第六十八話 セレーナとヴァーノン
――お父様やコロナと別れた私は、〝とある人物〟と会うためにハーフェンの商店街を歩いております。
〝とある人物〟……というより、その人物が在籍する組織と接触する、という言い方の方が正確かもしれません。
――――『ル・ヴェルジュ魔術学校』。
私が会うのは、そこから派遣された使者の方達です。
ル・ヴェルジュからはお父様とツァイス先生の決闘に先駆けて〝ハーフェンを視察したい〟という申し出が来ていて、今日はその視察団が来訪される日……
なんでも、向こうからは校内でも指折りの魔導士達が視察団に選ばれていて、失礼のないようにとイルミネ校長が私を出迎え役に推薦なさいました。
なんというか、明らかに含みのある笑い方をしながら。
……
…………
………………いやまあ、別に良いんですけれど。
それは、世界三大魔術学校の一つであるル・ヴェルジュの代表者なワケですし?
こちらも相応の人物を出さねば失礼、というのもわかりますし?
相手は一級の魔術学校。
ならばその代表生徒も一級の魔導士。
そんな人物に対して通常の魔導士を差し向けたのでは、それこそ相手に対しての侮辱行為に受け取られかねない。
相手を同格と認め、筋を通すからこそ、ハーフェンを代表する【賢者】である私が赴く。
当たり前、と言えば当たり前なのかもしれません。
けど正直――こんなことしてる暇があったら一秒でも長くお父様と一緒に居たいですわ。
ル・ヴェルジュだかインファランテだから知らないですけど、私とお父様の麗しのひと時を邪魔しないでほしいですわね。プンプン。
「……まあ、最低限失礼がなければそれで良いでしょう。向こうもどうせ形式ばった感じで来るのでしょうし、あのプライドが高いことで知られる学校の代表者が妙な真似もしないでしょうし……」
ハア~、と大きくため息を吐く私。
ちなみに、今私は商店街の大通りを歩いていますけれど、誰も私に声をかけてきたりしません。
これも《サイレンス》によって存在を薄めているからですわね。
人気者も悪い気分ではありませんが、やっぱりたまにはこうして大手を振って歩きたいモノです。
そんなことを考えながら、ウーンと背伸びする私。
――さて、そろそろル・ヴェルジュの視察団との待ち合わせ場所に到着します。
確か、予定では東門の近くで――――
「――――なんだと!? 貴様、今なんと言った!!!」
私が辺りを見回してそれらしい人物を探そうとした、まさにその矢先。
そんな怒号が、響き渡りました。
「な、なんですの……?」
流石に驚いた私は、声のした方へと歩いていきます。
そこには既に人だかりが出来ていて、誰もが「どうした?」「なにがあった?」という顔をしています。
「貴様ァ、もういっぺん言ってみろ! 俺様を舐めてンのか!?」
「だ、だからごめんって謝ってるじゃないか……肩をぶつけたのは悪かったよ……」
「ふざけるな! 俺様は『ル・ヴェルジュ魔術学校』でも指折りの【黒魔導士】、ヴァーノン・アズナヴール様だぞ!? そんな俺様に肩をぶつけておいて、悪かったで済むか! 本当に反省してンなら、地べたに頭を擦り付けて土下座しろ!」
見ると――〝灰色の魔導着〟をまとった男が、ハーフェンの生徒に対していちゃもんをつけていました。
男はまだ若く、たぶん私と変わらないくらいの年齢。
見るからに気性が荒そうな顔立ちとツンツンに逆立った金髪が、いかにも品性のない感じを醸し出しています。
けれど、あの灰色の魔導着は――間違いない、『ル・ヴェルジュ魔術学校』に在籍する者の証左。
ということは――
「だいたいなぁ、ル・ヴェルジュの魔導士がこうして格下の魔術学校まで遥々来てやってんだから、どいつもこいつも頭下げて敬うべきだろうがよぉ!? ハーフェンのクズ共は、躾もなってねぇのかぁ!?」
どうしようもなく不遜な物言いをする、ヴァーノンという男。
その言い草に――流石の私もピクっと表情が強張ります。
「な……!? なんだその言い方は!? ル・ヴェルジュとハーフェンは同じ世界三大魔術学校で、あくまで同格の存在だろう!? バカにするな!」
「……へぇ? 同格だって? 笑わせんな! お前らクズ共は、〝血統〟も〝地位〟もない底辺の集まりだろーが! お前らは、生まれついての負け犬なんだよ! 負け犬は負け犬らしく、地べたにでも這いつくばってろ!」
「くっ……!? この――!」
ハーフェン生徒が言い返そうとする、その直前――
「聞き捨てなりませんわね」
私は、《サイレンス》の魔術を解除しました。




