第三十八話 精霊の力
礼拝堂の半分を吹き飛ばし、業炎で燃やし尽くす。
セレーナの使った《ノヴァ・エクスプロージョン》は強烈な爆発によって広範囲を吹き飛ばす、炎属性のS級攻撃魔術だ。
その威力は伊達ではなく、今さっきファラドが使った《積雷雨》と比較しても遜色ない迫力である。
相手が並のモンスターであったなら、既に塵も残っていないだろう。
「しょっぱなから飛ばすじゃんセレーナ♪ 景気良いねぇ!」
「おバカなことを言ってないで集中なさい。まだ――手応えはなくてよ」
はしゃぐコロナとは対照的に、セレーナの表情は晴れない。
それもそうだろう。
何故なら――
『…………』
今だ燃え盛る業炎の中で、ユラリと人影が動く。
そして、その人影が片腕を払うと、瞬時に炎は消え失せてしまった。
姿を現したのは、まるで無傷に見える【雷の精霊】。
「……やっぱり、【精霊】相手ではこんなモノですわよね」
セレーナの頬に、冷や汗が落ちる。
術を放った彼女だからこそ、感触がわかったはずだ。
【賢者】である自分の魔術ですらも、容易には倒せない、ということが。
『……なるほど、そこな二人は"力有りし者"か。見事な魔力なり。
……だが、真に"厄"足り得るのは――』
ファラドの視線が、"僕"へと向けられる。
「――! コロナ! 《プロテクション・イージス》を前方だけに集中するんだ!」
「ふぇ? り、りょーかい!」
コロナは僕らを囲むように展開していた防御魔術を、前方のみに固める。
すると《プロテクション・イージス》は"膜"の形から"盾"の形状へと変化し、実質コロナの前方のみを護るようになる。
魔力を送る量が同じならば、こちらの方が防御力は上だ。
彼女に指示を送った僕も、杖を構え直す。
「――"万物に流れし普遍の理気よ、暗く濁りし陰の下降、エルカン・ハルバロッジの名の下に、彼の者の眼を曇らせ給え"――――《アキュラシー・ディセンド》!」
僕の詠唱が終わる直前、ファラドは足元の瓦礫を一つ、フワリと魔力で浮かせる。
それを自身の眼前でピタリと止め、人差し指の指先を当てると、瓦礫に電流をまとわせる。
『――《レール・カタパルト》』
僕の魔術発動と前後して、彼も瓦礫を撃ち出した。
一瞬の閃光。
目にも止まらぬ弾速。
電流をまとった瓦礫は光速の砲弾と化し――コロナの《プロテクション・イージス》へと直撃する。
耳を裂くような着弾音と共に――――《プロテクション・イージス》が、ファラドの攻撃を弾いた。
いや、弾いたと言うよりも"跳弾した"と表現した方が正確だろう。
ファラドの撃ち出した瓦礫は、"盾"の中心点から大きく逸れたのだ。
《アキュラシー・ディセンド》は敵の"命中率"を低下させる闇属性のB級下降支援魔術。
これで、ファラドが狙った場所からズレたのである。
跳弾した瓦礫は礼拝堂の天井を破壊し、さらにその向こうの地層まで貫通していった。
どこまで瓦礫が届いたのか、もはやわからない。
まさか洞窟の層に完全な穴を空けて、空まで見える――となっているとは、思いたくないけど。
「うっ……わ……。い、今の、真ん中に入ってたら……」
コロナが引き攣った笑みを浮かべる。
そう――おそらく、貫かれていた。
彼女の"盾"は破られていた。
結果どうなるか……語るまでもあるまい。
これでも、まだ僕の弱体化でファラドの攻撃力は下がったままなのだ。
それで尚この威力。
これが【精霊】の力――ってことだ。
セレーナ同様、術者であるコロナもファラドの強さがよくわかったらしい。
彼女達からすれば、自分の魔術が通用しない未知の敵であるが――
「ああ……でも、これでハッキリした。アイツに、僕の下降支援魔術は通用する」
逆に、僕は確かな手応えを感じていた。
間違いない――【精霊】が相手だったとしても、弱体化をかけることが出来る。
かなり抗体が強くて四割下げるのがやっとだけど、それでも通用してる。
これなら……イケる、かもしれない。
緊張と威圧感に押しつぶされそうな中で、僕は充足感を感じていた。




