第四十八話 目覚めたら
「お父様ー!」
「パパー!」
小さいセレーナとコロナが、僕へと向かって走ってくる。
まだ十歳の彼女達はちっちゃくて天真爛漫そのもので、とっても可愛い。
そう、とっても可愛いのだ。
大事なことだからもう一度言おう。
とっても可愛いのだ。
マジ天使。
「お父様、聞いてくださいませ!」
「パパ、聞いて聞いて~!」
まだ幼い彼女達は僕に抱き着くと、キャッキャッとはしゃぐ。
ハッハッハ、なんだい愛娘達よ。
今日も黒魔術を教えてほしいのかな?
なんでもこの父に聞いてごらん。
僕がデレデレと彼女達を撫でていると、
「お父様、私達――――"結婚"致しますの」
「だからパパ――――お祝い、してくれるよね?」
……へ?
目の前にいたはずの幼いセレーナとコロナが消え――突如成長した姿で、僕の背後に現れる。
そんな二人は真っ白なウェディングドレスを身にまとい――――それぞれ、相手の男を連れている。
「お父様、今までありがとうございました。私達、幸せになりますわ」
「アタシ達、素敵な男の人を見つけちゃったんだ。だから……パパの下から巣立たなくっちゃ」
――ち、ちょっと?
冗談――だよね?
え、待って、聞いてない。
僕、キミ達の夫の名前も知らないんだけど――!?
「さようなら、お父様……さようなら……」
「じゃあね、パパ……バイバイ……」
夫と一緒に、段々と遠ざかっていくセレーナとコロナ。
待って――待ってくれ――!
僕は――僕はまだ、キミ達と一緒に――――!
「――――――はぅあッ!!!!!」
――という叫び声と共に、僕は目を覚ました。
全身汗だくで、呼吸が乱れる。
「ハア……ハア……あ、悪夢だった……セレーナとコロナが、どこの馬の骨とも知らぬ男に嫁いでいくなんて……」
いやホント、父親にとってはこれ以上ないほどの悪夢である。
せめてさ、紹介とかはしてほしいよね?
どこのどなたで、どんなお仕事をなさっているとか……
それから娘を本当に幸せに出来るのかと……
もし裏切ったら地獄の果てまで追いかけて海の底に沈めるぞと……
最低でもそれくらいの質問はしたい。
娘を愛する父として当然だ。
「やれやれ、どうしてあんな夢を見たんだろうな……まだ彼女達との冒険も始まったばか――り――」
――――自分でそこまで言って、僕はハッとした。
そして、自らの右手を見る。
そこには――――"雷"を彷彿とさせる意匠の魔術陣が刻まれていた。
「そうだ……僕は最後に【雷の精霊】に認められて……でも気を失って……」
確か僕は、ファラドとの戦いを終えた後にすぐ気を失ってしまった。
だから目覚めたのなら、僕はあの礼拝堂にいなくてはならないのだが――何故か今、ベッドの上にいる。
僕は辺りを見回す。
そこは見覚えのない小さな個室で、小綺麗な場所だった。
窓からは日差しが差し込み、チュンチュンという小鳥のさえずりが聞こえる。
僕が着ていた服も寝巻に着替えさせられており、戦闘で煤だらけになった身体も綺麗になっている。
――ここは病院の部屋、だろうか?
『リートガル』にあったデイモンドさんの個人病院にも、一室だけこんな部屋があった気がする。
「どうして、僕はこんな場所に……? い、いや、そんなことはどうでもいいんだ! それよりセレーナとコロナは――――っ!」
そう、ここがどこかを知るなんて二の次だ。
大事なのはセレーナとコロナの安否である。
彼女達は、無事なのか――――
僕がそう思っていると、
「――――ですから、今日は私がお父様のお世話をすると――――」
「――――アタシがパパの身体を拭くんだもん! セレーナは昨日も――――」
ドアの向こうから、かすかに声が聞こえてきた。
そして、ドアがガチャリと開けられる。
「いいじゃん、今日くらいは譲ってよぉ~!」
「いーえ、コロナは拭き方が荒いのです。私のように丁寧……に……」
――――セレーナとコロナの二人と、目が合った。
部屋に入ってきたのは、いつものように、元気そうに話す愛娘達。
「や……やあ……おはよう……」
状況が掴めないが、僕はとりあえず笑って彼女達に挨拶する。
セレーナとコロナ目を丸くして、茫然と立ち尽くし――三秒ほど経過する。
で、三秒後、セレーナが抱えていた手ぬぐいと桶を、ガランと落とした。
同時に、彼女達の目尻に涙が浮かび、
「お――――お父様あああああああああああああああッ!!!!!」
「ぱ――――パパああああああああああああああああッ!!!!!」
二人揃って、僕に飛びついてきた。
「うわっ!? こ、こら、危ない――!」
「良かったですわ! 良かったですわぁ! もう目覚めないのかと――ッ!」
「し゛ん゛ぱ゛い゛し゛た゛ん゛た゛か゛ら゛ぁ゛~~~ッ! パ゛パ゛の゛は゛か゛~~~~ッ!」
二人とも泣きじゃくって顔をクシャクシャにしながら、僕の顔面に胸を押し付けてくる。
うーん、柔らかい。特にコロナが。
なんて感想はともかく、どうやらよほど心配させてしまったらしい。
「あ、アハハ……ごめんよ、なんだか不安にさせちゃったみたいだね……。僕は大丈夫。それより、二人の方こそ平気なのかい?」
「私達は全然まったく本当に無問題で平気です! お父様さえお元気ならば!」
「ぱ゛ぱ゛が゛ふ゛し゛な゛ら゛オ゛ー゛ル゛オ゛ッ゛ケ゛ー゛た゛か゛ら゛ぁ゛~! た゛か゛ら゛し゛な゛な゛い゛て゛ぇ゛~!」
うん、死なないよ?
こうして元気で生きてるよ?
それに僕が元気なら無問題とか理論になってないからね?
いやまあ僕は僕で、キミ達が元気ならもうなにもかも良いんだけど。
「ところで、ここはどこだい? それに僕はどれくらい……」
眠っていたのかな?
と、彼女達に聞こうとすると――
「――――ミスター・ハルバロッジは、もう一週間も、寝たきり、だった」
部屋に入ってきたもう一人の人物が、答えてくれた。




