第四十六話 試練の終わり
「試す……って……」
ファラドの言い様に、僕は思わずポカンとしてしまう。
「で、でもさっきは失望したとか……!」
『……人の子の本性は、進退窮まった時にこそ露呈する物なり。
……"力"、"欲"、"生と死"――それらが突きつけられ、追い詰められ、そして暴き出される汝の本質を……我は見なければならなかった。
……故に、少しばかり誑かしたまでのこと』
ファラドは僅かに笑うと、両手を五本指の形の戻し、セレーナやコロナのことを見る。
「……娘らは"死の恐怖"を前にしても、汝のために尽力した。
……汝は、力も欲も、自らの命さえ天秤に乗せても、娘らのために首を差し出した。
……汝らが語る"絆"を、真に証明して見せた。汝らは――真の"父子"だ」
ファラドは身を屈め、僕のすぐ傍に倒れるセレーナの頬を撫でる。
その姿は、さっきまで無機質な脅威を振り撒いていた【雷の精霊】とは思えないほど穏やかだった。
「で、でも、彼女達の意思を尊重するからこそ、生贄にしろって――!」
『……"力"を求める者は、己が肯定される理由を欲する。そこに生き死にが関われば、尚のこと。
……汝に"力"を得る資質はない。にも関わらず、自らが生き、自らが"力"を手に入れるために、他者を犠牲にした先に可能性など存在しない。汝は……"力"を持つべき者とは異なる可能性、異なる道を、我に示さねばならなかったのだ。
……そのために、汝らの語った"絆"を利用したまでのこと。人の子の本質を暴く――これほど単純な方法もない』
彼の口調は穏やかそのものではあったが、その内容に僕はゾッとする。
彼は――僕らの実力だけを試していたんじゃない。
僕らの"在り方"――僕らの語る"夢"や"絆"が、上辺の言葉であるかどうかを確かめたのだ。
そのために、僕らを極限まで追い詰めた。
【伝説の双子の大賢者】と僕の三人を相手に、それだけの余裕があったなんて――
やっぱり、【精霊】という存在は恐ろしい。
『……汝らは、汝らのみが示し得る物を見せた。それは破滅以外の、万に一つの奇跡を起こす可能性なりて。
然らば……我は、汝に恩恵を授けよう』
ファラドがそう言った直後――――
僕の右手に、焼けるような痛みが走った。
「熱っつ――!? な、なんだ……!?」
驚いて手の甲を見ると――少しずつ焼け付くように、魔術陣らしき刻印が現れてくる。
それはどこか"雷"を彷彿とさせる意匠の魔術陣であり――そこからは、途方もない魔力が流れてくるのがわかった。
「こ、コレは――!」
『……その刻印があれば、我が司る"雷の力"を扱えよう。
……しかし努々忘れるなかれ。その刻印が刻まれている限り、汝と我は繋がっている。もし汝が"力"の持ち様を見失わば――刻印に喰い殺されると思うが良い』
彼はそう言いながら、ボロボロになった礼拝堂の中央へフワフワと移動していく。
そして、青紫色の身体が閃光を放ち始めた。
『……最後に、これだけを伝えておこう』




