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第六十七話 力を試す


 セレーナとコロナの二人と別れた僕は、ハーフェン敷地内の最北端にある”演習場”にやってくる。


 “演習場”という言葉だけを聞くと物々しい感じがするが、ここはSランクやAランクの魔導士が当たり前のように在籍する場所。

 つまりS(クラス)やA(クラス)の魔術を使っても問題ない、土地が滅茶苦茶になっても大丈夫な広い場所が必要不可欠になるワケだ。


 そのレベルの魔術になると、下手に建物の中で発動すると建物自体が吹っ飛んだりするし。

 おそらくは、セレーナやコロナも魔術の練習にはこの場所を使っていたはずだ。


 僕は、そんな”演習場”までやってくる。

 ――見渡す限りの平原。

 所々に(ターゲット)となる案山子(カカシ)が立てられていたり、露骨に土を埋め直して均した痕がそこかしこに見受けられる以外は、基本的になにもない場所。


 そして僕がその中へと足を踏み入れて行くと、一人の女性(・・・・・)が、木の切り株に腰掛けていた。


「――わざわざ女性(レディ)を呼び出して”練習相手になってくれ”は、ちょっとどうかと思いますよ? エルカンさん」


 その女性はこちらに背を向けたまま、クスっと笑い半分に言う。

 憎まれ口だが、その中に嫌味や苛立ちは感じない。


「いやぁ……僕の思い付く限り、【雷の精霊(ファラド)】の力を試せるのは貴女くらいしかいなかったんですよ。娘達は忙しいし、クレイチェット先生はそういう性質(タチ)じゃないし」

「それはつまり、私が暴力的で攻撃的ってコトですか? 失礼しちゃいますね」

「ア、アハハ……そういうつもりで言ったんじゃないんですけど……

 ――――でも、腕に覚えがあるのは事実でしょう、Aランク冒険者のエリーゼさん(・・・・・・)?」


 僕が尋ねると、彼女は再び微笑する。


 そう――僕と待ち合わせていたのは、エメラルドグリーン色の髪と瞳を持ち、長く伸びた耳を持つ『エルフ族』の女性。

 その名も――――エリーゼ・アールヴ・スカンディナビア。


 ツァイス先生との”決闘”を前にして、どうしても【雷の精霊(ファラド)】の力を試したかった僕はクレイチェット先生に頼み込み、エリーゼさんに連絡(コンタクト)を取ってもらっていた。


 本当ならセレーナやコロナに頼むべきだったんだろうけど、彼女達は彼女達で忙しそうだったし、かといってクレイチェット先生は戦闘自体に向いていないタイプの魔導士だし、他の先生や生徒に頼むのもなぁ――という感じで考えていった結果、エリーゼさんに白羽の矢が立ったのである。


「でも助かりましたよ、申し出を受け入れてくれて。それに【雷の精霊(ファラド)】との戦いの後、エリーゼさんがどうなったのかも気になっていましたし」

「おや、心配してくれていたんですね。でもご無用ですよ。礼拝堂の中から光線(ビーム)とか爆発とか稲妻とかがこれでもか(・・・・・)と漏れ出てきたのを見て、一目散に逃げだしましたから。申し訳ないとは思いましたが、流石に自分の身が第一ですので」


 あっけらかんとした様子で言うエリーゼさん。


 やや軽薄ではあるが、冒険者としてその判断は正しい。

 あの場に残っていたら、それこそ戦闘の巻き添えになってしまっていたかもしれない。

 そもそも、もし助けに入ってきてもらっても、僕は”逃げろ”と言ったはずだ。


「それはわかっていますよ。それに悪かったと思ってるから、今回も引き受けてくれたんでしょう?」


 僕が聞くと、エリーゼさんの目線が僅かに逸れる。


「さあ……どうでしょう? 私としては前回の仕事を全う出来なかったせいで、クレイチェット先生にあんなことやこんなことを出来ない悔しさもありますから……。それに、久しぶりに先生や【伝説の双子の大賢者】とお茶をしたくて……」

「言っておきますが、もし娘達と会う時は僕も同伴しますからね」


 一応クレイチェット先生も、と釘を刺しておく僕。

 良い人ではあるのだが、油断すると愛娘達を食い物(・・・)にされそうだ……注意しないと……


 とはいえ、その言い方からして自らの仕事にこだわり(ポリシー)を持ってるのは間違いない。

 前回だって、帰りの見送りまできちんとこなしてくれるつもりだったんだ。

 やはり、根っ子は誠実な人なんだろう。


 だからこそ――僕も頼めるのだ。


「――今回は、あくまで僕個人からの依頼(・・)です。僕が本当に【雷の精霊(ファラド)】の力を使いこなせるのかどうか……それを知りたい」

「だから、私に仮想敵(アグレッサー)になれと言うのでしょう? かまいませんけど――怪我しても知りませんよ」


 エリーゼさんの目の色が変わる。

 相変わらず口元は笑っているが、手を抜いては僕のためにならないことを理解してくれている。


「ええ、大丈夫です。……それに、【斥候(スカウト)】でありながら魔術の心得もある貴女なら――加減の程度も自由自在でしょう?」

「まあ、そうですね。どうせ私を選んだ理由もソレ(・・)でしょうし。……もっとも、魔術はあまり好きではないと言ったはずですけれど」


 エリーゼさんがそう言うと――彼女の両腰のポーチから、甲冑騎士姿の”二体の人形”が現れる。


「――――”ルミオン”、”アリオン”、少し手解き(・・・)をしてあげましょう」


 二体の《魔術式自動人形(マジック・オートマタ)》は騎乗槍(ランス)大剣(ロングソード)を構え、僕と向かい合う。


「では依頼通り、今日から三日間(・・・)しっかりとエルカンさんを鍛えてあげます。話題になっている”決闘”とやらで恥をかかないように……一人前の【黒魔導士】にしてさしあげますね♪」


 確かに僕は【雷の精霊(ファラド)】の力を得たし、ハーフェンの先生にもなったけど、まだまだ戦いの素人であることに変わりはない。

 だから今だけは――彼女(エリーゼさん)が僕の先生だ。

 僕はぎゅっと杖を握り締め、


「はい――――お願いします!」


 攻撃魔術の詠唱を、始めた。


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