第六十三話 下降支援魔術②
「それじゃあ、今度は僕の番だね。シルエラ、術を解除してくれるかい?」
シルエラに言うと、彼女は小鳥にかけた下降支援魔術を解除する。
同時に小鳥は元気よく動き出し、再び上空をクルクルと飛び回り始める。
お、ラッキー。逃げていかなかった。
これなら同じ対象に術をかけられそうだな。
良い比較になる。
僕はそんなことを思いつつ、水晶の付いた杖をゆっくりと構える。
そして、
「――――"万物に流れし普遍の理気よ、暗く濁りし陰の下降、エルカン・ハルバロッジの名の下に、彼の者の動きを鈍らせ給え"――――《ディレイ》」
シルエラと同じ下降支援魔術を詠唱し、発動した。
刹那――――上空を飛行していた小鳥が黒紫色の膜に覆われ、瞬時に落下する。
まるで、強力な金縛りにでも遭ったかのように。
「そちらに行きましたわよ、コロナ!」
「ほい、っとぉ」
コロナは高くジャンプし、落下する小鳥を両手で優しく受け止める。
そしてそのまま、スタッと地面に着地した。
「……どうだい、コロナ?」
「う~ん、流石はパパだけど……この子には、ちょっと悪いコトしちゃったかもねぇ」
やや申し訳なさそうに小鳥を両手で抱えたまま、僕らの方へと歩いてくるコロナ。
そして、僕や生徒達に小鳥を見せた。
彼女の手の平の上には、とてもゆっくりと羽ばたこうとする小鳥の姿があった。
――いや、その動きはお世辞にも”羽ばたき”には見えず、ほんの少しずつ身体を動いている程度にしか見えない。
……ああ、確かにコレは可哀想なコトをしてしまったなぁ。
たぶん、この小鳥は自らの身になにが起こったのかも理解出来ていないはずだ。
飛ぼうとして飛べない。
羽ばたこうとして羽ばたけない。
……たぶん、凄いストレスなはずだ。
ゴメンね、こんなことに付き合ってもらって……
僕がそう思っていると、シルエラ達三人組がひょいっと小鳥を覗き込む。
「あ、あの、ハルバロッジ先生、これはどのくらい動く速度が低下しているんですか……?」
「ん――だいたい”七割”くらいだね。全然抗体が無いから。もうほとんど身体を動かせる感覚が無いんじゃないかな」
「な――ななわ……ッ!?」
「小鳥くん、すまなかったね。授業に付き合ってくれて、本当にありがとう」
僕が術を切ると、小鳥はすぐにコロナの手の上から大空に向かって羽ばたいていった。
パタパタ、チュンチュン、という音を奏でながら。
いやはや、予想外の授業とはいえ準備不足だったな。
次はああいう小鳥達にも迷惑がかからないようにしないと。
そんなことを考えつつ、僕はくるりと生徒達へ向き直る。
「まあ、僕の下降支援魔術はそんな感じで、なにか特別なコトをしてるワケじゃ――」
ないんだよね――
そう言おうとした、その矢先。
――――ワッという拍手喝采、いや歓声が巻き起こった。
さっき教室で起きたような大喝采が、もう一度僕へ向けて送られる。
また口笛を吹いてる子とかいるし。
「す、すすす凄いですハルバロッジ先生!!! ど、どうやったら下降支援魔術でそんなにステータスを下げられるんですかッ!?!?!?」
「ウ、ウチってば、下降支援魔術を誤解してました! や、やっぱりソレが【精霊】に認められた力なんですね!」
「リリオにも! リリオにも、ハルバロッジ先生の下降支援魔術を教えて下さいぃ~っ!」
シルエラ、パルマ、リリオの三人組も、怒涛の勢いで僕に迫ってくる。
他の生徒達も、あっという間に僕を取り囲んだ。
「――――」
僕は呆気に取られた。
何度も言うが、この子達は『ハーフェン魔術学校』の生徒だ。
世界三大魔術学校の一つに属する、世界有数のエリート中のエリートなのだ。
本当ならば、ここに居る一人一人が僕よりずっと格上の存在。
そんな子達が――僕の下降支援魔術を認めてくれている――
……ああ……見えるかい、昔の僕?
十七年前――パーティメンバーからあれだけ役立たずと罵られたキミの魔術が、今こうして認められてるよ――
信じられないだろ――?
無駄じゃなかったんだ、何もかも――
わからないね――人生なんて――
でも、これも全部あの子達のお陰だよね。
僕だけじゃ、なにも出来なかった。
改めて、セレーナとコロナにはお礼を言わなくちゃ。
ここまで引っ張ってくれて、ありがとう――ってさ。
「アハハ……なんか、感慨深くなっちゃうな……
セレーナ! コロナ! 本当に――――!」
「ほんっっっとうに、節度を守れない子達ですわね……」
――僕が言うよりも先に、背筋が凍り付く声が聞こえた。
「お父様に教えを請うのは結構ですけれど……すこぉし、度が過ぎていませんことぉ……?」
「距離感? が近すぎるよねぇ? パパはアタシ達のモノなのにさぁ……」
背後で真っ黒な炎をメラメラと燃やし、据えた瞳で生徒達を見つめるセレーナとコロナ。
お、おお……凄い……セレーナの後ろに”嫉”の文字が、コロナの後ろに”妬”の文字が見える。
二人合わせて、”嫉妬”が完成している。
「「「ひっ、ひいいいいぃぃぃ!!!」」」
生徒達は震えあがって、悲鳴を上げる。
まるでこの世で最も恐ろしい物体に遭遇した人みたいに。
中には腰を抜かす生徒まで現れる始末だ。
「…………セレーナぁ……コロナぁ……僕の感動を返しておくれよぉ……」
最後に、キーンコーンカーンコーンという終業の鐘が鳴り響く。
こうして――――僕の最初の授業は幕を閉じたのであった。
それから、『活動報告』の更新も始めました。
書籍版の情報やイラストを少しずつ公開していくつもりです。
是非そちらもご覧ください。




