第三十二話 問う
全身の毛が逆立つのを感じた。
見られている。
観察されている。
今の僕らは、ヘビに睨まれたカエルだ。
本能が、お前らは被食者だと警告してくる。
ジョッシュ達のパーティに所属していた頃、足が震えるほど恐ろしいモンスターとは何度も対峙した。
けどこの恐怖は違う。
根本的に、なにかが。
額から冷や汗がにじむ。
しかしここで怖気づいては駄目だ。
「そ、そうだ! 【雷の精霊】よ、僕らは貴方に会いに来た! どうか姿を見せられよ!」
礼拝堂の天井に向かって、僕は叫ぶ。
声が反響し、エコーとなって数秒間響き渡る。
そして声の反響がなくたった後――シン、と礼拝堂は静まり返った。
静寂に包まれる。
時間にして五秒ほどだろうか。
――――"ピリッ"と、壁に小さな電流が流れる。
その電流は少しずつ増えていき、やがて礼拝堂の壁から天井までを覆うほどの大電流となる。
やがて全ての電流は一か所へと収束されていき――――
礼拝堂の中に、"雷"が落ちた。
大気を震わせる雷音。
落雷の衝撃によって床が吹き飛び、石つぶてと砂煙が僕らを襲った。
「うわッ!」
「きゃあっ!?」
ほとんど近距離で、しかも室内で落ちる雷の迫力と恐ろしさは、まさに"神の力"すら連想させる。
――砂煙が晴れていく。
――何者かが、そこに立っている。
青紫色に発光し、バチバチという放電音がうっすらと聞こえる。
それは人の形だけを模した、人でない"モノ"。
そして砂煙が晴れて、僕らの前に姿を現したのは――――
『人の形をした稲妻』。
抽象的に表現するなら、そういう存在だった。
雷の身体はやや不定形で、半透明な青紫色の電流で全身を構成している。
特に足の先端の形状はハッキリとしていない。
その頭には人間と同様に顔があり、美女、あるいは美男子に見える。
中性的で、文字通りの"神秘的な美しさ"と言える顔立ち。
もっとも、【精霊】に性別という概念があるのかすら不明だが。
『……我、『雷』の力を司る八大精霊の一つなり。我が名は【雷の精霊・ファラド】。よくぞ来た、人の子らよ』
やはり男の声とも、女の声とも判別出来ぬ無機質な声色。
だがその声には不思議な神々しさがあり、表情のない顔と相まって、独特のプレッシャーがある。
「さ、流石に目の前に立たれると、威圧感がありますわね……」
「いや~、想像はしてたけどさ、ある意味"想像通り"ってのも怖いよねぇ……」
然しもの【賢者】であるセレーナとコロナも、冷や汗が頬を伝っている。
やっぱり、本当は彼女達だって怖いんだ。
なら、余計に僕が怖がるワケにはいかない。
僕は自らを奮い立たせ、ギュッと杖を握る。
「【雷の精霊・ファラド】よ。僕はエルカン・ハルバロッジと言います。この二人は、僕の娘のセレーナとコロナ。僕達は、貴方に尋ねたいことがあって来ました」
『……人の子よ、我になにを問う』
――あれ?
意外と話を聞いてくれる?
てっきり、会った瞬間から襲い掛かってくるものと思ってた。
でも、会話が出来るなら助かる。
「……単刀直入に伺います。僕は生まれつきの体質で、攻撃魔術がほとんど使えません。けれど貴方の力を借りれば、僕でも攻撃魔術が使えるようになるかもしれないと聞きました。無礼は承知の上ですが……僕に、力をお貸し頂けませんでしょうか」
『……ほう』
僕が聞くと、ファラドは興味あり気に相槌を打った。
『……あな懐かしや。かつて八大精霊が力を与えた人の子も、そのようなことを言っていた。もう七千年も前のこと』
――やはり、【始まりの賢者】に魔術を教えたのは【精霊】なのか。
これで"ほら話"とされていた逸話が、本当だと証明されたな。
世間には公表出来そうもないのが残念だけど。
「では、僕でも――!」
『……我が力を貸し与えたならば、『雷』の魔術は全て扱えるようになる』
ファラドの口からその一言を聞いた瞬間、僕は全身に鳥肌が立った。
やった――!
不可能じゃなかった!
クレイチェット先生の仮説は正しかったんだ!
「や、やりましたわね、お父様!」
「これでパパは最強一直線コースだよ! Sランク【黒魔導士】間違いなしだよ!」
ファラドの前にも関わらず、いつものように抱き着いてくるセレーナとコロナ。
なんかもう、こういう場面だと一周回って落ち着くなぁ。
そんな僕らを見ていたファラドは、
『……人の子よ』
僕を見て、再び話を切り出した。
『……汝は、なぜ戦うための力を欲する?』




