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第六十六話 前夜祭?


 僕とツァイス先生の決闘が、あと四日に迫った頃。

 『ハーフェン魔術学校』の商店街の様子はと言うと――


「さあさあ寄ってらっしゃい! ハーフェン名物”ハルバロッジ炒麺(やきそば)”だよ!」

「そこの魔導士さん、”ハルバロッジマント”はどうだい!? かの【精霊】と戦ったエルカン・ハルバロッジが着てた物のレプリカなんだぜ!」

「号外! 号外だ! 【伝説の双子の大賢者】が父親の決闘についてコメント! “(わたくし)達のお父様が負ける確率は0%です”だとさ! 賭けてる奴は気を付けろぉ!」


 ――――こんな感じになっていた。

 

 道を歩けば、”決闘””ハルバロッジ””【精霊】”のいずれかの言葉を必ず耳にする。

 もう巷は僕らの話題で持ち切り状態。


 さらにイルミネ校長が派手に会見してしまったこともあり、ハーフェンには外部から大勢の魔導士――もとい”観光客”が訪れていた。

 そもそもこの学校自体が都市化しており、部外者の出入りに関して寛容……というか緩い(・・)部分もあったので、敷地内の人口は爆発的に増加。

 結果、話題性に拍車をかけ――『ハーフェン魔術学校』は”エルカン・ハルバロッジとカール・Z(ツェット)・ツァイスの決闘”を、学校上げての一大イベントに仕立て上げてしまったのである。


 ……平たく言うと”学園祭”状態だ。

 正確には、その前夜祭みたいな。

 どうせコレもイルミネ校長の思惑通りなんだろうな……見るからに学校の財政潤ってるし……


「うぅ……道を歩き難い……」


 僕はフードですっぽりと頭を覆い、コソコソと隠れるように通りを歩いていた。


 もうホント、勘弁してほしいよ……

 どうして、いつの間にか屋台の食べ物に僕の名前が付いてるんだよ……

 僕はただ【黒魔導士】になって娘と冒険したいだけなのに……


 有名になり過ぎてしまったお陰で、顔を隠しながらでないと道も歩けなくなってしまった……

 だって普通に顔出してると、秒で群衆に囲まれるんだもん……「サインください!」とか言われてさ……


 そんな感じで、陰鬱な気分になっている僕とは裏腹に――


「ああ……胸が空くような想いですわぁ……」

「コレこそアタシ達の理想郷だよぉ……皆がパパを崇めるとか最高じゃん……」


 恍惚とした表情で僕の隣を歩くセレーナとコロナ。

 しかも僕と違って、堂々と顔を出して歩いている。


 本来であれば、彼女達も僕と同じくらいの有名人。

 なのですぐに囲まれるはずなのだが――二人は《サイレンス》という存在感を薄めるA(クラス)の白魔術を使って、それを防いでいる。

 このため周囲からは認知されず、事実上の透明人間のような存在になっているのだ。


 商店街に出る前に、僕にも《サイレンス》を使ってくれと頼んだけど……「お父様/パパがもてはやされる所が見れない」という理由で使ってくれなかった。

 父想いなのやら、そうでないのやら……


「ハア……全く、オチオチ外も歩けないよ。これじゃなんのために【雷の精霊(ファラド)】と戦ったのやら……」

「良いではありませんか。どうせこれからも他の【精霊】に認められていくのであれば、遅かれ早かれ名声は付いてくるはずです。それに……その名声(・・)に溺れないお父様を見るのは、(わたくし)達も安心出来るのです」


 セレーナが少し申し訳なさそうに言う。


 ……そういえば、【雷の精霊(ファラド)】が言ってたな。

 『――汝は"力"を知らぬ。汝はいずれ、"力"に溺れる日が来るだろう。だが、娘らが汝を止めてくれるはずだ』――って。


 僕は地位や名声には興味がない。

 【黒魔導士】としての冒険だって、人知れず(・・・・)ってくらいが丁度良い。

 各地に赴けば熱烈な歓迎を受ける”勇者様”になるつもりはない。


 だけど、人は変わってしまう生き物だ。

 そこに例外はない。

 ひとたび富や権力を得れば、誰だってソレ(・・)を振るいたくなる。

 ソレ(・・)を手放さないために、なんだってするようになる。


 ……僕も、もしかしたら【精霊】の力をもう手放せないのかもしれない。

 もしかしたら、力に溺れ始めているのかもしれない。


 でも――そうならないために、彼女達(セレーナとコロナ)がストッパーになってくれている。

 彼女達が傍に居てくれる限り、僕は道を踏み外さないのだと確信出来る。

 そう――”安心”出来るのだ。


 ……そういう意味では、僕の方が子離れ出来そうにないなぁ。

 なんて思って、ポリポリと頭をかく。


「心配ないでしょ~セレーナ。パパはずっとパパのままなんだから! アタシはぜ~んぜん心配とかしてないしぃ~?」

「あら、何日か前に”もしパパが変わっちゃったらどうしよう?”なんて弱音を吐いていたのは、どこのどなただったかしら?」


 ビダッ!とコロナが硬直する。


「あ、あれはちょっと感傷的(センチ)な気分になってただけだし!? アタシだってそ~いう感じになることもあるんですぅ~!」


 ぷんぷんと怒って頬を膨らませるコロナ。


 ……いやはや、心配させちゃってたか。

 そりゃ身近な人が突然有名人になったりしたら、色々不安になるもんな。

 僕だって彼女達が【賢者】になったと言った時には、不安――というか色んな想いや考えが頭を巡ったし。


「……キミ達が傍にいてくれるなら、僕は変わったりしないよ。それが親の役目でもあるからね。

 ――――さて、それじゃここで別れようか」


 僕達は立ち止まる。

 その場所は道が十字路になっており、この場所までは一緒に行こうと言って部屋を出たのだ。


 そう――実は僕らには、それぞれ別々な用事(・・・・・)がある。


「ええ、それではお父様、夕刻にまたお会いしましょう」

「まったくぅ、アタシはずっとパパと一緒にいたいのに、どうして出迎え(・・・)なんてぇ……」

「ハハハ、仕方ないよ。それがハーフェンを代表する者の役目ってコトさ。それじゃ二人共、失礼のないようにね」

「かしこまりましたわ」

「はぁ~い」


 そうして、セレーナとコロナは左右それぞれの道を行く。

 セレーナは右の道へ、コロナは左の道へ――

 僕は正面の道に向かって一歩踏み出し、


「さて……あの人(・・・)に会うのも、もう久しぶりな気がするなぁ。元気にしてるだろうか」


 そう独り言を言って、”とある人物”に会うために歩き出した。


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