第五十八話 三大魔術学校
この世界には数多の魔導士がいる。
だが一言で魔導士と言っても、その在り様は実に種々様々だ。
ある者は黒魔術を学んで、冒険者の道を歩もうとする。
ある者は白魔術を学んで、医者として魔術を役立てようとする。
またある者はどちらも学んで、伝説的な【賢者】になったりする。
そこに至るまでの過程も、そこに至ってから先の未来も、魔術は色々な可能性を示してくれるのだ。
ただ――そんな魔導士になるまで、もっと根本的な部分で誰もが通る道がある。
そう――――"魔術を学ぶこと"だ。
もっと言えば、魔術を勉強して使えるようになるまでの、"卵"の期間。
当たり前だが、最初から魔術を使える人間なんて存在しない。
どんな天才でも、まず"知る"という所から始める。
知って、理解して、実践して、失敗して、工夫して――――そして成功して、魔術を会得する。
冒険者になる者に限って言えば、例えば僕みたいに独学で魔術を学ぶ者は多い。
けど同時に、きちんと学び舎に通って勉強に励む者達もいる。
その学び舎こそが"魔術学校"であり、中でも世界屈指のエリート校とされる三つの学校――――
『ハーフェン魔術学校』
『ル・ヴェルジュ魔術学校』
『インファランテ魔術学校』
この三校を――畏敬と羨望を込めて、世の魔導士達は"世界三大魔術学校"と呼ぶのだ。
「お主ならば、ハーフェン以外の二校も良く知っておるじゃろう? 良く知っておるから、娘達を我が校に入学させた。違うか?」
イルミネ校長はニヤニヤと笑いつつ、僕に尋ねる。
「ええ……それはもう、当時は色々調べましたからね。学校の理念というか、僕ら親子の立場に一番合いそうなのが『ハーフェン魔術学校』だったので」
まさか二人が、世界三大魔術学校に一発合格だったのは驚きましたけど、と僕は言い加える。
今から二年前――
そう、セレーナとコロナをどこの魔術学校に入学させるか考えていた時。
色々な場所を調べる中で、勿論世界三大魔術学校のことも一通り調べた。
まず――僕ら親子と縁の深い『ハーフェン魔術学校』。
ココは世界三大魔術学校の中でも、特に"自由"と"革新"を重んじる学校だ。
"新しい魔術は新しい混沌の中で生まれる"を校訓に、血統や地位に囚われない自由な校風を形成している。
イルミネ校長曰く、"混沌主義"の学校なんだとか。
なるほど、彼女が好きそうな言葉ではある。
……混沌って言葉を堂々と掲げるのは教育機関としてどうなんだ……なんて最初は思ったけど、今では彼女がどういう想いでその言葉を使っているのかよくわかる。
立場や身分、血統や地位に囚われず、才能がある者ならば立場を問わず育成する。
だからこそ様々な人間が肩を並べて、魔術を学び、競い合うことが出来る。
反面実力主義でもあるため、個人が優秀であるならば、ツァイス家のように何代にも渡って『ハーフェン魔術学校』に関わり続ける者達もいる。
加えて立場を問わない性質上、"下剋上"や"成り上がり"を狙う者が多く在籍してもいる。
教頭やツァイス先生がまさにソレだ。
清濁併せ呑む、良くも悪くも"混沌"とした実力主義の場所。
校長派と教頭派が水面下で対立していることなどからも、それが伺える。
だが、イルミネ校長は信じているのだろう。
そんな環境だからこそ、新しい時代を担えるだけの人材が輩出されるであろうことを。
そして、その理念はセレーナとコロナによって証明された。
魔導士としての血統などなくとも、優秀な者は【賢者】にまでなれると。
そんな【賢者】が、魔術史を塗り替える偉業に立ち会ったと。
まあクレイチェット先生や僕を引き入れたことからも、イルミネ校長が"変わり者好き"なのは間違いないだろうな。
次に――『ル・ヴェルジュ魔術学校』。
"魔導士とは優れた才知を持つ少数の者"を校訓とし、世界三大魔術学校の中でも特に"血統"や"地位"を重んじる。
入学する者のほとんどが代々魔導士を継いできた家系の者や、貴族・大富豪などの御曹司。
攻撃的な黒魔術を重要視する気風があり、教師生徒問わず極端にエリート意識が強い。
