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第六十一話 先生への質問


「はっ、ハイ先生!」


 何十人という生徒達の中で、一際早く手が上がる。

 他にも大勢の生徒が挙手しかけていたが、その子が一番乗りだった。


「よし、じゃあまずはキミから――――って、アレ?」


 上げられた手の主を見て、僕ははた(・・)と気付く。

 

 その手の主は、少女だった。

 それも、どこかで会った記憶がある。

 見覚えのある顔だ。


 いや、彼女だけじゃない。

 良く見ると、その両脇に座っている少女二名にも見覚えがあった。


「キミは――いや、キミ達(・・・)は確か、服屋で話しかけてきた……」

「お、覚えていてくれたんですね!? ありがとうございます!」


 そう、彼女達は――僕がセレーナとコロナに説得されて『ハーフェン魔術学校』に来た時、服屋で話しかけてきた三人組の少女だった。


「そりゃ忘れるワケないよ。あの時は……その、有耶無耶になって悪かったね」


 微妙に気まずい僕は苦笑し、軽くコロナの方に目を流す。

 すると彼女はツーンと不機嫌そうにそっぽを向き、僕や三人組の少女と目を合わせてくれない。


「い、いえ、そんなコトは……! こちらこそ突然話しかけてすみませんでした……!」

「そ、それより、まさか貴方様がハーフェンの先生になられるとは……!」

「こ、ここ校長先生の会見を、みみみ見た時は、すっごく驚いちゃって……!」


 三人組の少女は相変わらずあたふたとしながら、僕に羨望の眼差しを向けてくる。


 ホント、いつ見ても賑やかな三人だなぁ……

 それにしても、これだけ大勢の他生徒がいる中で真っ先に手を上げたのは評価出来る。

 魔術に対してか、それとも僕個人に対してかはわからないけど――積極性があるのは良いことだ。


「いやぁ、ハハハ……あの時は、まさか自分がココの教師になるなんて思ってもみなかったね……

 ……そういえば、まだキミ達の"名前"を聞いてなかったね。三人の名前を、改めて教えてくれるかい?」


 僕が聞くと、まだ座っていた二人もズバッと起立する。


「ハ、ハイ! 私の名前はシルエラと言います!」

「ウ、ウチの名前はパルマ!」

「リ、リリオの名前は、リリオですぅ!」


 なるほど、シルエラ・パルマ・リリオの三人組か……


 最初に手を上げた子が、金髪くせっ毛のシルエラ。

 次に、ショートカットで快活な印象のパルマ。

 最後は、短めに結われた黒髪と大きなメガネが特徴のリリオ。


 こういう子達が居てくれると、正直僕もちょっと救われる。

 幾らセレーナとコロナが居てくれても、全く見ず知らずの生徒達といきなり教師として接するのはハードルが高かった。

 あの三人が僕と生徒達の距離感を埋める接点になってくれるだろうし、多少でも面識があるのは気が楽だ。


 これから教師としてやっていく以上、そんな生徒に頼るような真似は良くないんだろうけど……まあ最初くらいは、ね。


「シルエラにパルマにリリオ、か。三人とも、改めてよろしく頼むよ」

「こ、こちらこそっ、よろしくお願いします! ハルバロッジ先生(・・・・・・・・)!」


 バッと頭を下げる三人。


 ――ハルバロッジ先生(・・・・・・・・)――か……

 いやはや、今更になってようやく実感が湧いてきた気がするよ。


 三人組の少女を見て、他の生徒達は羨ましそうにガヤガヤと騒ぐ。

 だが、嫉妬のような感情は向けられていない。

 たぶん、彼女達は他の生徒達とも仲が良いのだろう。

 あれだけ積極的で明るい性格をしていれば、それも頷ける。


 むしろ――――激しい嫉妬の目は、僕に向けられている。

 主に、セレーナとコロナによって。


「ギリギリギリ……」

「ふしゅる~……ふしゅる~……」


 歯軋りするセレーナと、殺気を帯びた吐息を漏らすコロナ。

 ……やっぱりキミ達、ちゃんと補佐する気ないでしょ。


「さ、さて、それじゃあ手を上げてくれたシルエラ。キミは、僕になにか質問があるかい?」

「ハイ! え、えっと、正直に言うと聞きたいことがあり過ぎて、なにから聞いて良いか迷うのですが……

 は、ハルバロッジ先生が【精霊】と戦えたのは、やっぱり"下降支援魔術のエキスパート"だったから、でしょうか……!?」


 ――おや?

