第三十一話 雷の精霊
「エリーゼさん、少しお聞きしても良いですか?」
『雷電の洞窟』を進む最中、僕は彼女にそう切り出す。
「はい、なんでしょう?」
「ああいや、エリーゼさんが冒険者になった経緯といいますか……」
僕が微妙に濁した感じで尋ねると、彼女は察した様子で、
「ああ、『エルフ族』である私が冒険者になった理由ですか」
あっけらかんとした感じで、単刀直入に聞き返してきた。
……特に言い難い理由もないのかな?
そもそも『エルフ族』は人間に関わらない――というより嫌っている者も多いと聞く。
加えて彼らは基本的に出不精で、『エルフ族』の里は外部との接触を極力避けるようにひっそりと存在しているとか。
そんな『エルフ族』の出身の者が、積極的に冒険者として関与していくのは変わっている証左だ。
でなければ、特別な目的があるとか……
デリカシーがないと言われればそれまでだが、理由が気になると言えば気になる。
「ええ……差し障りなければ、お聞かせ願えますか」
「それは単純な理由ですよ。私は『エルフ族』が"嫌い"だからです」
――「え?」と僕の口から疑問符が漏れる。
まるで気兼ねなく返された彼女の答えは、僕にとって予想だにしないモノだった。
「私は『エルフ族』も故郷の里も故郷の風習も、みんな嫌いです。だから外に出ました。それだけです」
「あ、えっと……そう、なんですね」
「付け加えるなら、魔術もあまり好きではありませんね。『ハーフェン魔術学校』から籍を外しているのも、ソレが理由ですし。
ああ、でも魔導士の存在自体を否定したりはしませんよ? 素敵な魔導士の方は大勢いますよね! そう、クレイチェット先生とか、セレーナさんやコロナさんみたいに!」
セレーナさんはニコニコと笑ってセレーナとコロナを見つめるが、彼女達はすぐに僕の背後に隠れた。
……さっきはいとも容易くブルヘッド・オーガを倒した【賢者】達が、まるで子猫のように震えている。
「アハハ……とにかく、父親のいる前で娘を口説くのは止めて下さいね。……なんと言いますか、すみません、興味本位で聞いてしまって……」
「いえいえ、気にしないで下さい。全然言い難くなんてありませんよ。
――それより話題を変えません? 例えばそう……【精霊】に関する話が、『エルフ族』の中でどう伝わっているのか――なんて、興味ないですか?」
なんだか気を使わせてしまった感じになってしまった。
悪いことしたなぁ、と思いつつ、彼女が持ち出した話題にはとても興味がある。
「! 『エルフ族』の間でも、【精霊】の存在は知られているのですか!?」
「人間の伝承だと【精霊】の存在は"ほら話"みたいですが、『エルフ族』では"精霊信仰"という形で根強く信じられています。
"八神様が作りたもうた現の世界。
一つ目に、炎神様が火山を作り、水神様が海を作り、風神様が空を作り、土神様が地面を作った。
二つ目に、雷神様が雷雨を降らせ、氷神様が雪を降らせた。
三つ目に、光神様が太陽で照らし、闇神様が月で照らした。
こうして世界に自然が生まれ、生命が育まれた"
……こんな伝承歌になるくらい、信仰の対象となっているんです」
へえ、と僕は聞き入ってしまう。
『エルフ族』にそんな具体的な"精霊信仰"があるとは思わなかった。
それじゃ、もう立派な神様じゃないか。
"ほら話"なんてバカにされてる僕らの知ってる逸話とは、まるっきり真逆の扱いだ。
「だから私も興味がありますね。『エルフ族』がそこまで信じる神様が、どの程度のモノなのかってことは……
――っと、それよりもうすぐですよ。この道を行けば、すぐに《精霊の神殿》が見えてきます」
エリーゼさんに言われて、僕は道に意識を向ける。
道は、まだまっすぐ奥へと続いている。