プライドや気位の高い者が多く、他の魔術学校を露骨に見下す者が多く在籍と言われる。
ハーフェンが自由主義ならば、ル・ヴェルジュは"選民主義"の学校といったところかな。
その特性故に、他の学校といざこざが絶えない学校らしいけど――その反面、生徒・教師問わず優秀な者が非常に多いとされる。
例えば、これまで輩出してきた学校公認の【賢者】の数は、『ル・ヴェルジュ魔術学校』が世界で最も多い。
『ハーフェン魔術学校』はセレーナとコロナによって二百年ぶりに【賢者】を輩出出来たが、ル・ヴェルジュは少なくとも十年前には一人の【賢者】を世に送り出している。
他にも、優秀な冒険者となった卒業生は数知れない。
地位はともかく、優秀な魔導士の血統はバカに出来ないのだ。
正直に言えば、ツァイス先生なんかは如何にも『ル・ヴェルジュ魔術学校』に居そうな感じである。
彼の家系が、どうして『ハーフェン魔術学校』に席を置き続けるのかはわからないけど……
ともかく二年前、『ル・ヴェルジュ魔術学校』は娘達の入学先からは最初に除外した。
……親である僕が"野良の黒魔導士の成り損ない"であったため、入学すらさせてもらえないだろうと思ったのが大きい。
当時の僕は、まだまだ魔術に対してコンプレックスを持ってたからだ。
最後に――『インファランテ魔術学校』。
"魔術は世に広まるべきであり、多くの人々に共有されるべき"が校訓の、言わば"平等主義"の学校。
その校訓が表す通り"魔術を世の中のために役立てよう"と考える学校で、魔術学校としては珍しく特に"貢献"と"共有"を重んじる。
回復などの白魔術を重んじる校風もあり、黒魔導士よりも白魔導士、特に優秀な回復役を輩出している。
冒険者以外にも、卒業後は知識を生かして医者になる者も多いとか。
世界三大魔術に数えられてはいるが、魔術学校としての"格"は他二校より劣ると言われる。
事実、よく基準とされる"【賢者】の輩出数"はハーフェンよりも少ない。
だがその反面、学校が抱える生徒数は世界最大人数を誇り、分校まであるほど。
規模だけで言えば、文字通り世界最大の魔術学校なのだ。
加えて最近はハーフェンやル・ヴェルジュと同格以上になるべく、新魔術の開発にも熱心だとか。
確かに平等とか社会貢献って言葉は耳触りが良いから、入学したいって子も多いのだろう。
冒険者を目指すとしても回復役は確実にパーティに貢献出来るし、医者を志すとしても白魔術は役に立つ。
実際、『リートガル』の街医者だったデイモンドさんも元白魔導士だったし。
僕としては、実はセレーナとコロナには『インファランテ魔術学校』へ入学してほしかったのだが……彼女達が黒魔術を好んだことから、ハーフェンへ入学させたって経緯があったりする。
将来を考えるなら、白魔術の方が良いんじゃない――?
そんな複雑な親心があったのだ。
今となっては、結果的にハーフェンで良かったと思ってるけど。
――――この三校が、数ある魔術学校の頂点に君臨する"世界三大魔術学校"。
『ハーフェン魔術学校』が【精霊】の存在を暴露した以上、他二校は面子にかけて【精霊】を探し出そうとするだろう。
それに、その【精霊】と契約した僕に対してどんな接触方法をとってくるやら……
まあ、こうして『ハーフェン魔術学校』の教員になって、イルミネ校長の傍にいる限りは過剰な心配はいらないかもしれないけど。
むしろ不安なのは、僕よりも娘達の方だ。
妙な事に巻き込まれなければいいけど……
「いやはや……先が思いやられますね」
「なあに、どっしりと構えておればよい。どうせ【雷の精霊】以外の【精霊】はまだ発見されておらぬのだ。
それにル・ヴェルジュとインファランテの校長も良く知っておるし……遅かれ早かれ、ひと騒動あるのは間違いないんじゃから」
彼奴等がどう出るか楽しみじゃのう、とケタケタと愉快そうに笑うイルミネ校長。
貴女は楽しそうで良いですよね……
流石は"混沌"なんて物騒な言葉を校訓にする人だ……
僕、これからこの人の下で働くんだよなぁ……色々な意味で不安だ……
「ハァ~……」
僕はソファの上で頭を抱え、長い溜息を漏らした。




