第五十話 僕のかわいい娘は双子の賢者
――夕刻。
空が黄昏色に染まり、真っ赤な太陽が沈みかける時間。
「…………」
病室から外に出た僕は、開けた庭の真ん中にある長椅子に座り、ぼぅっと太陽を眺めていた。
すると、
「お父様、ここにいらしたんですのね」
「もう、散歩に出るならアタシ達に言ってよぉ。付き合ってあげるのにぃ」
背後から、ひょこっとセレーナとコロナが現れる。
「ああ、ゴメン。なんだかキミ達も忙しそうにしてたからさ」
「ええ、本当に忙しいですわ。【精霊】に関する報告書の作成や、一部の教師達に対する説明会。他にも色々ありますし……教頭派の方々へ余計なことは喋れませんから、無駄に気を使いますわ……」
「ま、生徒達に情報が漏れてないのが救いだよねぇ。【精霊】なんて実在するだけでもビッグニュースなのに、それとアタシ達【賢者】が戦ったなんて言ったらさ……」
どのみち、そう遠からず開示されるみたいだけどね~、とコロナが言い加える。
そりゃ、僕を教師にしたいなんて校長が言い出すくらいなんだ。
これでもかってくらいに、堂々と"【精霊】に認められた者達じゃ!"って言いふらすつもりなんだろうな。
いよいよ、僕も『ハーフェン魔術学校』の宣伝材料にされてしまうワケだ。
「……【精霊】かぁ」
僕は右手を掲げ、沈みゆく太陽と重ねる。
【雷の精霊】がくれた、この刻印。
これが、彼らに認められた者の証。
かつて【始まりの賢者】にも授けられたモノ。
――なんだか今更になって、実感が湧かなくなってしまった。
僕は、そんなに凄いことをしたんだろうか?
本当は、ただ"夢"を叶えたかっただけなのに。
「……お父様は、やっぱり『ハーフェン魔術学校』の教師になられるのですか?」
セレーナが聞いてくる。
どこか、少しだけ寂しそうに。
「……キミ達は、反対かい?」
「アタシ達は、パパと一緒にいたいだけだからさぁ~……。パパと一緒に冒険して、パパの"夢"を叶えて、パパと笑って楽しんで……それだけで良いんだもん。パパが先生になんてなったら……」
――取られちゃう気がする、って言いたいんだろうな。
教師ともなれば、曲がりなりにも教え子を持つことになる。
そうすれば、彼女達と接する時間も減ってしまうかもしれない。
なにより――自分達だけに魔術を教えてくれた父が、自分達の目の前で他人に魔術を教える、というのがどうしても気に入らないのだろう。
それは"嫉妬"――とは、少し異なる感情なのだと思う。
「アハハ、僕はいつまでもキミ達の父親だよ。変な心配はいらないと思うな。
……だからキミ達も、"僕の娘"でいてくれるかい?」
喋っていて、ふと思い出してしまった。
セレーナとコロナは……もう"自分達が実子ではないことを知っている"、という事実を。
出来ればずっと隠しておきたかった。
ずっと知られたくなかった。
……僕はいつまでも、彼女達のことを我が子だと思っている。
でも、彼女達は――
「……お父様、その質問はちょっと不埒ですわ」
「ちょっとというか、かなり? 失礼だよねぇ」
僕を挟み込むように、じっとりとした目線を向ける。
「えっ、あっ、ご、ゴメン……?」
「私達は、それはもう何度も何度も何度も、私達のお父様は"お父様"しかいらっしゃらないと、そう言っているつもりなのですが」
「そうだよパパ。例え血が繋がってなくたって、アタシ達は親子なんだって……パパが【精霊】の前で証明してくれたじゃん♪」
それはまあ……そうなんだけど。
――――いや、そうか、そうだな。
僕がバカだった。
愚問だったよな。
……いい加減、僕も自分に自信が持てないのは止めた方がいいか。
それこそ――父親として、みっともないもんな。
「……ハハ、そうだよね。うん、聞いた僕が悪かった。キミ達は、僕の自慢の愛娘だもんな」
「オッケーオッケー、それで良し♪」
コロナが僕の頬をツンツンと指で突っついてくる。
ははは、コイツぅ。
――僕はひと呼吸ほど間を置くと、
