第六十五話 受け入れ態勢
「こっちが招待状を送るよりも早く、ル・ヴェルジュとインファランテから申し出があったのじゃ。”ぜひハーフェンの状況と決闘の様子を視察させてほしい”とな。両校共に……エルカン・ハルバロッジという男には興味津々じゃったよ」
イルミネ校長は、不敵な笑みを僅かに扇子で隠す。
「この二校に対して、”我がハーフェンはすぐに受け入れ態勢を整える。いつでも参られたし”と伝えてある。二、三日中には両校の教師と代表生徒がやって来るはずじゃ」
「ル・ヴェルジュとインファランテが……」
あの世界三大魔術学校の『ル・ヴェルジュ魔術学校』と『インファランテ魔術学校』が、僕を観にやってくる――
……不思議な感覚だ。
いざ言われても、イマイチ実感が掴めない。
「ククク、みっともない姿を見せてくれるなよ? 今はお主らこそが『ハーフェン魔術学校』の看板なのじゃからな。これは一世一代の大祭り。もうこんなことは二度と無いと思え」
うわぁ、凄いプレッシャー。
つまり僕らがなにか粗相をしたりすれば、この学校の名声は地に落ちかねないってことだ。
いや、まあ学校の視察って点では教育現場や生徒・教員の質・環境なんかも諸々見られるんだろうけど、それにしても最優先事項が僕らとは……
やっぱり苦手だなぁ、人から注目を集めるのは……
「……話がそれだけなら、僕は失礼する」
気が滅入っていた僕とは対照的に、ツァイス先生はソファから立ち上がって校長室から出て行こうとする。
「おうおう、相変わらず顔色一つ変えん奴じゃなぁ。それはツァイス家の誇り故か?」
「僕がすることは何も変わりません。ル・ヴェルジュやインファランテに見せるモノなど、僕がハルバロッジ氏に膝をつかせる光景のみで十分」
そう言われて、僕も少しムッとする。
そりゃ、【黒魔導士】として見た場合のトータルスペックは、まだまだ圧倒的にツァイス先生が上だろうけどさ……それでも、本人の前で言う?
なんだか――少しやる気が出来てたよ。
イルミネ校長は変わらず笑顔のまま、
「そうかそうか、では結構。じゃがな……妙な事は考えるなよ? 教頭先生にもようく伝えておくれ」
「……」
ツァイス先生は何も答えずに、校長室から出て行った。
残された僕も、ソファから立ち上がる。
「さて……それじゃ、僕も戻ります。セレーナとコロナが待ってますし」
「うむ。――ああ、ちょいと待つんじゃ、エルカン・ハルバロッジ」
部屋から出て行こうとした僕を、イルミネ校長は呼び止める。
「? はい?」
「お主に、一言だけ聞いておきたい。
――――かつて"夢"に敗れた魔導士が、今こうして世界を動かしておる。ツァイス先生、ル・ヴェルジュ、インファランテ、それに妾…………今、誰もがこうして、お主が"夢"に向かう背中を追いかけておる。
……どんな気分じゃ。かつての若造よ」
今までとは違う優しい笑顔で、イルミネ校長は僕に尋ねる。
その質問は今までの彼女の発言とは異なり、あくまで彼女自身の興味本位であろうことがすぐにわかった。
「どんな気分、って――
…………そんなの、わかりません。嬉しくもあるし、楽しくもあるし、辛くもあるし、もしかしたら少しの後悔もあるかもしれない。『リートガル』での静かな日常も悪くなかったな――って。
だけど……正直、周りがどう思ってるかなんてどうでもいいんです。今の僕には”夢”があって、その”夢”に向かって一緒に歩いてくれる娘達がいる。それは、幸せなことだろうなって。だから僕は……それだけで十分なんですよ」
僕がそう答えると、「やれやれ」とイルミネ校長は苦笑混じりのため息を吐いた。
「全く、欲の無い奴じゃ。いや、むしろ強欲過ぎて、他のことが目に入らなくなってしまっているのか……。ああもう、つまらん! 男なら、”俺は魔術で世界を征服する!”くらい言うてみい!」
「ハハハ、すみません。でも、僕はこういう奴なんです。では、失礼します」
そう言い残し、僕は校長室を後にした。
◇ ◇ ◇
――校長室に一人残されたイルミネ校長は、
「……【精霊】に認められ、世界すら揺るがす力を得たのがお主のような者で……本当に良かったぞ」
ポツリと、そんな独り言を呟いたのだった。