第五話 十歳の娘に抜かれました
――裏庭に着く。
店の裏は開けた庭になっていて、少し身体を動かしたり、小規模な魔術の練習なんかは出来るくらいの広さがある。
これも『リートガル』が田舎の街だからこそだろう。
ぶっちゃけ土地なんて幾らでもあるのだ。
僕は裏庭の中央に藁で作ったカカシを立てると、
「それじゃあ、まずはセレーナから頼むよ」
まずはセレーナの魔術から見るべく、彼女に水晶の付いた杖を渡す。
杖は彼女の身長に対して明らかに不釣り合いな長さで、まだ幼いセレーナは持つだけでも大変そうだ。
……十歳の子供向けの杖なんて、普通手に入らない。
買えるなら買ってるよ。
許してくれ我が愛娘。
「っと、むぅ……! で、では見ていてくださいまし、お父様!」
セレーナはなんとか杖を構え、カカシへと向ける。
「コホン! ……"紅蓮の息吹よ、我が名の下に、眼前の敵を焼き払い給え"――《フレイム・スロウワー》!」
セレーナが詠唱した――刹那、烈火如き火炎放射が、杖の先端からカカシに向かって放たれた。
あっという間にカカシは焼き尽くされ、ついでに地面の雑草も処理される。
「――――――」
僕は唖然とし、目元から眼鏡がずり落ちる。
――ウソだろ?
コレ、C級の炎魔術だぞ?
いきなりこんな術使えるの?
十歳の、子供が?
説明すると、魔術には級が存在する。
そう、冒険者のランクと同じ概念のモノだ。
魔術のランクは一番下がD級で、一番上がS級だ。
強力な魔術になるほど級は上がるし、発動難易度も上がる。
魔術に応じた魔力を体内で練らねばならず、また属性に応じて練る魔力の量も質も変化させねばならない。
炎属性ならば"炎"の魔力を。
水属性ならば"水"の魔力を。
そんな感じで体内に魔力をイメージし、質を変化させ、魔術へと転換する。
これが、やってみると案外難しいのだ。
しかも当人が持つ魔力の量にも左右される。
調整・制御だって慣れるまで時間がかかる。
初心者の【黒魔導士】は、この属性で躓く者も多いのだとか。
こと黒魔術においては、攻撃魔術において属性が付加されるのが基本であるため、白魔術より難易度は上になりやすい。
だから、十歳の子供がD級の魔術をすっ飛ばしていきなりC級を発動させるなんて、常識ではあり得ない。
……ちなみに僕は現役【黒魔導士】だった頃、攻撃魔術はD級までしか使えなかった。
なので攻撃魔術において、この時点でセレーナは僕を超えている。
信じ難いが、僕は十歳の娘に負けた。
「ハア、ハア……ど、どうでしょうか、お父様!?」
カカシと庭の一部を焼き尽くしたセレーナが、満面の笑みを僕に向ける。
とても可愛い。
が、焦土と化した裏庭を背景にすると少し怖い。
いや、やはり可愛い。娘だから。
「あ、ああ……凄いぞ……本当に凄い」
僕は茫然とし、そんな言葉しか掛けてやれない。
「やったぁ! お父様が私を褒めて下さいましたわ!」
セレーナはピョンピョンと飛び跳ね、喜びを全身で表現する。
そんなに僕に褒められたのが嬉しかったのか?