 ある意味予想通りの質問ではあるけど、ちょっと入射角が違ったな。


 僕はふーむと顎をさすりながら、返答を考える。


「……どうして、そう思うんだい? さっきも言ったけど、【精霊】と僕らが渡り合えた(・・・・・)のは魔術や魔力ってだけが理由じゃない。でも――確かに前提として、戦えるだけの力を示したのも、また事実ではある。

 僕の傍には【伝説の双子の大賢者(セレーナとコロナ)】がいた。彼女達の力があったからそこ、【精霊】と戦うことが出来た。……だったら本来は、彼女達こそが恩恵を授かるに相応しい器で、実は僕は"嘘吐き"かもしれない――――そんな風に、考えないのかい?」

「そ――そんなの、あり得ません!!!」


 ワザと試すように聞いた僕に対し、シルエラは断固たる口調で言い返した。


「貴方様のお話は、もうずっと前からハーフェンでは知れ渡っておりました。【伝説の双子の大賢者】に魔術を教えた方が、どうして"嘘吐き"だなどと思えましょう。

 ……ハルバロッジ先生が【精霊】の恩恵を受けるだけの人物であるのは、疑い様もありません。ならばその力の秘密は、噂に名高い"下降支援魔術"なのではないか――そう推測出来たのです」


 ――――ほう、ほうほう。


 驚いた。

 いや、ココが『ハーフェン魔術学校』であり、彼女達がそこに所属するエリートであるならば、当然かもしれない。


 きっと――シルエラ達は、こう考えた(・・・・・)はずだ。


 確かに僕はセレーナとコロナに魔術を教えた。

 だが僕は所詮一介の黒魔導士であり、【賢者】である彼女達と比べれば、魔術に関してほぼあらゆる面で敵わない。

 もし僕が純粋に彼女達に匹敵するであろう魔導士ならば、それこそ僕も今頃【賢者】と呼ばれているだろう。


 だが、そうではない。

 にも関わらず、【精霊】は僕に力を授けた。

 ならば、それ相応の秘密が、僕にあるのではないか?


 だとすればそれは――前々から知れ渡っていた"下降支援魔術のエキスパート"という話が、きっと鍵になるはずだ。


 ――大方、そんな風に思考回路が働いたのだろう。


 まあ、当たらずしも遠からず、ではある。

 本当の理由は、魔術なんかよりずっと根本的な"心と絆"の話なんだけど。


 どうしても魔術から頭が離れないのは、如何にも魔術学校の生徒らしい。

 個人的には、良い意味でも悪い意味でも"親近感"を覚えるなぁ。


「……なるほど、面白い推測だね」

「で、ではやはり――!」

「ある一側面だけを見れば、"外れ"ではないよ。ただ"当たり"でもないかな。

 僕の下降支援魔術が役立ったのは、たぶん間違いない。でも大事なのはソコじゃないんだ。うーん、出来ればそれ(・・)をこれから教えていきたいんだけど……」


 僕が頭を傾げていると、


「良いではありませんか、お父様」


 僕の隣で、セレーナが言った。


「この場にいる生徒は皆、魔術に生きる魔術の申し子です。ならば"わかり難い部分"よりも、先に"わかり易い部分"から見せた方が話に入りやすい(・・・・・)はず……」

「? ……つまり?」


「ええ、ですからまずは、お父様の下降支援魔術を見せるのは如何でしょう――ということです♪」


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