第四話 セレーナとコロナ
――双子の赤ん坊を拾ってから、既に十年が経過していた。
時が経つのは早いモノで、五年十年などは嵐のように過ぎ去った。
あっという間すぎて、つい先週まで自分が冒険者だったような気さえしてくる。
気が付けば、僕ももう二十九歳。
二十代最後の年だ。
自分がそろそろ中年に入るのだと、自覚し始める年齢。
……ホントは自覚したくないけど。
いやはや、歳は取りたくないモノだ。
「よっ、と……ふぅ、在庫の整理も終わったな。今日は店仕舞いにするか」
僕は綺麗に棚に並べられた本を見ると、いつからか掛けるようになった眼鏡を外す。
――【黒魔導士】への道を諦め、冒険者を引退してからの僕は、『リートガル』という地方都市で古書堂を開いていた。
……故郷には戻らなかった。
どんな顔して戻ればいいか、わからなかったから。
それに『リートガル』はいい街だ。
『リートガル』は僕がまだ冒険者だった頃にいた街より、ずっと小さくて長閑な街である。
地方都市といえば聞こえはいいが、実際は田舎の村より少し栄えている程度。
お世辞にも都会などではない。
しかし小規模な地下ダンジョンが付近に点在しているため、冒険初心者が多く滞在することで知られている。
そのためこの街で古書堂を開いていると、成り立ての【黒魔導士】や【白魔導士】なんかが本を買いに来てくれる。
僕の調達する本はすごく勉強になるし種類も豊富だと評判で、店は多少繁盛してると思う。
なにより、【黒魔導士】を目指している若者の役に立てていることが、嬉しい。
まさか【黒魔導士】に憧れていた頃の知識がこんな風に役立つとは、人生とはわからないモノだ。
僕がそう思いながら、眼鏡のレンズを布で拭いていると――
「お父様ー!」
「パパー!」
――店の奥から、二人の幼女がトテトテと走ってきた。
「お、来たな~」
僕は彼女達の姿を見ると眼鏡をかけ直し、しゃがみ込んで姿勢を低くする。
そんな僕に、二人の幼女は勢いよく抱き着いてきた。
「お父様! 今日はもうお仕事終わりなの!?」
片や、長い銀髪を結った紅い瞳の幼女。
「それなら"くろまじゅつ"教えて、パパー!」
片や、くせっ毛の銀髪を持つ蒼い瞳の幼女。
どちらも、まだ身長が僕の胸部の位置よりもさらに下。
僕がしゃがんで、ようやく目線の高さを合わせられるほど小さい。
――彼女達の名前は、"セレーナ"と"コロナ"。
そう、僕が十年前【黒魔導士】を諦めた、あの夜に拾った双子だ。
髪を結って紅い瞳なのがセレーナ。
くせっ毛で蒼い瞳なのがコロナである。
僕は、二人をそう名付けた。
二人とも非常に可愛らしく、まるでお人形のように端正な顔立ちだ。
まだ十歳にも関わらず、将来はかなりの美女になることは間違いない。
しかも、育ての父である僕にとても懐いてくれている。
全く嬉しい限りだ。
世の父親達が親バカになるのも頷ける。
「おいおい、また黒魔術の話かい? どうせなら白魔術を学んだらどうかな」
「いいえ、私達は"くろまじゅつ"が良いですわ!」
「だってそっちの方が、パパは楽しそうなんだもん!」
キャッキャと楽しそうに、無垢な笑顔を向けてくるセレーナとコロナ。
まいったなぁ、と僕は苦笑いを浮かべる。
――この十年間、僕は僕に出来る範囲で彼女達を育ててきた。
子育てなんてなにも知らない状態からのスタートだったから、それはそれは苦労したよ。
でも、こうしてすくすくと育っていく娘達を見ると、苦労の甲斐はあったなと思う。
性格は、セレーナはやや大人っぽく、コロナはやや子供っぽい。
特に言葉遣いに如実に表れているだろう。
双子なのに全然違うんだなぁと。
二人を見比べていると、双子でもそれぞれ個性があるんだなと思う。
発育は……現状だとコロナの方がいいかな?
まあ、まだ十歳だから将来なんてわからない。
親としては健康に育ってくれればそれで良い。
出来るだけ世俗に触れさせて育ててきたから、世間一般のマナーやら人付き合いやらは十歳としては問題ないだろう。
それで――「どうせなら」と思った僕は、彼女達に魔術を教えてみることにした。
魔術に関する知識は、持っておいて損はしない。
教養程度の範疇で、自分が教えられることを教えてみたいと思ったのだ。
子を持つ親なら、この気持ちを少しはわかってもらえるだろう。
勿論、黒魔術だけではない。
僕は白魔術に関しては専門外だったけど、【黒魔導士】を引退してからはそっち関係の書物も読むようになっていた。
古書堂なんて仕事をやってると、あらゆる魔術書が入荷してくる。
空いた時間に、チラッと読んでいたのだ。
だから白魔術でも、十歳の子供に教えられる程度の知識は身に付けたのだが――
セレーナとコロナは、どちらかといえば黒魔術の方に興味を持ったらしい。
理由を聞いても「面白いから」「パパが楽しそうだから」という答えが返ってくる。
"楽しそうだから"……と言われるのは、少々複雑な思いだけど。
個人的には、白魔術の方が将来役立つ気がするが……出来れば、子供の関心を優先してやりたい。
……言っておくが、僕はセレーナとコロナを【黒魔導士】にしようとは微塵も思っていない。
彼女達を、冒険者の道へと歩ませる気はない。
自分が果たせなかった"夢"を、子供に押し付けたくはないのだ。
そんな無粋な親にはなりたくない。
だから、よほど本人達が望まない限りは――と、思っているのだが……
「わかったよ、それじゃあ今日は属性魔術の続きを話そうか」
「あ! "ぞくせいまじゅつ"なら、私新しいのを覚えましたわ!」
「アタシもーアタシもー! 褒めてパパ~!」
え? と僕はちょっと驚く。
「もう新しい魔術を覚えたのかい? 属性の概念は、昨日ちょっと話したばかりなのに」
「ウフフ、お父様のお話がとっても面白いから、すぐ覚えましたの!」
「覚えたんだよ~! 凄いでしょ~!」
――そう、彼女達は極めて物覚えが早かった。
物覚えが早い、というより進んで吸収していく。
しかも恐ろしいスピードで。
僕が属性魔術の概念を理解して扱えるようになったのは、確か十五歳の頃だった。
独学だったのもあるけど、お世辞にも十歳の子供が一~二日で理解できる内容じゃない。
それを理解して、新しい魔術を会得したという。
「いやぁ、驚いたよ。なら、さっそく裏庭で見せてくれるかな?」
「勿論ですわ!」
「うん! 早く早く~!」
二人を僕の袖をグイグイと引っ張り、店の中から連れ出していく。