第五十九話 教師エルカンと双子の賢者
人生とは、本当に色々なことがあるモノだ。
例えば、若くして夢を諦めた黒魔導士崩れが、双子の娘を拾って育てたら、【精霊】と戦って魔術学校で教師になる――なんてこともある。
自分で言っててさっぱり意味がわからないけど、それが現在僕が歩んでいる人生だ。
……改めて考えると、無茶苦茶な生き方してるようにしか見えないよな、コレ。
いやでも、ホント想像したこともなかったなぁ。
魔術学校の先生になる日が来るなんてさ。
僕自身は、もう『リートガル』の古書堂で生涯を終えても良いって思ってたし。
そもそも"夢"を諦めて娘達の面倒に専念しようって思ってたから、ああいう片田舎の静かな場所を選んだワケだし。
それがあれよあれよという間に、双子の娘が賢者になって、ハーフェンに連れてこられて、【精霊】と戦って、ツァイス先生から決闘を挑まれて、オマケに教師にスカウトされて……
こんな日々、ちょっと前まで考えられなかった。
言いたくないけど、僕は一生"負け犬"のまま過ごしていくんだと思ってた。
魔術への情熱も"夢"も、忘れていくんだと思ってた。
……この生き方が正しいのかなんて、きっと誰にもわからない。
そもそも答えなんて無いんだろう。
でも――ああ、そうだ。
ただ、僕をここまで引っ張ってくれた彼女達を信じよう。
僕の"夢"が叶うと信じて、共に歩んでくれる双子の娘を――
【伝説の双子の大賢者】を信じて――――僕は、教壇へと立とう。
「その意気ですわ、お父様!」
「チョーカッコいいよ! パパ最高!」
――ガバっと抱き着いてくる、セレーナとコロナ。
ちなみに僕は今、初めて執り行う授業のために『ハーフェン魔術学校』の時計台の廊下を歩いている最中だった。
――のだが、どういうワケかセレーナとコロナの二人が僕に同行している。
本来なら彼女達も生徒の立場なワケで、時間的にもどこかの教室で待機していておかしくないのだが……
「……キミ達、頼むから僕の心の声まで読み取るのは止めておくれ……。というか、二人とも授業はいいのかい? そもそも、どうして僕と一緒に――」
「あら、クレイチェット先生から聞いておりませんか?」
「アタシとセレーナが、新任なエルカン先生の授業を手助けする"助手"になったんだよ! これで授業中も一緒にいられるね♪」
コロナの説明を聞いて、僕はギョッとする。
「な……なんだって!? "助手"!?」
「ええ♪ お父様はまだ私達にしか魔術を教えた経験の無い、白鳥の如き純真無垢な身……。ですから、この学校を良く知る私達がお父様を補佐して差し上げよう、ということになったのです!」
「だ、だけどキミ達は仮にも生徒だろう!? 学校側から許可を取って――!」
「取ってあるよ~許可なら。だいたい、アタシ達は学校で勉強するようなことは全部頭に入っちゃってるからねぇ。今更授業なんて受けても意味ないしぃ?」
お、おおう……流石は公認の【賢者】……
あらゆる黒魔術と白魔術を会得し、その全てを扱える最高位魔導士ならば、確かに授業で習うようなことなど聞く必要もないのだろう。
理屈はわかる。
わかるけども……
「……それにしたって、娘同伴で初めての授業に出るのは気が引けるんだけど……」
「大丈夫ですわお父様! 生徒達がお父様に邪な気持ちを抱かぬよう、しっかりとサポートさせて頂きます!」
「なんなら、アタシ達がパパの代わりに授業しちゃってもオッケーだよ! そうすればパパと女生徒の距離も遠ざかるし!」
……キミ達は、一体なんのために"助手"をやってくれるのかな?
なんかもう、露骨に僕と女生徒の距離感を警戒してるのがわかるんだけど……
それに僕が授業しないと、教師になった意味がないよ……
「……とりあえず僕が困ったら二人の知恵を借りるから、無駄に生徒を威嚇しないでね?」
「わかりました!」
「りょ~かぃ~♪」
グッと拳を握るセレーナと、フワッと返事するコロナ。
大丈夫かなぁ……不安だ……
いや、それでも彼女達は数多の魔術をマスターした【賢者】だから、知識量の多さは頼りになる。
そういう意味では――不安なのは、僕自身の方かもしれない。
幾ら【雷の精霊】に認められて力を授けられたとはいえ、元々は黒魔導士崩れのBランク冒険者。
魔術を教えた経験なんて、幼少の頃のセレーナとコロナにせがまれて学ばせたくらいのモノ。
血統も地位も、人望も人徳もあるワケじゃない。
そんな僕が、世界三大魔術学校の生徒に魔術を教える――
あっ、ヤバい。
改めて考えると、緊張で胃がキリキリと軋む。
がんばれ僕、ここで怖気づいたらそれこそ臆病者だ。
そんな重圧感に押し潰されそうになりながら、セレーナとコロナを連れた僕は教室の前まで辿り着く。
……よし、入り口の引き戸には黒板消しが挟められていないな。
アレは先生をからかう悪戯の定番だ。
…………そもそもイマドキの子供達が、あの悪戯を知ってるのかも怪しいけどさ。
とにかく、あからさまに拒絶されてるワケではなさそうだ。
僕は引き戸に手を掛ける。
――緊張の一瞬。
僕はグッと気を引き締め、扉を開けた。




