第三十三話 その力は誰がために
「え……?」
なぜ――って……
それは、僕の"夢"だからだ。
強力な攻撃魔術を使える【黒魔導士】になる。
そしてあらゆるダンジョンを踏破する冒険者となる。
ただそれだけを目指して、ここまで来た。
「ぼ、僕は立派な【黒魔導士】になりたい! 数多の攻撃魔術を使える【黒魔導士】となって、この子達と冒険をしたい! それが――僕の"夢"だ!」
笑うなら、笑え。
【精霊】を相手に"夢"を語るなど、まるでバカげているのは理解してる。
それでも、僕は胸を張って言わねばならない。
だって僕の"夢"は、もう僕だけのモノではなくなっているのだから。
『…………"夢"、か』
ファラドは顔を上げ、虚空を見つめる。
『……良き言葉だ。懐かしき響きだ。それこそが、人の子だけが持ち得る力の源流。古来より変わらぬ、人の業。
……では人の子よ、その"夢"の果てに、なにを見る?』
「"夢"の――果て――?」
その言葉を聞いた瞬間、僕は自らの思考が完全に止まったのがわかった。
『……戦う力を得て、なにを成す? 破壊なりや? 暴虐なりや?
……戦う力を得て、何者を倒す? 力の矛先は何処なりや?』
「そ、それは……」
――即答、出来ない。
僕は攻撃魔術を使って、凶悪なモンスターを倒したい。
それは間違いない。
けど、"じゃあなんのモンスターを倒したいんだ?"と聞かれると――わからない。
そして、"モンスターを倒してなにを得たいんだ?"という問いには――答えが、ない。
僕はただ――ただ、【黒魔導士】になりたかった。
【黒魔導士】になって、かつて故郷を救ってくれたあの魔導士のような、強力無比な魔術を使いたい。
それだけ、だったんだ。
僕はそれだけで十分なんだ。
それ以上なんて、高望みはしない。
ただそれだけが――子供の頃からの"夢"だったのだから。
『……矛先なき力の先にあるのは、"破滅"のみ。敵を見失い、隣人を見失い、最期には己を見失う。
……その業を背負うと言うのなら、それも良い。それも人の子の業なれば。
されど……汝の心には、"迷い"があるな?』
「――――!」
ダメだ――――洞観されている――――
この【精霊】は――――僕の心を――――
『……汝からは、破壊も暴虐も、破滅の業さえも感じない。汝の本質は"力"にあらず。汝は、哀れみが深すぎる。
なにより……"夢"を語りながら、"夢よりも大事な物"が、心の中にある。汝の求める力は、誰がための力なりや?』
「ぼ……ぼ……僕、は……!」
杖を持つ手がカタカタと震える。
嫌だ――
それだけは、それだけは聞きたくない。
【精霊】である貴方から、その言葉だけは――
『……汝が力を持つこと叶わず。これは愚問愚答なりて。
…………汝の"夢"は取るに足らぬ、驢鳴犬吠の如くなり。
全てを…………諦めよ』
僕は、膝から地面に崩れ落ちた。
……『属性』を司る【精霊】は、僕とって神に等しい。
他の魔導士にとってもそういう存在だろう。
そんな他ならぬ【精霊】からの否定は、僕にはあまりに受け入れ難い現実だった。
――――お前の"夢"など、聞く価値もない。諦めろ。
そう、言われた。
僕の願いは、あまりにもあっけなく否定された。
そりゃつまらないだろうさ。
取るに足らないだろうさ。
僕の"夢"は、他者から見ればくだらないだろうさ。
それでも僕は、子供の頃からそんな"くだらない夢"に憧れてきたんだ。
そしてもう一度、そこに向かって歩き始めたんだ。
それ、なのに――
どうして――――僕は――――
もはや、僕はなにも考えられなかった。
頭が思考を拒否した。
僕はこれが、本当に全ての終わりなのだと思った。
そう、僕は。
けれど、
「……バカにするな」
セレーナが、ポツリと呟くように言った。
彼女の握り拳が、震えている。
そして、
「お父様の……お父様の"夢"をッ、バカにするなッ!!!」
セレーナは、【雷の精霊】に向かって吠えた。