けどエリーゼさんが指差すのは、完全になにもない壁の方向だ。
「えっと……どこに道が?」
それっぽいモノは見えませんが……
なんて僕が聞き返すと、エリーゼさんは壁に手を触れる。
すると――彼女の腕は、まるで水面に呑み込まれるようにトプンと沈んだ。
「! そうか、《幻覚》の魔術……!」
「他の冒険者を近づけないためには、こうやって隠してしまうのが一番なんです」
曰く、少し前まで見張りを立てていたらしいが、それだと逆に冒険者に怪しまれてしまったそうな。
それはまあ確かに、ダンジョンの奥地で魔導士の見張りなんて立ってたら変だもんな。
「では、行きましょうか」
エリーゼさんは《幻覚》の壁の中へと入っていく。
僕らもそれに続き、見えない道へと足を踏み込んだ。
壁を抜けた後も、しばらく道なりに進む。
すると――――
「――! ココが……!」
古びた白い壁、古びた白い柱、古びた白い彫刻――
僕らの前に、そんな建造物が佇む。
人の気配はない。
にも関わらず各所に青紫色の火が灯っており、不気味さを醸し出している。
「ええ、ココが《精霊の神殿》です。この先に……【雷の精霊】がいますよ」
そうなのか、遂に――
僕の心臓は、ドクンと強く脈打つ。
「……ここから先は、私は一緒に行けません。ここまでが私の契約範囲内ですし、皆さんが【精霊】をモノにしないと意味がありませんからね」
良くも悪くも、今までと同じように淡泊な物言いをするエリーゼさん。
仕事は契約範囲のみ。
感情に任せて危険に飛び込み、命を落としたのでは元も子もない。
冒険者らしい考え方だ。
それでも、多少なりとも僕らの心配をしてくれているのが、口調からは伝わってきた。
「わかっています。ありがとうございました。……僕らに万が一のことがあったら、クレイチェット先生によろしくお伝えください」
「いいえ、伝えません。それに皆さんが『雷電の洞窟』を出るまで付き添わないといけないので、私はここで待っていますね。手早く終わらせてきて下さい」
エリーゼさんはそう言って、場の緊張感に似つかわしくない朗らかな笑顔を作る。
……これはきっと、エールを送られている、んだろうな?
死ぬんじゃないぞ、って。
「あ、アハハ……わかりました。それじゃ、必ず帰ってきます」
僕は苦笑しつつ言うと――傍にいたセレーナとコロナの方を向く。
「……セレーナ、コロナ」
「お父様、ここまで来たら――」
「もう硬いこと言いっこなしだよねぇ、パパぁ♪」
二人はそれぞれ、僕の手を握る。
「……まかり間違っても、"もしもの時はお前達だけでも逃げろ"などと言わないで下さいませ」
「アタシ達は、いつまでもパパと一緒。大丈夫だよ、だから信じよ? ね?」
……僕がなにを言おうとしたのか、簡単に見透かされてしまっている。
いやはや、ここまで来ても娘達に励まされるとは。
――いや、この場合は彼女達の意志と精神力の強さを称えるべきなのかもしれない。
それこそが、僕をここまで連れてきてくれたのだから。
「……そうだね、ゴメン。僕が野暮だった。それじゃ――――行こうか」
僕はセレーナとコロナと共に、《精霊の神殿》へと踏み込む。
だだっ広い入り口を入ると、そこは一本道。
何本もの柱が左右に並び、僕らを奥へと誘う。
道に沿って、歩く。歩く。
そうして――――"朽ちた礼拝堂"のような場所に行き着いた。
そこはかつて何百という信者が入り、祈りを捧げていたであろう拾い空間。
とても洞窟の奥地にあるとは思えぬ、神秘的な場所。
だが神秘性と同時に、重々しい空気が辺りに充満している。
そして、僕らが礼拝堂の中心まで来た、瞬間――――
『……汝ら、人の子なりや?』
礼拝堂に、声が響いた。




