」


 デイモンドさんはカラカラと笑いながら、如何にもおじさん臭い言い方をする。


「う~ん……あの二人にそういう相手(・・・・・・)が出来るなんて、想像し難いんだけどなぁ……」

「街でも有名なパパっ子だったモンなぁ。事情(・・)を知ってるワシから見れば、いずれ本当にお前さんに嫁ぐんじゃないかと思ってたほどだよ」


 ――僕とセレーナ/コロナの血が繋がっていないことは、周囲には基本的に秘密にしている。

 もし彼女達にそれがバレてしまったら、酷くショックを受けるんじゃないかと不安だったからだ。


 だけど極少数、それを前以って伝えている人もいる。

 例えばこのデイモンドさんだ。

 何故なら、彼は街の医者だから。


 僕か、あるいは娘達のどちらかが怪我や病気をした際に詳しい事情を知っている人がいないと、どんな手違いが起きるかわからない。

 だからデイモンドさんは信頼できる人物だと見定めた上で、話してある。

 普段は口の軽いおじさんだが、患者のことは絶対に口を滑らせない人だ。


 僕はデイモンドさんの悪い冗談に対してため息を吐き、


「ハア……冗談は止めてくださいよ。娘と結婚なんて出来るワケないでしょ?」

「だが、少なくとも『リートガル』にそれを止める法律はないぞ?」

「……デイモンドさん」


 じっとりとした目つきで睨むと、彼はおどけた感じで目を逸らした。

 僕は眼鏡をかけ直し、腕を組む。


「……ま、仮に娘達がそういう人物を僕の前に連れてきた場合」

「場合?」

「とりあえず、一発殴ります。それから"娘はやらんぞ!"って怒鳴ります。それでも引かなかったら、泣いて娘をくれてやります」

「昔から思っとったが、お前さんも相当な親バカだな」


 失敬な、見ず知らずの男に軽い気持ちで娘をやる親がどこにいるのか。

 僕は内心でプンプンと怒る。


 しかしまあ、これくらいの冗談は交わし慣れたモノだ。


「それで、お嬢ちゃん達はいつ頃帰ってくるんだい?」

「さあ……手紙には来週には帰ると……。なので今日、明日には――」


 帰ってくるんじゃないですかね。

 僕が――そう言おうとした時だった。



 キィィィィィィィィイイイイイイイ――――



 店の頭上を、何かが超高速で通り抜けるような風切り音が聞こえてくる。

 そして、



 ――――ズバアアアアアアアンッ!!!



 その直後、もの凄い衝撃が店を襲った。

 棚の本がバサバサと床に落ちていく。


 まるで大砲の砲弾が、店の目の前に着弾したかと思うような衝撃だ。 


「うわっ!?」

「な、なんだぁ!?」


 僕もデイモンドさんも、あまりに突然の出来事に混乱を隠せない。


 ――幸いなことに、そんな衝撃は一度きりで終わった。

 僕は何が起こったのか把握すべく、すぐに店の外へ出る。


 すると――そこには――


「痛たたた……もう、コロナったら! あれほど着地の衝撃を調整しなさいと言ったではありませんか!」

「うにゅう~……だって、一秒でも早くパパに会いたかったんだも~ん……」


 地面に出来たクレーターの中心で、二人の少女が尻もちを付いていた。

 彼女達が何者なのか、僕には一瞬でわかった。

 

「せ……セレーナに、コロナ……か……?」


 ――見紛うはずもない。

 二年前に見た姿より明らかに成長しているが、間違いなく僕の娘達だ。


 結われた長い銀髪と、紅い瞳のセレーナ。

 くせっ毛の銀髪で、蒼い瞳のコロナ。


 二人に尋ねると、僕達はぱっちりと目が合う。


「あ……あああ……! お父様ぁぁぁ――――ッ!」

「ぱ……パパだぁ~~~~ッ!」


 二人は間髪入れずに、僕に向かって飛び込んでくる。


「う、うわっ!」


 僕はそのまま二人に押し倒されてしまう。

 彼女達は僕に抱き着いて、喜びを全身で表現しながら密着してくる。


「会いたかったですわ! 会いたかったですわお父様! (わたくし)感激です!」

「うへへ~、パパの匂いだぁ~。アタシ、この匂いだ~い好き~。うにゃ~、ごろごろ~」


 二年前と変わらず――

 いや、むしろ二年前よりパパっ子ぶりが悪化した感じで、ベタベタに甘えてくる。


 十七歳に成長した二人の身体はより女性らしくなっており、その感触というか柔らかさには困惑を禁じ得ない。

 特にコロナは、昔よりも明らかに豊満になっている。


 だが曲がり間違っても愛しの娘達なのだ。

 変な気を起こしたりはしないぞ。


「こ、こら二人とも! ちょっと離れなさい!」


 兎にも角にも、僕はセレーナとコロナを引き離そうとする。


 だが以外にも彼女達は、すぐに僕から離れ――


「聞いてくださいましお父様! (わたくし)達、Sランクの【賢者】になりましたの♪」

「だからパパ、アタシ達と一緒にパーティ組も!」


 そう言って、セレーナとコロナは懐から証明書(カード)を取り出して僕に見せる。

 そこには、こう記されてあった。



  【ハーフェン魔術学校・Sランク証明書】


    ハーフェン魔術学校の証の下、

  この者を【黒魔導士】【白魔導士】を超える

   Sランクの【賢者】であると証明する。


  【賢者】Sランク


  【氏名】セレーナ・ハルバロッジ



   ◇    ◇    ◇



  【ハーフェン魔術学校・Sランク証明書】


    ハーフェン魔術学校の証の下、

  この者を【黒魔導士】【白魔導士】を超える

   Sランクの【賢者】であると証明する。


  【賢者】Sランク


  【氏名】コロナ・ハルバロッジ


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