第三十四話 双子の娘、パパのために怒る
「セレーナ……?」
僕は地面に膝をついたまま、愛娘の顔を見上げる。
彼女は――怒っていた。
激怒の表情で、【雷の精霊】であるファラドを睨んでいた。
「"諦めろ"ですって……!? お父様のことをなにも知らないくせに、偉そうなことを言わないでッ!」
【精霊】に向かって、容赦なく言い放つセレーナ。
彼女はまるで自分事のように怒り、自分事のように悔しがっている。
その様子は、さながら僕の代わりに怒ってくれているかのようだった。
もう怒りすら出来なかった、僕の代わりに。
だが、どうやら腸が煮えくり返っているのは、彼女だけではないらしい。
「……パパの"夢"が、取るに足らない……? なにそれ、じゃあどんな"夢"なら取るに足るのさ」
コロナが一歩前へ出て、ゾッとするほど冷たい声を発する。
彼女の表情からも、普段の明るくて気軽い感じは完全に消えている。
「パパはさ、アタシ達が【賢者】になったって言った時、泣いて喜んでくれたんだよ? 自分が諦めた"夢"を、アタシ達が果たしてくれたって。アタシ達がいるから、自分は"夢"を諦めても前に進むことが出来たって。
才能がないって言われて、挫折して……それなのに、魔導士として成功したアタシ達に、パパは優しくしてくれた。
そんな真っ直ぐな人の"夢"を、取るに足らないだなんて――諦めろだなんて――アタシは絶対の絶対に、許せないよ」
コロナはギュッと拳を握り、静かに憤怒と悔しさを言葉に滲ませる。
そんな彼女達を見ても、ファラドの表情は変わらない。
『……志なき者に術を与えても、待つのは破滅のみ。そこに気心など関係あらず。
……彼の人の子には"迷い"がある。……彼の人の子は、己が歩む道すら見えていない』
ファラドは僕へと顔を向け、無機質に事実を述べる。
――――この世に生きるほとんどの人は、必ず一度は"夢"を見る。
自分はああなりたい。こうなりたい。
自分はこういうことをしたい。
自分はこうして生きていきたい。
そんな夢想を、したことのない人はいないだろう。
けれどほとんどの人は、そんな"夢"など忘れて生きる。
そしてほとんどの人が、それでも幸福な一生を過ごせる。
だが、それでも"夢"を忘れられなかった者達は、いつまでも"夢"を追い続ける。
けれど……ほとんどの人は、その"夢"を叶えられない。
それは才能が足りなかったり、運が足りなかったり、あるいはもっと他の問題があったり――
ただ一つだけ言えるのは、そこに人の優しさや誠実さなどは無関係ということだろう。
だから……コロナの言っていることは、子供の理想論に過ぎない。
挫折を味わえば、それがわかってしまう。
だから、ファラドの言い分が理解出来てしまう。
最後に、僕が反論出来なくなる決定的な――"迷い"。
どこまでも付きまとう――愛娘を危険な旅路へ連れ出す、不安。
そして、娘達の人生と自分の"夢"の天秤。
あれほど積極的になって、セレーナとコロナが僕を冒険に連れ出してくれたというのに――
最後の一歩。
その最後の一歩が、割り切れない。
こんな自分が……本当に情けない。
「……お父様には、確かに"迷い"があるやもしれません。それはきっと、私達のせいなのでしょう」
セレーナが、僕を庇うように言う。
そんな彼女に、コロナも続く。
「でもさ……ううん、だからこそアタシ達は――パパの"道しるべ"に、ならなきゃいけないんだ」




