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第四十九話 先生達の集い


「おはよう、ミスター・ハルバロッジ。お水、飲む?」


 そう言いつつ部屋に入ってきたのは、クレイチェット先生だった。

 相変わらず無表情のまま、長く伸び切った青髪で目元を隠している。


「く、クレイチェット先生!? どうして貴女が……! い、いえ、それより一週間って……! 僕はそんなに眠っていたんですか!?」

「そう、何度呼び掛けても、全然目覚めないから、もう起きないんじゃないかって、心配してた。はい、お水」


 クレイチェット先生は、水の汲まれたガラスコップを手渡してくれる。

 「あ、どうも」と僕も受け取り、透明な水を一口飲んだ。


 ……一週間。

 僕はそんなに眠っていたのか。

 全然、実感が湧かない。


 僕はコップの水面に映る自身の顔を見て、


「そうですか……それはこの子達が心配するワケです。それと、クレイチェット先生がいるってことは――」

「うん、ここは、『ハーフェン魔術学校』。貴方達三人は、一週間前、運び込まれた」


 やっぱり、ここは『ハーフェン魔術学校』の病室なのか。

 つまり僕はこの病室に担ぎ込まれるまでの間、一度も目覚めなかったことになる。

 我ながらよく起きなかったモノだと思ったり。


 ――そこまで考えて、ふと疑問がよぎる。


「……アレ? でも一週間前にココに着いたってことは、セレーナとコロナが飛翔魔術(ソアリング・フライ)を使ってくれたのかい? でもキミ達だって気を失ってたし、魔力もかなり消費して……。それにエリーゼさんは……?」


 そうなのだ。

 【雷の精霊(ファラド)】と戦った『雷電の洞窟』から『ハーフェン魔術学校』までは相当な距離があるから、飛翔魔術でも使わないと"一週間前に運び込まれた"というのはありえない。


 かといってエリーゼさんが僕らを運んでくれたとしても、【斥候(スカウト)】である彼女がそんな高位魔術を使えるとは思えない。

 そりゃ確かに、彼女は『エルフ族』出身だから使える可能性は無きにしも非ずだけど……


「…………え、エリーゼの、話は、しないで、ほしい……。て、て、手紙(メッセージ)が、ミスター・ハルバロッジ達と、一緒に、届いて……。つ、次に会ったら、ど、ど、どんな要求をされるか…………ガタガタガタガタ……」


 エリーゼさんの名前を出すや、急に震えだすクレイチェット先生。


 ……ああ、そういえばあの人って"ソッチ系"でしたもんね。

 クレイチェット先生も明確に狙われてましたっけ……

 美味そうな獲物を狙う目をしてたし…… 


 ――でもその言い方からするに、どうやら彼女は『ハーフェン魔術学校』には来ていないようだ。

 なら誰が――


「……(わたくし)達をここまで運んだのは、あの人(・・・)ですわ」

「そうなんだよねぇ……すっごく気に食わないんだけどさぁ……」


 セレーナとコロナが、まるで苦虫を噛み潰したような顔で不快そうに言う。


 ――あの人?

 しかもキミ達がそんな嫌そうな顔をする人なんて、いたっけ?

 なんだか、あまり思い付かないような――――




「…………貴君らを運んだのは、(やつがれ)だ」




「――え?」


 聞き覚えのある、男の声。

 そして、紅いローブをまとった男が部屋に入ってくる。


「久しいな、【賢者】の父よ」

「貴方は――――ツァイス先生!」


 ――忘れるワケがない。

 僕ら親子が冒険に旅立つ前、時計台の廊下で急に襲ってきたカール・(ツェット)・ツァイスという魔導士だ。


 彼の姿を見るや、セレーナはもの凄く不快そうな目つきになり、コロナは「フシャ~!」と猫のように威嚇する。

 キミ達、そんなに彼のこと嫌いなのか……

 いや、僕だって決して好きな人ではないけど……


「フン……せめて貸しを作ったのだから、もう少し温かく迎えてほしいものだな」

「……ツァイス先生が、僕らを運んでくれたんですか? でも、どうして……。いや、そもそも、何故あの場に……?」


 僕が尋ねると、彼は小さくため息を吐く。


「質問が多いな。……端的に答えよう。(やつがれ)も【精霊】に会うために『雷電の洞窟』を訪れた。だが、いざ着いてみれば――全てが終わった後だったのだ」


 ツァイス先生もどこか不機嫌そうに説明する。


 そういえばこの人も【精霊】の力を狙ってるって、旅立つ前にクレイチェット先生が言ってたっけ。

 ――で、いざ訪れてみれば、戦いを終えた僕らが倒れていた……そんな感じか。


「……ですが、それだけじゃ"貴方が僕らを助ける理由"にはならないはずです。貴方だって【雷の精霊(ファラド)】に挑めたはずじゃ――」

「…………もはや(やつがれ)の口から語ることも無し。後は、"このお方"の話に耳を傾けるのだな」


 ツァイス先生はそう言うと、まるで身を引くように一歩下がる。

 その表情は……どこか"悔しさ"が滲んでいるようにも見えた。


 ――"このお方"?

 このお方って、誰のことを指してるんだ?