「……二人とも、聞いてくれるかい。
僕は――『ハーフェン魔術学校』の教師に、なってみようと思う。僕が教えられることなんて、本当にあるのかわからないけど……もしあったなら、それは価値があると思うんだ。
でも、僕は"僕らの夢"も諦める気はない。セレーナとコロナ、そして僕の三人でパーティを組んで、冒険して、【精霊】に会って……それだけは譲らないように、上手く帳尻を合わせるよ。
僕は必ず……僕の目指す【黒魔導士】になってみせる。
それに、どうせ次の【精霊】の居場所も見当すらつかないし……もしかしたら学校の生徒達も、冒険の話を面白がってくれるかもしれないし、ね」
僕は、いよいよ山の陰に消える太陽を見つめて言う。
イルミネ校長先生が、僕を必要としてくれるのはありがたい。
でも僕にとって本当に大事なのは、セレーナとコロナと過ごす時間、そして"夢"を叶えて冒険者になること。
そこだけは譲れないから、要相談となるかな。
まあ、人生は長いんだ。
教師をやりながら冒険者をやるのは難しいかもしれないけど、ちょっとくらい寄り道したってバチは当たらないさ。
無論、愛娘から目を放さない程度の寄り道に限るけど。
「……そうですか、お父様がそう仰るのなら……。少しばかり、複雑な想いはありますけれど」
「それじゃ『ハーフェン魔術学校』が、これからアタシ達のお家になるねぇ。故郷も恋しいけど……ここも嫌いなワケじゃないしさ」
仕方ないなぁ、とでも言うような顔で、僕の意志を肯定してくれる。
本当に、本当に出来た娘達だ。
「では、お父様――ツァイス先生の"決闘"を、受けるのですね」
「あの人、"先を越されてプライドが傷付いた"って顔してたし、教頭派の先生達も今や面目丸つぶれだからねぇ。……裏を返せば――」
「【精霊】に認められた僕を倒せば、より高い名誉を得られる――って考えてるんだろう? だから、僕らを助けた……」
僕は長椅子から立ち上がり、刻印が刻まれた右手を前へと掲げる。
「――"稲妻の閃光よ、大気を切り裂く紫紺の雷鳴、我が名の下に、その煌きを雷電の刃へと変え給え"――――《サンダー・ブレード》」
僕は詠唱する。
セレーナの得意技にして、今まで決して使えなかった魔術の呪文を。
すると、僕の右手に青紫に発光する"電撃の剣"が出現した。
これが、【精霊】の恩恵――
僕は、雷電の刃をぎゅっと握り締める。
「……勿論、受けて立つさ。【雷の精霊】の力を試したいってこともあるけど、なにより……彼には、僕がキミ達の父親であることを、ちゃんと認めてもらわないといけないからね」
ツァイス先生には貸しがあったけど、助けてもらったから貸し借りは無しだろう。
でもそういう気持ちとは別に、僕は彼に発言を撤回してほしい。
彼は、僕が【伝説の双子の大賢者】の父親として相応しくないと言った。
でも僕は、胸を張って賢者の父を名乗りたい。
だから――"決闘"を受ける。
もう、逃げてはならないと思うのだ。
「そうですわね……でも、決闘はもう少し先になるでしょう。お父様も、まだ身体を休ませなければなりませんし」
「だからさ、今夜はとりあえず"【精霊】に認めてもらえた記念"ってことで、お祝いしようよ! アタシ達、パパのために愛情たっぷりの手料理を作っちゃうんだから♪」
コロナがガバっと抱き着いてくる。
それを見たセレーナは「あ! ズルいですわ!」とさらに僕に抱き着いてくる。
――僕のかわいい娘は、双子の賢者。
いつも通り、僕はそんな【賢者】の娘達に挟まれる。
彼女達の抱き着き癖は直してほしいけど……それは、今でなくてもいいや。
ここまで読んで下さった方々、本当にありがとうございます。
物語は一旦区切りを迎え、次回からは新章に入ります。
それと、これからは内容の質を少しでも向上させるために、隔日更新に切り替えようと思います。
なんとか時間を設けて書いているので、引き続きお読み頂ければ幸いです。
これからも、エルカン達親子をよろしくお願い致します。