なんだか照れちゃうなあ。
「むぅ~……次! 次はアタシの番~!」
セレーナに嫉妬したのか、コロナが頬を膨らませて杖を取り上げる。
コロナの方が発育は良いとはいえ、やはり杖は大きい。
「よぉ~く見ててねパパ!」
「う、うん、ちゃんと見てるぞ……」
セレーナがあのレベルなら、コロナは一体どうなってしまうのか……
僕は内心、心穏やかではなかった。
コロナは杖を構える。
燃え尽きてボロボロになったカカシに向けて。
「すぅ……"大地の轟きよ、我が名の下に、眼前の敵を石槍で穿ち給え"――《ロック・ランス》!」
――――直後、長大な石柱が地面から突き出す。
石柱の先端は鋭利に尖っており、カカシはその切っ先で両断されつつ空中へと吹っ飛ばされた。
――ドサッ、とカカシだったモノが空から落ちてくる。
もはや、ほぼ原形はない。
「……マジか」
僕はもう語彙が喪失した。
この魔術も、地属性のC級攻撃魔術だ。
セレーナの放った魔術と同格である。
無論、コレも僕は使えない。
……父親を始めて十年目、僕は双子の娘に完全に抜かれました。
攻撃魔術に関してだけど。
「パパ、見ててくれた!? どうかな! どうかな!?」
コロナがワクワクした表情で僕を見てくる。
もう褒められたくて仕方ないようだ。
その様子は、どことなく子犬を彷彿とさせる。
僕はズレた眼鏡をかけ直すと、
「…………二人とも、ちょっとこっちに来なさい」
チョイチョイと手招きして、セレーナとコロナを呼び寄せる。
「「……?」」
二人はやや不安そうな表情で、僕の下へと来る。
褒めてくれるんじゃないの……? とでも言いたげな顔だ。
当然、そんなの――
「本当に凄いぞ、二人とも! よくやった!」
褒めるに決まってるよ。
褒めまくるよ。
僕はセレーナとコロナを両腕でしっかりと抱きしめた。
「お、お父様……!?」
「ふぁ……!? ぱ、パパ……!?」
「凄いよ、本当に凄い。父さん驚いちゃったな」
僕は彼女達に頬ずりし、
「キミ達は、僕の自慢の娘だ。セレーナとコロナを、僕は父として誇りに思う」
心からの気持ちを伝えた。
"たった十歳の娘達に追い抜かれた"というのは思う所もある。
でもそれ以上に、"たった十歳で父を追い抜いてくれた"というのが嬉しいのだ。
複雑な心境こそ混じるけれど、今はただ子供の成長が嬉しい。
僕はもう【黒魔導士】ではないのだ。
肩肘を張る必要はない。
「ほ、本当……? 本当ですの、お父様……?」
「あ、アタシ達、パパの自慢の子供……?」
セレーナとコロナは顔を真っ赤にして、困惑した様子だ。
「ああ……。嬉しいよ、僕は良い娘を持った」
そう言って二人の頭を撫でてやると、彼女達の顔はパアっと明るくなる。
――やっぱりあの夜、双子の赤ん坊を拾ったのは間違いじゃなかったんだ。
「いいかい? もし魔術が好きなら、これからもどんどん勉強しなさい。僕が教えられる範疇なら、二人に全て教えよう。だから精一杯やりなさい」
「! は、ハイお父様!」
「うん! うんうん! いっぱい教えてねパパ!」
二人も嬉しそうに首を縦に振る。
やっぱり、これくらいの年齢の子供は可愛いなぁ。
手はかかるけど、素直で無垢な感じが父性をくすぐる。
「えへへ……アタシね、いっぱい"くろまじゅつ"を勉強して、パパのお嫁さんになるんだ!」
唐突に、コロナが凄いことを言い出した。
「な……!? お、お父様のお嫁さんになるのは私ですわ!」
「アタシだも~ん! アタシがお嫁さんになるんだも~ん!」
「いいえ、私です!」
「ア・タ・シ~!」
どうしてだ。
褒められて喜んでたのに、いきなり姉妹喧嘩を始めてしまった。
……確かに僕は結婚してないしお嫁さんもいないシングルファーザーだけど、いくらなんでも娘をお嫁さんには出来ないだろ。
けど幼い娘が父を取り合ってくれるのは、悪い気はしない。
こういうのは、どこの家庭でもあるんだろうな。
よくは知らないが。
「ハハハ、喧嘩は駄目だよ。僕は二人のお父さんなんだから」
お婿さんにはなれないの、と僕は二人をなだめ、一緒に店の中へと戻っていく。
――この日、僕は決めた。
セレーナとコロナが、どこかのタイミングで魔術に飽きるなら、それはそれで良い。
だけど、もし、もう少し大きくなっても魔術を続けたなら――
彼女達を、魔術学校に入学させてあげよう、と。
本当にこの双子は、魔力の量も質も、底が知れない。
魔術学校で正規に学べば、きっと凄い魔導士になれる。
……僕のような"無能"とは違う。
もし【黒魔導士】になったら、"天才"と呼ばれるかもしれない。
いやまあ、出来れば【白魔導士】になってほしいけど。
そんなことを考える。
――――この時、僕は想像もできなかった。
セレーナとコロナ、この二人が魔術学校に入学するや、前人未到の快挙を達成してしまうことに。
そして――僕を再び、【黒魔導士】の道へ引っ張り込もうとすることに――