 クレイチェット先生のこと――じゃ、ないよな。

 それじゃ一体――





『――――話は、聞かせてもらったのじゃ!!!』





 ――今度は、部屋の中に幼い声(・・・)が響いた。

 甲高い、女の子の声。


 だけど、勿論幼い女の子の姿なんて、どこにもない。


「――は? え? 子供、の声……?」

『おぅおぅ、人様を子供(ガキ)扱いとは失敬なヤツじゃのう! どぉれ、今すぐ妾の"ぱーふぇくとぼでー"を見せてやるから、さぞ驚くがよいぞ!』


 甲高い声が言うと、ツァイス先生とクレイチェット先生が部屋の中央に向けて僅かに頭を垂れる。

 

 直後――まるで透明人間が色彩を取り戻していくかのように、足元から徐々に人の姿が現れてくる。

 そして、およそ十歳前後と思しき身長130センチほどの小柄な少女が、姿を現した。


「やぁやぁ、エルカン・ハルバロッジよ! お初にお目にかかるのぅ! 妾の名はイルミネ・リューポルド! この『ハーフェン魔術学校』の"校長"を務める、稀代の大魔導士にて!」


 バァーン!と左手を前に突き出し、登場のポーズをつける少女(ロリ)


 その恰好はクレイチェット先生やツァイス先生のような魔導士とは似ても似つかぬ派手派手な着物姿で、オマケに右手には扇子を持っている。

 ついでに、ローブも身に着けていない。


 クレイチェット先生を比較対象にするのも失礼だが、そんな彼女と比べても圧倒的に魔導士らしくない。

 オマケに超ハイテンションだし。

 "ぱーふぇくとぼでー"とか言っておいて、"ちんまり"だし"ぺたーん"だし。


「……『ハーフェン魔術学校』の、校長先生? キミが?」

「ぬふふ、バカにするでないぞ小童。妾はこう見えて、齢百年を生きる"百寿の魔導士"なのじゃぞ? 凄かろう?」

「…………えっ……ひ、ひゃく……!?」


 百歳……!?

 こんな子供が……!?


 い、いや、流石に冗談じゃ――!?


 僕が空いた口が塞がらないでいると、


「校長先生! お久しぶりですわぁ!」

「おばあちゃんってば、今日もちっちゃくてかわいい~! お肌スベスベ~!」


 僕の傍にいたセレーナとコロナが、小さな校長先生に飛び付く。

 そして愛らしそうに、二人揃って頬ずりした。


 ――どうやら、彼女が校長先生なのは本当のようだ。


「なっはっは! これこれ、ババアにはもちっと敬意を持って触らんか。というか労われ」


 イルミネ校長先生は豪放磊落な笑顔のまま、やんわりと二人を叱る。


 だが、すぐに僕を見つめ直すと――


「……エルカン・ハルバロッジよ。【伝説の双子の大賢者】の父君よ。此度の話は、全てこの子らから聞いた。その右手の刻印からして、【精霊】に認められたのじゃろう? (まっこと)……見事であった」

「え……あ、ありがとう、ございます……。まあ、色々ありましたけど……」


 まさかこのタイミングで『ハーフェン魔術学校』の校長先生が現れて、しかもそれが百歳児で、さらに褒めれるとは思っていなかった僕は、微妙に照れ臭くなってしまう。


 イルミネ校長先生は続けて、


「お主らの成し遂げたことは、紛うことなく快挙である。魔術史にその名を刻むであろう。色々と言いたいこともやりたいことも、ついでに他の三大魔術学校に話を通す面倒な会議もあるが――とにかく、ひっくるめて一言だけ伝えよう」


 彼女は両手を腰に当て、堂々とした様子で言葉を紡いだ。


「――エルカンよ、『ハーフェン魔術学校』はお主を"教師"として迎え入れたい。どうかお主の功績と勇気を、若い世代に教え諭してほしいのじゃ」


 ――僕に、『ハーフェン魔術学校』の教師になってほしい。

 その提案に、僕は度肝を抜かれた。


「ぼ、僕が先生に……!? む、無理ですよそんなの! 僕なんかが教えられることなんて――」


 以前にも、三人組の女生徒達から教えを請われたことがあった。

 けどその時も、僕がエリート校の生徒に教えられることなんてないよなぁ、と困ってしまったくらいだ。

 だから僕に教師なんて――


「いやいや、お主が"教え上手"なのは、この【賢者】達からよぅく聞いてるでな。こと下降支援魔術に関しては"えきすぱーと"なのじゃろう?

 無論、冒険を優先して、時々教鞭を振るってくれれば良い。それに……正式な学校の教師になれば、今後の冒険も援助を得やすくなるぞぉ?」


 うぐっ。

 それは悪くない誘い文句だ。


 教師をやりつつ冒険が出来るのかはわからないけど、表立って援助を受けられるのは助かるかもしれない。

 他の七体の【精霊】がどこにいるのかだってわからないし、今回の戦いで想像を絶するリスクがあることもわかったのだ。

 特にセレーナとコロナの身を考えれば、保険なんて幾らあっても良い。


「……そうだ、貴君はこの学校に所属すべきだ」


 ――意外な人物が、僕を後押しした。

 ツァイス先生である。


 彼は僕を見ると、




「ハルバロッジ氏よ、この『ハーフェン魔術学校』の教師となり――――(やつがれ)と、"決闘"せよ」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 50/75 ・よくある展開だけど面白い。ファラド戦は熱い! [気になる点] オールなんとか的なデバフまとめてかけるスキル、 カオスなんとか的な状態異常を複数仕掛けるスキルが欲しいと思った…
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