第四十三話 最後に、問おう
――"閃光"と"黒球"が、激しく鍔迫り合う。
《ブラック・ホール》が《ガンマ・レイ》を光を飲み込み、魔術と魔術が一進一退の攻防を繰り返す。
S級の攻撃魔術と【精霊】の攻撃魔術がぶつかり合う衝撃は凄まじく、礼拝堂内の大気が震える。
《ブラック・ホール》は触れた物全てを虚無の彼方へと送る魔術。
幾ら他の攻撃魔術と接触したとしても、そこに衝撃など発生するはずもない。
闇属性の魔術の中でも特に静寂で、残酷な技なのだ。
にも関わらず、《ガンマ・レイ》は"黒球"を打ち消さんがばかりの魔力を送り込んでくる。
無限とすら言える"黒球"の吸収量でも、ファラドの"閃光"を吸い切れない。
このままじゃ――打ち消される。
「おおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!」
――ここで押し負けちゃダメだ。
必ず、必ずファラドに僕の――僕達の力を届かせる。
でなきゃ…………僕のために傷付いてくれたセレーナとコロナに、顔向け出来ない。
……ごめんよ、セレーナ。
今、こうしてキミの魔力を使ってる。
もう体力なんて残っていないのに――辛いよね。苦しいよね。
本当に、本当にごめん。
でも……もう少しだけ、あと少しだけ、キミの力を貸してくれ。
僕は術へ送る魔力を増幅する。
絶対に――――絶対に、負けるワケにはいかない。
その意志を、杖へと込めて。
"黒球"が"閃光"を飲み込み続け、ファラドの眼前へと迫る。
あと少しだ……!
もう時間も残されてない。
すぐにセレーナとの《魔脈》の接続が切れる。
だから、その前に――
届け――
届け――――!
《ブラック・ホール》が、ファラドへ向かって進む。進む――――
そして、もう目と鼻の先――
僕が"届く"と確信した、その瞬間、
《ブラック・ホール》の吸収量がついに限界を迎え――――"蒸発"した。
いや、それは蒸発というより、もはや"爆発"に近かった。
吸い込んだ"閃光"の一部が噴出するのような、真っ白な爆発。
爆発は衝撃波を生み、礼拝堂を破壊する。
「う――わあッ!!!」
僕は衝撃波で吹き飛ばされそうになり、砂塵と石礫が襲い来る。
とても目を開けていられない。
鼓膜も張り裂けそうだ。
立っているのもやっとだが、爆発が僕や娘達まで届かなかっただけでも幸運と思うべきか。
――爆発が終わり、僕は徐々に目を開ける。
アレほどの爆発を至近距離で受けたのだ。
如何にファラドと言えど、無事では済むまい。
そう思って、僕は顔を上げた。
そんな僕の目に映ったのは――
『……終わりなりや?』
僕のすぐ目の前に立つ――――ファラドの姿。
彼は、無傷だった。
無傷のまま、僕を見下ろす。
「あ…………」
――僕の手から、杖が離れた。
カラン、という侘しい音と共に、床へと倒れる。
『……終わりなりや?』
再び、彼は僕に聞いた。
その問いかけは、最後の最後、僕の心を折るには十分過ぎた。
――僕は脱力して、床へと座り込む。
「…………ああ、終わりだよ。これで、終わりだ……」
もう、万策尽きた。
セレーナの《魔脈》とも、既に接続は切れている。
僕には、もう打つ手がない。
恐るべき【精霊】の力。
底知れぬ魔力。
なにもかも――僕らの"夢"すらも、ここで終わり。
今この瞬間、それが確定した。
「僕の……僕の負けだ、【雷の精霊】よ……。僕には……もう、為す術がない……」
――ああ、この感覚は覚えている。
"挫折感"。
そう、十七年前にも味わった、あの感じと同じだ。
勝てない――
越えられない――
これが自分の限界なのだと思い知る、覆せない現実――
ただ無情に突き付けられる、"終わり"――
「あ……アハハ……」
何故だろう。
何故か、僕の口からは笑い声が漏れた。
「……そうか……そうなのか…………僕は、僕は娘達の力を借りても、自分の"夢"ひとつ叶えられないのか……
…………僕は、彼女達の"夢"すら、叶えてやれないのか…………っ」
――悔しかった。
悔しくて、涙が流れた。
セレーナとコロナは、僕をもう一度【黒魔導士】にしてくれた。
彼女達は、僕をもう一度【冒険者】にしてくれた。
あの子達は、僕にもう一度"夢"を見せてくれたんだ。
――なのに、僕はどうだ。
僕は娘達の期待に、最後まで応えられなかった。
僕は、彼女達を裏切ってしまった。
最悪だ。
僕は最悪の父親だ。
結局――僕は【黒魔導士】としても【冒険者】としても、父親としても、失格だった。
『…………』
ファラドが、僕を見下ろす。
今の僕の姿は、さぞ滑稽だろう。
さぞ可笑しいだろう。
笑いたければ笑うがいいさ。
殺したければ――殺すがいいさ。
『……汝は良くやった。汝の才は非凡なり。
……だが、我を失望させるなら……その対価は、払わねばならぬ』
ファラドは、セレーナと切り結んだ時のように自身の右手を刃状に変え、僕の首元にあてがう。
『……汝には、首を差し出してもらおう。対価は、その命なりて』
「…………そうか……わかった…………対価を……払うよ……」
もう僕に生きる意味はない。
初めから危険な賭けだったのだ。
せめて最期くらいは、潔くありたい。
「……でも、約束してくれ。あの子達には……セレーナとコロナには、手を出すな。娘達だけは……助けてやってほしい」
ファラドは、セレーナとコロナは認めたと言った。
ならば、彼女達の命を奪うことまではしないだろう。
今の僕に願いがあるならば、彼女達が無事でいてくれることだけだ。
『……ほう』
ファラドは相槌を打つと、どういうワケか僕の首元から刃を退ける。
『……我は、汝を認めておらぬ。しかし、その娘らは認めよう。娘らが見せた"力"は、我が恩恵を授ける器なりて。然らば、娘らの尊厳を重んじ……最後に、問おう。
……汝が首を差し出せば、娘らを外へ送り届けよう。
しかし……娘らを"贄"とするならば、汝を許し、汝に我が恩恵の全てを授けん。
そのどちらかを……汝が、決断せよ』




