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第三十六話 信頼と絆


『…………』


 ファラドは沈黙のまま、僕らを見つめる。


 ――喧嘩を、売ってしまった。

 宣戦布告をしてしまった。


 セレーナとコロナの言葉は、まさしくソレだ。


 "どうせ実力を測るのなら、御託を言わず戦え"


 常識的な魔導士の感性ならば、天地がひっくり返ってでも【精霊】に言える言葉ではないだろう。

 ましてや魔導士の代表と言ってもいい【賢者】の称号を持つ者ならば、尚更だ。

 

 でも――――実に、彼女達らしい。


「は……ハハ……」


 僕は最初こそ唖然としてしまったが、あまりにも思い切りが良すぎて、少しずつ笑えてきてしまった。


『……あな懐かしや。かつて力を与えた人の子も、同じ目をしていた。

 ……"信頼"と"絆"、"希望"と"夢"――――それもまた、人の子が持つ力なるか』


 ファラドは目を瞑り、昔を思い出すように語る。


 もしかしたら、【始まりの賢者】も同じだったのかもしれない。

 彼にも、信じられる仲間がいたのかもしれない。


 【始まりの賢者】の物語には、彼に仲間がいたという話は出てこない。

 今では語り残されていないけれど――僕にはわかる。

 

 きっと【始まりの賢者】にも、そういう人がいたのだろう――と。


『……人の子は脆く儚い。その命も、その心も。

 ……されど"絆"で結ばれた人の子らが、運命を変えたことがある。我は、かつてそれを目の当たりにしたことがある』


 ファラドはゆっくりと目を開け、僕らを見た。 


『……汝らの先にある物は、論なき破滅か、万に一つの奇跡か、その択のみ。それでも力を欲するならば――敢えて問おう』


 そう言って、ファラドはパチパチと小さな雷音が鳴る腕を掲げ、その不定形の人差し指で僕を指差す。


『……血の繋がりは、人の子にとって無二の"絆"なり。それは祝福とも、呪いともなり得るほどに。

 ……だが汝らは、それが無いと言う。

 であるならば……汝らを結ぶ"絆"とは、なんぞや?』


 僕に、そう問うてくる。

 僕が、問われている。


「――お父様」

「――パパ」


 セレーナとコロナも僕を見て、可愛らしい笑顔を見せてくれる。

 "そんなの、決まってるよね"と、アイコンタクトしているように。


 ――ああ、そうだね。そんなの――――




「……決まってるじゃないか。それでも――僕らは"家族"だからだよ」




 僕は杖を地面に突き、立ち上がる。


「血が繋がらなくったって、僕らは"親子"なんだ。"親子の絆"で結ばれてるんだ。僕は父親で、セレーナとコロナは僕のかわいい双子の娘なんだよ。

 血が繋がってないと家族じゃないなんて……そんなのクソくらえ(・・・・・)だ」


 僕は言い切った。

 言い切ることが出来た。これだけは。


 ――ファラドは、再び目を瞑る。



『……"志"なきを"絆"で補う。それも人の子の可能性なるか。

 ……良かろう。ならば試してやろう。"夢"を見せてやろう。

 やはり七千年経てど、人の子は好ましい。されど試すとあらば――容赦は出来ぬ』


 そう言った刹那――――彼の稲妻の身体が、より強烈な発光を見せる。

 その身体はやがて宙へと浮き上がり、青紫色の電撃(プラズマ)を礼拝堂の内部に張り巡らせる。


 神々しい――

 【雷の精霊・ファラド】からは、そうとしか表現出来ないほどの威圧感(プレッシャー)が放たれる。


 ……正直に言えば、もう漏らしそうなほど恐ろしい。

 自分の身体が、恐怖で小刻みに震えてるのがわかる。


 それでも僕は、しっかりと膝に力を入れて立っていた。立つことが出来ていた。


 何故なら――僕の"夢"は、もう僕だけの"夢"ではなくなったからだ。


 ――――ファラドが、大きく目を見開く。




『八大精霊である我に、力を示せ。さすれば、汝らに恩恵を授けん』




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