第六十話 魔導士の英雄?
「や、やぁ、皆おはようございま――」
恐る恐る、僕は教室の中へと一歩踏み出す。
世界有数のエリート校だから、学級崩壊が起こってるってことは無いだろうけど……
いや、どちらかといえばエリート生徒達が露骨に僕を見下してくる可能性の方が高いか……
そんなことを考えつつ、彼らにどんな顔をされながら出迎えられるのか――もう戦々恐々としながら、生徒達の方を見た。
すると――
「「「――おはようございます! ハルバロッジ先生!」」」
耳をつんざくほど活気の良い挨拶が、教室中に響き渡った。
僕は、驚く。
教室に入った僕の目に映ったのは――円弧配列にデザインされた大教室の中で、何十人という生徒が一斉に起立し、眩いばかりの笑顔と羨望の眼差しをこちらに向けてくる光景だった。
街中を歩いている時の生徒達は、はしゃいで、笑って、如何にも年相応な若者であった。
少なくとも、僕はそう覚えている。
それが今は、誰も彼もが魔導士らしくピシッとしたローブをまとい、自分達こそがエリートであるという雰囲気を隠そうともしない。
"自分達こそが魔導士だ"――口を開かずとも、そう誇っている。
このONとOFFがハッキリしている感じは、双子の賢者にも通じるモノがあると思う。
そんな子供達が、新任教師である僕を期待の眼で見つめてくる――
十分過ぎるほどに、衝撃的だった。
「ウフフ、驚いていらっしゃるようですわね、お父様♪」
背後から、セレーナがクスクスと可愛らしく笑いながら言う。
「お父様が私達に魔術を教えたのは、この学校では周知の事実……。それが今や【精霊】の存在を世界に知らしめ、あまつさえ恩恵を授かった……。
そんなお方を、どうして『ハーフェン魔術学校』の生徒達が侮蔑しましょう?」
「パパはもう、この学校の英雄なんだよ! ――ううん、この学校だけじゃない。"魔導士の英雄"なんだから!」
コロナの言葉を聞いて、僕は改めて生徒達を見回した。
魔導士の英雄――――
僕が――――
「……ハ、ハハ……ホントに、そんな柄じゃないんだけどさ……」
苦笑すると、改まって――僕は教壇に立った。
「――『ハーフェン魔術学校』の生徒の皆さん、初めまして。僕は新しく皆さんに魔術を教えることになった、エルカン・ハルバロッジと言います。この二人は、僕の娘のセレーナとコロナ。彼女達は、学校で【伝説の双子の大賢者】なんて呼ばれているそうですが……。
……なんて、改まって自己紹介する必要もないんだろうね。皆、どうぞご着席ください」
僕が言うと、生徒達はゆっくりと着席した。
同時に、セレーナとコロナが僕の両脇に立ってくれる。
「イルミネ校長の会見を見て、僕が【精霊】と会ったこと、そしてその恩恵を授かったことを知った人は多いでしょう。
……もしかしたら、中にはまだ信じられない人もいるかもしれません。これまで"ほら話"とされてきた【精霊】が実在したなんて言われても、ピンとこないはずです。
無理に信じろとは言いません。ですが、真実ではあります。
紛れもない真実として――その力は恐ろしく、偉大にして強大でした。この【伝説の双子の大賢者】がいても、勝てなかったほどに」
シン、とした教室の静寂が続く。
セレーナとコロナは否定もせず、黙って僕の話を聞く。
生徒達にとって、セレーナとコロナは紛れもない生きた伝説だ。
そんな最強の存在でも、勝てなかった存在――
きっと、彼らには想像も出来ないだろう。
「それでも、僕達は【精霊】に認めてもらうことが出来ました。僕達は生きて帰ってくることが出来ました。
何故、僕らは【精霊】に認められたのか――?
【精霊】が僕らに見出したモノは、一体なんだったのか――?
それは決して、魔術や魔力だけではありません。
僕は――――ソレを皆さんに教えられたら、と思っています。
魔術を教えるのが僕なんかよりずっと上手い先生は、既にいらっしゃるはずです。
だから【精霊】が垣間見た、僕らの"それ以外の可能性"をキミ達に教える……それが僕の役割だと、そう思っています。
皆さん、どうぞ――これからよろしくお願いします」
僕が挨拶を終えるや否や――――教室から"大喝采"が起きる。
生徒全員が絶え間なく拍手し、中には口笛を吹いてる子までいる。
そんなあまりに予想外の光景に、僕は思わずたじろいでしまった。
「こ、これは……」
「皆お父様を歓迎してくれるそうですわ。良かったですわね♪」
「パパってば緊張しすぎぃ~。そんな畏まらなくても、パパはアタシ達のパパってだけで十分伝説なんだから!」
ああ……そう言えばキミ達、僕が"超スーパーウルトラハイパフォーマンスイケメン魔導士"とかなんとか吹聴してたっけね……
思い返してみれば、僕って凄いハードル上げられてたんだっけ……
挨拶が上手くいって良かった……
僕が安堵していると、
「……まあ、もっとも?」
「パパを歓迎しない不届きなヤツなんていたら、アタシ達がちょっぴり懲らしめちゃうかもしれないし、ねぇ~?」
セレーナとコロナがくるりと生徒達の方を向くと、何故かより一層拍手が大きくなった。
あと、微妙に生徒達の顔が引き攣った気がする。
……もしかしてキミ達、僕が歓迎されるように工作とか脅迫とかしてないよね?
「……とりあえず、生徒の皆を脅すのは止めようね。
さて――それじゃ仕切り直して、今日の授業を始めよう。とはいえ、生徒の皆も聞きたいこととか多いだろうし、僕も皆のことが良く知りたい。
だから今回は質疑応答にしようと思う。なんでもいいから、僕に質問とかあるかな?」
僕がそう言うと――――誰よりも早く、一人の女生徒が手を上げた。




